第42話 船にて
「お、来たかあんちゃん!もう船は着いてるぜ、出航は二時間後だ。ほれ、乗船チケット。これがねぇと向こうで金払うことになるからよ、無くすんじゃねぇぞ?」
「ありがとうございます、それでは」
「よい船旅を!」と見送ってくれたガタイのいいおっちゃんにお礼を言いながら、俺は船の中へと乗り込んだ。俺が今から向かう大陸には合計半月の時間が掛かる。それだけの間海の上で生活するなんて、前世じゃ考えられなかった行為だな。
今のところ自分の人格が失われるとかいう効果を感じたこともないし、いざというときは不眠不休で泳いで陸まで行きつけるから気楽なもんだ。この時代だと船が遭難するリスクって結構の物だと思うけど、そこら辺は魔道具でカバーしてくれると信じている。
目立った娯楽もないこの世界では、海の上で半月生活というのは想像以上にキツイものだ。故に、漁師や船員として働く人物以外が船に乗ることは殆どないといっていい。そもそも三国の仲が悪いせいで大陸間の移動はそこまで推奨されてないみたいだし。
案の定俺以外の乗客は裕福で新婚旅行などのイベントを楽しむ余裕のある人だけで、人数はそこまで多くない。出航時間になって最終的に集まったのは10人だった。
まあいくら魔道具があるといっても食料の問題はなくならないし、海の上ならビタミンを取る必要もある。限界とまでは言わないがこれがこの世界の標準なんだろう。
外を見れば、旗を持った男性が信号を送っていた。おそらくそれは準備完了の合図出たのだろう、付けられていた舵が離され、ゆっくりと船は前進していく。
こうして、俺の船旅は幕を開けた。
☆☆☆
その日の夕方、潮風にでも当たろうかなんて考えて部屋を出ると、何やら困ったようにあーでもないこーでもないと口論を繰り広げる人だかりが目に付いた。
「すいません、どうしたんです?」
「え?ああすいません、騒がしかったですかね?実は、方角を知るための魔道具が、さっきから上手く働かなくてですね……その原因を探ってるところです」
詳しく聞けば、その方角を知る魔道具というのは魔力を用いているため不具合があれば魔術回路に異常が出ているはずなのだが、調べても異常は見つけられないし別の魔道具に替えても効果が変わらなかったそうだ。このままでは遭難の危険性も出てきたということで、船員全員で集まって議論していた、ということらしい。
「お客さんはあまり驚かないんですね。実は、さっき他のお客さんがこの会話を聞いて怒り出しちゃって……幸いご家族の方が宥めてくださったので騒ぎにはならなかったのですが、他のお客さんにもこのことが伝わって大変なんです。方角が分からないんじゃ小船も出せないですし、我々にもどうしようもないので対応が難しくて……」
「はは、愚痴っちゃってすいません」と力なく笑う船員さんを見て、俺はこの船が思っていたよりも危機的状況にあることを理解した。今すぐどうこうという話ではないが、遭難のリスクは考えておいた方がいいだろう。そうなると、必然的に龍王と会うのが遅くなるわけで……できれば早めに復旧してほしいが、この状況だと厳しいか?
なんて、そんなことを考えていた時だった。
ズドンという大穴が開くような重い衝撃音と共に、乗っていた船が斜めに傾いた。
驚きの声を上げてよろめき倒れていく人々を横目に見ながら、俺は原因を瞬時に把握してそのまま通路から外へと飛び出した。
「コォォォォォ………」
青白い息を吐きながら船へ触手を突き刺していたのは、八本の足を持つ巨大な茶色いタコ……俗に言うクラーケンである。
船に乗って早速現れた障害に苦笑しながら、俺は力を隠すことは一旦忘れて、水魔法を使って海面の上へと降り立った。
クラーケンは突然飛び出してきた俺を一瞥もせず、ただひたすらに船へとその触手を伸ばしていた。触手が船に絡みつくたびに船は大きく揺れ、触手の突き刺さった個所からは水が入り込んでいるのが目に入る。他の乗客に戦えそうなものはいなかったし、俺が倒す以外にないだろう。
水魔法で固めた水を全力で蹴り上げ、風魔法に乗ってそのままクラーケンに肉薄する。………が、よくよく考えれば本気で殴る必要がないことに気付いて、軽めに殴って頭部を破裂させた後、ひとりでに蠢き続けている触手を風と水魔法で遠くへと吹き飛ばす。
多少の抵抗感はあったが、軽く力を振るっただけでそれなりの威力を出すことができた。間違いなく、俺の魔法は成長していた。無限のエネルギーを与える傲慢と組み合わせれば、邪神の有効打にもできるかもしれない。
穴が開いた箇所には土魔法で即席の壁を作り、水と混合させながら風魔法で乾かして粘土のようにする。これで吸着力が生まれるはずだ。
ふぅと一つ息を吐いて、そのまま船の中へと戻る。
広間に出てみれば、皆ポカンと口を開けたまま俺の方を向いていた。当然だろう、命の危機を感じたと思ったらそれが一瞬で取り除かれたのだ。見た目一般人の弱そうな奴に。そんなことがあれば呆けた表情を晒してもおかしくない。というか逆の立場だったら俺もそうなる。
「すいません、皆さんでは対処が難しいと思って急いで倒してきたのですが……ご迷惑だったでしょうか?」
ワザとらしく船員にそんな質問をして、「そ、そんなことはないです!助かりました、有難うございます!」という返答を引き出した。これで、何かあっても俺の味方をしてくれる確率が上がったな。できるなら恩は売っておくのが利口だと思う。
「それはよかったです。これでも俺結構強めの冒険者なので、困ったことがあれば俺に言ってください」
精一杯丁寧に、最大限誠意が伝わるように満面の笑みを浮かべながら、船員さんたちの方を向いてそう伝えた。何事かと部屋から飛び出してきた他の乗客にも似たようなことを説明して、俺は満足げに部屋へと戻ったのだった。
(向こうで何が起こるかわからないし、もしも恩を感じて船に乗せてくれる……みたいなことがあれば俺の力になるはずだ)
そんな状況にならないように努力するけどね、と付け加えて、俺は開始早々問題の起きた船旅にそこはかとなく波乱万丈の気配を感じながら、少しも時間を無駄にしないよう修行に明け暮れるのだった。
☆☆☆
「コォォォォォ……」
つい先程倒されたクラーケン、それと全く同じ体格をしながらも、クラーケンを遥かに凌ぐほどの巨大な体躯を闇に潜ませながら、崇めるように周囲に位置している数多のクラーケンを従えて鎮座していた。
クラーケンを束ねるその存在は、自身の配下の一人が倒されたことをその魔力感知能力で感じ取り、その体を怒りに震わせる。
王であるその存在にとって配下を倒されることは逆鱗である。数多の配下たちに元凶を打ち滅ぼすための罠を仕掛けさせ、そして深淵の真ん中で悠然と待ち構える。それはその存在が今まで勝ち残ってきた方法そのままであった。少しでも自分より強いものが現れればひたすらに隠れ、罠を張って獲物を待つ。そして絶好のタイミングで仕掛けるのだ。
彼は嘗て屠ってきた多くの強者たちを思い浮かべながら、海を漂う一隻の船へと意識を集中させる。この海域は自身の領域であり、貴様等如きに侵略されてたまるかと、その傲慢な考えを張り巡らせて、直ぐに訪れるであろう収穫の時を待つのだ。
「コォォォォォ……」
海中でありながら青白く光り輝く息を吐きだし、その霧が海へと溶けていくのを見て、彼はほくそ笑んだ。この力があれば負けることはないと、そう確信をもって待ち構える。
海の王者との会合は、もうすぐそこまで迫っている。
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