汝は人造人間なりや?2125 〜友情に、恋愛に、人間関係に、泣き、笑う、青春ドラマ。そこに人造人間は紛れ込んでいる?のか?〜

ki-you(きゆ)

第1話 幼馴染

 最近は太陽が姿を隠す時間もずいぶん遅くなった。はやくも春の終わりを感じる四月下旬。中学校三年生にあがって約一月が経った。


 校舎の一階と二階のあいだにある踊り場は若干蒸し暑い。俺は汗をぬぐい、窓から放課後のグラウンドを眺めながらアンニョイな気分に浸っていた。来週からテスト週間だ。勉強は嫌いじゃないけど、得意というわけでもない。微憂鬱びゆううつ


「マサヒト」


 呼ばれて顔を上げると、階段の上に幼馴染のロボミが立っていた。


「待っていてくれたのですか?」

「まあ、帰る方向、同じだし」


 ロボミは放課後先生に呼び出されて、生徒指導室で長く話し込んでいた。

 すぐおりてくるかと思ったら、二階の廊下と階段の際に立ったまま、リュックサックを開いて中を漁り始めた。手で底を探ったり、左右についたポケットを開いてみたり、せわしない。


「なに? 忘れ物?」

「なんでもありません」


 表情を変えないままそう返される。ロボミは、誰に対しても敬語で接する少し変わった女の子だ。厳格で博学な両親の影響が大きいのだろう。

 彼女は体も大きい。中三女子の平均身長を二十センチくらい上回っている。その長身は、階段の上から見下ろされるとより際立つ。付随する女性的な部分も全部大きいけれど、それを話題にするとものすごく不機嫌になるから、絶対口にはしない。


「……なんでもあるように見えるんだけど?」

「だから、なんでもありません」


 変に意固地になっているロボミを見て、俺は話題を変えることにした。


「どっちでもいいけど、そこにいると、パンツ見えそうだよ?」


 からかうと、ロボミは何かを探すのを止め、リュックサックを背負い直し、左手で軽くスカートのすそを触ったあと、ゴキブリを見るような視線を俺に向けながら、階段をおりて来た。


「私のスカートの長さで、マサヒトのいる場所から下着が見えるわけありません。セクハラですよ?」

「ロボミもそういうの、気にする年頃になったんだね……感慨深いなぁ」

「何目線ですか?」

「幼馴染目線。異性と適切な距離感で付き合う方法を学ぶのも、学校に登校する意味のひとつだよね?」


 百年前の中学校では、平日は毎日登校していたそうだけど、今では週一回の登校日以外は顔を合わせる事もない。

 大半の授業は仮想現実VRを使ったリモートで行われ、ご本人様のご尊顔そんがん拝謁はいえつするよりも、ワイプ画面越しにアバターの顔を見る時間の方が長いくらいだ。


「将来、悪い異性に引っかからないように、こういうコミュニケーション・エラーへの適切な対処方法も、実地で学んでおくに越したことはない」


 俺がそう言うと、ロボミが人差し指と親指を立てた右手を耳に当てた。

 光の輪が彼女の腕に輝き、『TELEPHONE』と小さく空中に表示された。


「もしもし児童相談センターですか? 幼馴染からのセクハラに悩んでいるのですが……はい、ええ……なるほど、ひどいときは警察へ……わかりました」

「うそうそごめんなさい冗談ですすみません反省してます本当もう言いません」


 ロボミが電話をかけるジェスチャーをやめると、拡張現実ARの光も消える。

 踊り場に並んで立つと、ロボミと自分の目線はほとんど変わらない。


「冗談です。かけていませんよ」

「よかった……前科一犯になるところだった……」


 ほっと息を吐きながら、連れ立って下駄箱に向かいはじめる。


「世の中には冗談で済まないことがたくさんあります」

「ぐうの音も出ない正論……でも、初手通報は極端すぎないかな……そんな風に会話に遊びが少ないから、ロボミは友達が少ないんだよ?」

「友達が少ないのは私の性格のせいではなく、そもそも子どもの数自体が少ないからです。環境の問題です」

「なおさら、数少ない同年代の冗談にも四角四面な対応をするロボミの将来が、俺は心配でならないよ」


「大きなお世話です。マサヒトこそ、幼馴染のよしみで見逃しましたが、ハラスメントを行うと本当に訴えられることもあるのですから、注意してください」

「幼馴染ならあれくらい笑って受け流してくれるかなーって」

「冗談にしても滑っていたと思います。笑えませんでした」

「うわぁ……きもいって言われるよりつらいかも……まあ軽率な発言だったことは認めます。ごめんなさい」

「わかればいいのです」


 下駄箱に到着した。

 俺とロボミは上履きから靴に履き替える。


「はるか昔には『スカートめくり』なるアバンギャルドないたずらも存在したらしいけど……ファンタジーだね……」

「完全なる性暴力です。不適切にもほどがあります」


 話しながら校舎の外に出た。


「今も昔も、コミュニケーションは難しいな」

「それを学ぶために、わざわざ登下校しているのでしょう」


 西暦二一二五年。


 テクノロジーは進歩したけれど、社会問題は慢性化していて、誰にも出口は見えなくなっていた。

 とりわけ深刻なのは少子化で、ついに今年、生まれてくる子供の数が十三万人を切ったらしい。


 それに伴って、労働人口減少や教育機会不均等などなど、噴出した社会のゆがみをテクノロジーで補おうとする流れは加速していき、今では人が担っていた役割の多くを、高度な人工知能とバイオロボティクスで生み出された人造人間『バイノイド』が代替している。


「いや、でも、待って……下着について言葉にすることもはばかられる世の中なんてやっぱり変だよ」

「はぁ?」

「こんな風に、性欲や下ネタを強くタブー視して、異性に配慮配慮って男女が求めていった結果、日本は深刻な少子化に陥ったんじゃないの? これ、問題提起にならない?」


 そんな中でも、教育分野は、心や協調性を育む場所として、人間自身が携わることが長く重要視され、バイノイド進出を頑なに拒む聖域とされてきた。


 それも、シンギュラリティを超えたAIの登場により、人以上の知性で人の文化や感情を深く理解し、共感できるバイノイドが開発され、ついにメスが入れられた。


「なりません。性欲を理由に配慮を怠る人が増えれば、むしろ異性との信頼関係は築けなくなります。自己正当化のために屁理屈をこねないでください」

「ならないか」

「はい、はばかってください」


 第十次教育改革――『十次教改』による各教育分野へのバイノイド導入。


 それは教職や事務員といった大人の世界に限った話ではなく、子ども同士の関わり合いにまで踏み込んだものだった。

 大都市圏でも一学年に一クラス、生徒が十人いるかいないか、という時代だ。


「……黙ってちゃんとしていれば、マサヒトはカッコいいのに……」

「え? なんて? よく聞こえなかった」

「いえ、何も……」


 子宝という言葉がよりリアルになり、子どもは希少な存在だ。

 その宝を守るために、同じ目線、同じ立場で寄り添い、アイデンティティの形成や学習を陰ながら支援する、子ども型バイノイドが導入されたのだ。


 十次教改は、近年の義務教育における最大の転換点と言われており、それを先駆けて実施した日本は、世界中から注目されている。それだけ日本の少子化が深刻ということでもある。


 そして、その是非――あるいは功罪を、身をもって証明していくのが、俺たちの世代なのだ。


「黙ってちゃんとしていれば、俺ってカッコいいかな?」

「……ええ、なので、黙ってください、いますぐ!」


 十次教改により導入された子ども型バイノイドは、同じ目線、同じ立場、陰ながらという性質上、特別な事情や問題がない限り、その正体が明かされることはない。

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