第24話 スタンピード
「くっくっく、我々にも遂に運が回ってきたようだ」
「ええ全くです。卑しい平民を犠牲にするだけでこれだけ儲かるとは……いやはや、幸運でしたなぁ」
「全くです」
トワリの街から少し離れた森の中……冒険者ギルド支部長と副支部長が、ゆっくりと馬車に乗って別の街へと向かっていた。その理由は”情報漏洩の時緊急の用事で対応できなかった”ことにすることであり、彼らは今数人の冒険者を代償にこの事件の黒幕である貴族から金銭を受け取っており、現在はほとぼりが冷めるまで逃げ続けるための移動中である。
彼らは、トワリという辺境も、辺境の街に生まれたことも、幼いころから悔やんでいた。自分たちはこのような場所で収まる器ではない、と信じ込んでいたのだ。
トワリという街に対する愛情は欠片もない。冒険者ギルド支部の頂点に達してからも、その思いは膨れ上がっていた。
ゆえに、少しの汚職に手を染めるだけで多額の金が入ると言われた時、その手を取るのは必然であっただろう。
「いやーなんとも素晴らしい日々ですなぁ!」
「「あっはっはっは!」」
2人で楽しく笑いあい、これからの彩られていく日々を夢想したとき……地面が揺れていることに、気が付いた。
「ん? 地震かの?」
2人は軽い揺れだろうと無視して、そのまま談笑を続ける。
だが数分経っても揺れが収まらず、それどころか揺れが強くなっていることに気が付いて、馬車を動かしている御者に話しかける。
「おい御者、一体どうなっている? この揺れはなんだ!?」
「すみません、一度確認いたします」
副支部長に促されるまま、あたりの偵察へと向かった御者は、数分後に鬼の形相で走ってきた。
「お、おいどうした!? 何をしている!?」
大急ぎで準備をし、馬車から馬へ繋がっている綱を腰のナイフで断ち切り、そのまま駆けだそうとする御者を止めて、副支部長は詰め寄った。
「悪いが、馬は一頭しかないんだ! 俺だって自分の命は惜しい。あんたらは自分たちで何とかしてくれ!!」
そう言い残して走り去ってしまった御者を茫然と見つめ、二人は激しく憤った。
「な、なんたる所業!! これだから平民は信用ならんのです! なあ支部長殿!」
「本当ですなぁ! 職務を途中で放棄するなど、ありえませぬ!」
2人はしばらく御者の悪口に花を咲かせていたが、やがてこのままでは何も変わらないことに気が付いたのか、馬車から降りて自分の足で歩きだす。
「かーっ! 一体何故私がこんな目に……ん……?」
その時、支部長がなんとなく辺りを見渡して……そして偶々遠くで倒れた木を見つけて……そのまま鳴り響いた轟音に気づき、わなわなと口を震わせる。
「お、おい……副支部長殿……あ、あれ……は…なんだ……?」
「む? 支部長殿、何を言って……?」
木々を薙ぎ倒し、やがて肉眼で確認できるほどの近距離に近づいてから、やっと二人は事態の深刻さに気がついた。……まあもう手遅れではあるが。
「「「「ガアァァァァァァァ!!!!」」」」
数多の魔物たちの方向が響き渡り、森を震撼させていく。二人は慌てて走り出すが、そのデップリと太ったお腹が邪魔でうまく走ることができない。それ以前に、尋常ではないスピードで駆けり続ける魔物の軍勢から逃れることは、常人には不可能であろうが。
「「う、うわぁぁぁぁ!!!!」」
ほとんど人のいない森の中、二人の人間が波に吞まれたことは、誰にも気づかれることはなかった……。
☆☆☆
「バリケードの設置、完了しました。スタンピードが街へ到着するまで……後、
20分ほどです」
「そうか……」
他の冒険者たちをまとめ上げていたベテラン冒険者は、伝令が伝えてきた情報を噛みしめ、嘆息するかのように息を吐きだした。そして、周りにいる冒険者たちを見つめながら、切り出した。
「もしお前らがここで逃げると言っても、俺はそれを止める気はない」
「「「……!!」」」
それは、ここにいる全ての人間にとって衝撃的な言葉だった。冒険者とは、元々旅をするような、根無し草が多い。そんなものたちにとって、一つの街のために命を懸けるという行為は、忌避間を覚えるものだ。
そんな状況下において、一応冒険者ギルドには『できるだけ戦いに参戦すること』という制度があるが、それはあってないようなものだった。誰だって自分の命が一番かわいいものだ。今この場で最も権力が高く、司令塔となっている彼がその発言を出すことは、嫌々付き従っていたであろう者たちを離れさせるには十分なものであっただろう。
………嫌々付き従っているものがいれば、の話ではあるが。
「先輩、何言ってんすか。俺達は最後まで戦い抜きますよ。俺だって、この街が大好きなんだ。魔物風情に好きにやらせて堪るかってもんですよ」
「お前……」
ベテラン冒険者は新人冒険者の言葉に呆気にとられる。その間にも、他の冒険者が次々に「そうですよ!」「俺達だって戦えるんだ!」「舐めてもらっちゃ困りますよ!」とベテラン冒険者を励まし続けた。そんな言葉を聞いて彼は感極まったらしく、もう一度この場にいる冒険者全員を見渡して、「やってやるぞぉぉぉ!!」と大声を出した。
「おおおおお!!!」と呼応する掛け声が響く中、「遅れてすいませぇぇーん!! でも、なんとか協力を取り付けられましたぁぁぁ!!!」と叫びながら冒険者ギルドに入ってきた、他のギルドへ要請を出しに走り続けていた冒険者が返ってきたところを見て、冒険者ギルド内は笑いに包まれた。
「あ、あれ?今何かやってましたか?」
本気で何故笑われているのかわかっていないであろう冒険者に「なんでもねぇーよ」と返しながら、ベテラン冒険者は静かに決心を固めた。
(絶対に生き残ってやる)
スタンピードとの全面戦争まで、後残り僅か……。
☆☆☆
学者ギルドで仕事を終え、宿へと戻っていたヴェリタスは、あらかじめ空へと放っておいた鳥型の偵察機を駆使して街を俯瞰していた。一度彼女の相棒であるスケルトンの様子を確認して安心した後、その目はそのままスタンピードへと向く……訳ではなく。
その瞳に移っていたのは、スケルトンが働いていた掘削場……そこで何やら怪しい動きをしている人物である。
もう既に街へと魔鉱石は粗方運び出されてしまっており、掘削場には何も残ってはいないのだが、そのことに当人は気づいていないらしく必死に魔鉱石を探している。その様を冷笑を浮かべながら冷ややかに見つめる彼女は、その人物への興味を失ったのか、瞳をまた別の場所へと移す。
今度は学者ギルドの施設の一つである錬金所……魔鉱石を魔石へと変換する場所……へと視線を移した。そこでも掘削場と同じような全身を黒尽くめで隠した人物が魔石を探していた。
「はぁ……やっぱりか……」
彼女はその人物がおもむろに懐から取り出した書状を見て、思わずため息を零してしまう。それは当然であろう。何故なら、彼女にとっては彼らに厄介ごとに巻き込まれるのは二度目なのだから。
「数百年たっているんだぞ?いい加減、潰れていると思っていたのだがね……」
彼女が思い出すのは、忌まわしき過去の記憶……自身が大賢者と呼ばれ調子に乗って、貴族たちの策謀に気付かずみすみす見逃してしまい、そのまま逃亡する羽目になった、思い出すのも億劫な記憶だ。
そして、その大賢者を貶めて見せた複数の貴族、その中心に立っていた貴族の家紋を思い出しながら、確かあの家もこんな模様をしていたなぁと、どこか遠い空を見つめながらつぶやく彼女の声は、どこまでも空虚だった。
「私たちの邪魔をするなら、容赦なく潰す。慈悲はかけないよ」
静かに冷徹な決意を宿したヴェリタスの瞳は、暗く輝いていたのであった……。
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