第37話 東京へ、そして社長室へ

 数週間後に控えた《DIRECTORY:RELOAD》本番。その準備に追われる日々だった。


 じん、アークン、そして俺――この三人で構成されたチームは、連日VECTRONのカスタムマッチに潜って、戦術確認と連携練習に励んでいた。


 じんは相変わらず飄々としていて、何を考えているか分からない。けど、不思議な安定感がある。アークンはアークンで、ノリは軽いけど、ゲームになると誰よりも真剣で、細かいピン差しや敵の動線予測が鋭い。俺は二人に食らいつこうと、必死でマップ研究と射撃トレーニングに明け暮れていた。


 そんなある日。練習を終えた深夜、ディスコードに一通のDMが届いた。


『タカアキさん、お疲れ様です。《DIRECTORY:RELOAD》当日に発表される新規所属タレントのPV撮影に、ぜひご協力いただけませんか?』


 送り主は、ディレクトリのマネージャー、橘さん。

 俺が『えっ、俺も“新規所属タレント”扱いなのか?』と聞くと、橘さんは軽く笑って『はい、タカアキさんは“未来の柱”候補ですから』と返してきた。


 お世辞か本気か、わからない。でも、PV撮影なんて滅多にない経験だし、地方住まいの俺にとって「交通費・宿泊費は全額負担」という文言は、正直かなり魅力的だった。


 ──というわけで、東京に行くことになった。




 ◇




 東京に来るのは、正直かなり久しぶりだった。


 大学時代、俺は東京の大学に通って、一人暮らしをしていた。あの頃、初めてFPSに触れて、最初の配信もあの小さなワンルームからだった。

 今こうして、再び東京に戻ってきて、しかもプロモーション撮影に呼ばれてるなんて――


「……人生、何が起きるかわかんねーな」


 新幹線の窓越しに見える高層ビルの群れを眺めながら、思わず独り言が漏れる。


 そのときふと、あの頃諦めたものや置き去りにしてきたものが、記憶の奥で揺れていた。



 ディレクトリのオフィスは、東京某所のオシャレなオフィスビルにあった。


 エントランスで受付を済ませると、意外な案内を受ける。


「PV撮影の前に、まずは社長室までご案内します」


 ……社長室?

 てっきり撮影用のスタジオに通されるものだと思っていた俺は、一気に緊張する。


 え、なんかやらかした?

 いや、変なことはしてない。たぶん。


 動揺を抑えながらエレベーターに乗り、最上階まで運ばれる。


 社長室の扉の前でノックをするよう指示され、心臓がバクバク鳴る中、ドアをノックして──


「失礼します」


 と口にして、扉を開けた。


 そこにいたのは、落ち着いたスーツ姿の男性だった。

 端整な顔立ちで、静かな眼差しの持ち主。落ち着きのある物腰は、まさに一企業のトップという風格を感じさせる。


 彼が、ディレクトリ代表取締役の大河 律。


 「お越しいただきありがとうございます、タカアキさん」


 丁寧に立ち上がって頭を下げるその姿に、俺も慌てて一礼する。


 ……が、そのとき。

 社長室の中に、もう一人、見知った男がいた。


「よう、久しぶり。って言っても、つい先日まで一緒にカスタムしてたけど」


 冗談めかした口調で、ソファに座っていたのは、じんだった。


 え、なんで?

 じんはディレクトリ所属じゃないはずだ。いや、少なくとも、俺の知る限りでは。


 混乱する俺に向かって、じんはにやりと笑って言った。


 「このディレクトリのタカアキ君は、どうもいちいち困惑しがちだよね」


 ──一瞬、場の空気が、ゆっくりと切り替わる音がしたような気がした。


 この先に何があるのか。

 俺はまだ、知らない。

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