第36話 見たことのない世界

 ディスコードの通話画面に表示されたアイコンを、俺は黙って見つめていた。


 まさか、こんな形で話すことになるとは思っていなかった。超人気ストリーマー、じん。界隈で名前を知らない奴はいない。配信界の帝王。FPS大会においても圧倒的な結果を残してきたレジェンド。その神が、俺のチーム参加の条件として出してきたのが──


 「半年間、Vtuberとコラボしないこと」


 意味が分からない。何を考えてそんなことを言ってきたのか。Vtuberとの共演を避ける理由なんて、思いつかない。共演NGでもなさそうだったし、過去に何かあった様子もない。だから俺は、ディレクトリの担当者を通して、直接話す機会をもらった。


 画面のアイコンの色が変わる。通話がつながった。


「やあ、タカアキくん。話すのは初めてだったかな?」


「はい。今日はお時間ありがとうございます」


 冷静を装ったけど、手のひらはじっとり汗ばんでいた。相手の声は落ち着いていて、余裕すら感じさせる。


「率直に聞かせてください。なぜ、あの条件を出したんですか?」


 沈黙。数秒。呼吸音すら聞こえない静寂のあと、彼は軽く笑った。


「理由は……ごめん、言えないんだ。でもね、もし君がその条件を呑んでくれるなら──半年後に、今まで見たことのない世界を見せてあげるよ」


 ……意味がわからない。


 けれど、その言葉にはなぜか嘘の匂いがしなかった。突飛な発言なのに、不思議と、俺の中の何かがざわついた。


「……分かりました。条件、呑みます」


 自分でも驚くくらい、すんなりと言葉が出ていた。


 神は「いい判断だ」とだけ言い、通話はそれで終わった。




 ◇




 数日後、俺は斬波レイナにDMを送った。


『ごめん、チームの編成が変わって……今回は別の人で行くことになった』


 既読がついて、しばらく返事はなかった。PCモニターを見つめる時間が、やけに長く感じた。


『ふーん。理由は?』


 理由。答えに詰まる。じんの件はオフレコだし、Vtuberとのコラボを半年間やめるなんて、口が裂けても言えない。


『ちょっと、いろいろあって』


 既読。また、しばしの沈黙。


《ま、いっか。がんばって》


 その一言が、妙に胸に刺さった。



 次のメンバー探し。俺はVtuber以外の知り合いをリストアップして、思い出したのがアークンだ。


 STXのイベントで一緒にプレイしたことがある。明るくてフランクで、視聴者にも人気のある配信者。


「おー、タカアキくん! どしたの、久しぶり」


 ディスコードで声をかけたら、あっさり返ってきた。


「DIRECTORY:RELOAD、出るんだけど、メンバーにアークンどうかなって思って」


「おー、マジで? いいね。でも条件が一個だけ」


「ん?」


「今度、ストテンにも遊びにきてよ。クリプトホールのSTXイベント、あれ楽しかったからさー」


「いいよ。行く行く」


「なら、俺参加する! よろしく!」


 アークンの軽さに少し救われた気がした。




 ◇




 配信の日。ついにチームメンバーを発表するタイミングが来た。


「さあお待たせしました、今回のDIRECTORY:RELOADに参加する、俺のチームメンバーは──!」


 モニター越しのコメントが一気に流れ出す。


「【神(じん)】、そして【アークン】! この二人でいきます!」


 コメント欄が爆発した。


『ガチすぎる……』

『優勝狙いじゃん』

『タカアキくん、覚悟決めたな』

『あれ? Vtuberと組まないの珍しくない?』

『レイナちゃんは……?』


 鋭いコメントが胸に突き刺さる。


「いやー……いろいろ、事情がありまして」


 曖昧に笑いながら言葉を濁す。


「でもね、今回は本当に大きなチャレンジだと思ってます。俺の中でも、一つの転機になる大会。全力でいくから、応援よろしく!」


 配信の最後にカメラをオフにして、ようやくため息をついた。


 半年間、Vtuberと距離を置くという決断は、自分の半分を切り離すような感覚だった。


 けど──


「……見たことのない世界、か」


 あの男が何を見せようとしているのかは分からない。


 けれど、そこにしか見えないものがある気がしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る