第25話 魔物の軍勢対冒険者
突如として勃発したスタンピード……もう目視で確認できるほどにまで近づいてきているそれを打倒するべく、冒険者たちは砦の上で待機していた。そして今、戦争が始まる。
「魔術部隊一斉射撃! 後続は詠唱を済ませておけ! 弓が使える奴は風属性が使える奴と併用して使用しろ! 複合魔術が使える奴はそっち優先だ!」
冒険者ギルドで最も戦歴の長いベテラン冒険者、彼はその経験からくる知恵を振り絞って的確な指示を出していた。
遠距離攻撃を主体とした第一陣、その攻撃は迫り来る魔物たちを確かに削ってはいるが、地平を埋め尽くし未だに増幅し続ける魔物の軍勢へ効いている気がしない。その膨大な数にとって、数百の数を倒したところで無駄であると、そう言われているような気がした。
「第一爆破地点、準備完了です!いつでも行けます!」
「よし!俺が合図をする!数を数え終えると同時に火属性の魔法を叩き込め!」
スタンピードに対抗するための備えの一つ。バリケードの裏に大量の爆弾と油を用意し、それを魔物の軍勢が通り過ぎた瞬間に爆発させる。バリケードには爆発を促進させる魔術媒体を入れておいてあり、第一爆破地点の爆弾だけで相当数魔物は削れるはずだ。無論、第一というからには第二第三の地点も存在しており、計三つの爆破地点によって進行を阻止するつもりだ。それでも防ぎきれなかったら、いよいよ避難する以外に道が無くなってしまうがな……。
「3……2……1……撃てーーー!!!」
彼の掛け声とともに、待機していいた火属性の魔法使いたちが一斉に魔法を発射し、爆弾を爆発させていく。罠があるとは微塵も思っていなかった魔物たちは容易くその爆発に巻き込まれ、先頭を突っ切っていた魔物は粗方潰し終えた。
………前方は、だが。
「………避難すべきかもしれんな」
元々、魔物体の数は地平を埋め尽くすほどの勢いだったのだ。一帯を爆破させたからと言って、それらすべてを倒しきれるわけではない。勿論、それを踏まえたうえで籠城戦をするつもりではあったのだが……未だに留まることを知らない魔物の数とその勢いでは、常人の力では立ち向かうことは不可能だ。他領に救援に向かわせたものがいるので持ちこたえられれば何とかなる……そう楽観視できるほど馬鹿ではない。
そんなただでさえ絶望的な状況に、更なる厄災が降り注ぐ。
「お、おい……あれ……」
それに気付いたのは一体誰だったか。呆けたような声を漏らし、茫然と立ち尽くす冒険者の姿を見て、他の者たちもその視線に釣られて前を向く。
そこにあったのは、地獄であった。
「……!!まさか、共食いしているのか……!?」
そう、爆破され散り散りになった魔物たちの死骸。それを後に続く魔物たちは食べ始めたのだ。遂に魔物の進行を止めることができたというのに、それを喜ぶ人間は一人もいない。通常ならあり得ぬスタンピードで共食いという現象を見て、彼らに宿ったのは絶望だった。
何故なら、彼らは知っているからだ。魔物を喰らった魔物は強くなることを。
「グオオオォォォォ!!!」
気付けば、食事はもう終わっていた。後に残された魔物たちは体格が一回り大きくなっており、その目に宿る人間への執着は限りなく増加したように思う。そして、ベテラン冒険者は確信した。何が何でも此処でこいつらを食い止めなければならないと。
「攻撃の手を止めるなぁああああ!!!」
彼は叫んだ。自分を鼓舞するように。他者の背中を押すように。あるいはその両方で、彼は今気付かぬうちに震えていた手足を抑えるために声を上げているのだ。
「ここで俺たちは死ぬ!俺はもうそれがわかった!こいつらは、放っておいていい存在じゃない!時間がたてばたつほど、こいつらは共食いを繰り返して強くなるはずだ!なら、俺たちがやらなきゃいけないだろ!?逃げたい奴は逃げていい!震えて動けない奴は背負ってもらって逃げろ!だが、それでも立ち向かう勇気が残ってる馬鹿は………」
「………俺と一緒に、戦ってくれ!!」
叫んだ。叫んでしまった。彼はこの瞬間に死ぬことが確定してしまって、その恐怖は果てしないものだったはずだ。それでも彼は言い切り、冒険者たちに己が思いを伝えた。それは、この状況に光をともすのに十分なものだった。
「お、俺も一緒に戦います!」
その声を上げたのは、ギルドを駆け回って物資を集めた男だった。
「正直怖いし、体も震えてますけど……でも!この街を思う気持ちは、まだ消えちゃいないんで!俺も命を懸けて、一緒に戦います!」
「お前……」
彼は驚いた。何故なら、今戦うことを表明した冒険者は腰抜けとして有名で、言い方は悪いが肉体作業ができないから走り回らせたのだ。正直、一番最初に逃げだすと思っていた。ゆえに、彼がここで声を上げたことを、彼は誰よりも称賛した。
「俺も!戦います」
「わ、私も!」
次々と湧き上がる戦う意思。それを発する誰もが震えていて、絶望していて、それでもなお戦うことを止めなかった。彼らはその命を犠牲にして、これから生まれるであろう新たな命に希望の種を残すことを選んだのだ。
「フ、お前たちって奴らは……本当に馬鹿だな……」
心の底から、呟いた。でもそれは落胆なんかではなくて、むしろその逆、この世界で最も彼らが尊く見えるほど、彼は誰よりも彼らを尊敬していた。
「馬鹿ってひどいですよ!」とおふざけ半分に言い返す冒険者を見て、冒険者たちは皆笑い出した。そして次の瞬間には、決意のこもった表情で魔物と向き合うのだ。それが冒険者として、大人としての責務だから………。
「後先なんて考えなくていい!爆弾地点を避けて、バンバン打ち続けろ!!あいつらが砦にたどり着いたとき近接戦闘しか取り柄のないやつだけが元気いっぱいなのがベストだ!」
大声で、笑いながら、しかしどこまでも正確に指示を出していく彼は、今この瞬間人生で最も輝いていると感じていた。
いつからだろうか、自分はその経験を使って無茶というものを一切しなくなった気がする。長いこと冒険者という職業を続けているということはつまり多くの死んだ者たちを見送ったということであり、それは彼が臆病になるには十分すぎるものであった。臆病でなければ、生き残れないのだ。
だがこの戦いにおいて、彼は嘗ての燃え盛る衝動を、冒険心、好奇心、向上心、それらすべてを取り戻し、迫り来る魔物を一体でも多く倒してこの街で英雄と呼ばれてやろうかと、その未来に思いをはせていた。
そう、未来を。
「これから生まれてくる子供たちのため! 今避難してる住民たちのため! 俺たちは頑張るんだよぉぉぉ!!!」
やがて、第二爆破地点が起動した。
流れは全く一緒だ。いや、より悪くなっているか。爆発で吹き飛ばされた魔物たちの死骸を後続の魔物たちが食べて成長、更に速くなった足でこちらへと向かってくる。その血走った眼は、どこまでも人間だけを見つめていた。
「次!第三爆破地点起動しろ!」
そして起こる三回目の爆発。もうこの時点で魔術師たちの体力も底をついており、残るはベテラン含む近接戦闘主体のものたちだ。
故に、彼は先頭を切る。
「俺に続けーー!!!」
その心に宿るのは、幼き日に夢見た英雄譚、その主人公の様に活躍したいという、誰もが思う憧憬の念であった。
後に続く数十人の冒険者達、それらすべてが笑みを浮かべながら、楽しそうに、未来を喜んで、魔物軍勢へと突進していく。
ああここで終わりか、まあ中々良い人生だったんじゃないか………そんなことを、思った瞬間だった。
「ガァァァァァァァアアア!!!」
唐突に響き渡る咆哮、それとともに地面に降り注いだ巨大な光線……眩い光に目をつむり、ようやく収まったのか目を開いたとき……
…………眼前に広がるのは、開けた荒野だけだった。
「………は?」
冒険者歴数十年のベテランは、人生で最も長いフリーズを経験した。
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