第2話 裏の顔

イチョウの街路樹が並ぶメインストリートに部活終わりの有象無象の生徒たちが、最寄りの駅にぞろぞろと向かっている。道元善一と摩多羅礼太もその中の生徒である。西日が彼らの背中を照らし、舗装された歩道には影が2つ並んでいる。善一の影の方が遠くまで伸びている。俺は眉を寄せ、無言で歩く速度を上げた。

『おい、なに急いでんだよ、便所か?』

『あ?ちげぇよ。きにすんな。』

「我慢せずに言えよ?一緒に行ってやるから。」

冗談まじりに善一が口角をあげ白い歯を見せる。にくったらしい顔をしている。さっきまで見せていた、神妙な面持ちは嘘みたいに。そうだ。先ほどはなにを考えていたのか聞いてみよう。

『善一、さっきの独り言なんだったん?』

『あぁ、あれね、お前の言う通り俺はバカだったなって思ったんだよ。』

『というと、例のDMの女の子の話?』

『あの女子はね、うん。可哀想な被害者だったってことに気づいたんだよ。あの写真の送り主と、写真に映ってる子は全くの別人なんだろうね。』

『は?』

周りくどく話す善一に俺は苛立ちを覚えた。目の前の横断歩道の信号が点滅している。周りにいたK高の生徒達は走り出し、信号機の光が赤に変わる前に渡りきった。しかし、礼太と善一は急ぐことなく立ち止まって次を待つことにした。その間に、善一は詳しい話をくどくどと説明し始める。

『写真を撮っている女の子、まあA子としよう。彼女の持っているスマホは、見る限り僕のスマホと同じ機種なんだ。アイフォンのね、そこでだ。礼太は確かオンボロイドのスマホを使っているよね、それ見してくれないかな』

『アンドロイドバカにすんな』

訝しげに礼太はスマホを善一に渡す。善一は礼太のスマホを受け取り電源をつけた。それと同時に例のA子とやらが送ったであろうBe Realのスクショ写真を並べて見せてきた。

『どう?』

二つのスマホの画面が礼太の視界を埋めている。善一は、礼太の顔を覗きながら返答を待っているようだった。2人は信号がとっくのとうに青にかわっていることには気づかなかった。俺はしばしの間考え、一つのことに気づいた。善一はやっとか。とでも言いたげな顔をしていた。ほんとに、にくい顔をしている。思わず殺意が湧いてくるほどだ。

『お前が言いたいことがわかった。つまりな、A子とDM相手は別人物なんだな。』

『やるやん礼太、正解―。その裏付けとして、俺とA子のスマホのバッテリーは15%を切ると黄色くなるはずなんだ、でも礼太やDMのスクショ画面のバッテリーを見ると赤い。礼太の言うとうり、2人は同一人物でないんだよ。』

善一は勝ち誇ったように話し終え、横断歩道を渡り始める。気づけば信号機は三度目の青に変わっていた。

 駅についた2人は改札を通り、エスカレーターで駅のホームに降りていく。駅構内は外よりも涼しく、反対ホームで急行電車が通過したからか、台風のような強い風が吹いていた。ワックスで固めた髪もここで崩れてしまった。俺はできるだけ風邪の影響を受けないように、善一の後ろに身を潜めた。善一は首を後ろに回し、礼太と会話を試みた。

『なんで他の人の写真を使ってまで俺にDMしてきたんだろうな。』

「お前のことが気になってるけど自信がないとかじゃねーの。」

風が強く声が聞き取りづらいため、普段の二割増しの声量で答えた。

『可能性としては0じゃないね、むしろ好ましい可能性だ。でも俺は、好意があるとは思えなすぎるね。名前も姿もクラスも何もかも謎。写真が本人じゃないなら、この学校の生徒であるかも怪しい。決まって身分を隠すやつには後ろめたいことがある。なんか裏があると思わない?』

なにを企んでいるのか知らないが、不敵な笑みを浮かべる善一に礼太は多少の恐怖を感じた。

『なにするつもり?』

猜疑心むき出しで善一に尋ねる。

『こいつを見つけてなにが目的か聞き出すんだよ。そして–』

サイレンと雪崩のような鈍い音が声を掻き消す。俺たちの乗る電車がホームに到着した。

車内は帰宅ラッシュ前の時間なので空いている。目の前にちょうど2席空きがあったので、善一は迷わず座った。俺は隣に座らずこいつの前に立ち続ける。アナウンスとともに電車のドアが閉まった。

『見つけるって言ったって、どうやって見つけんの。この学校ですらないかもしれないんだろ?』

俺は探偵ごっこをなんとか止めるように説得を始める。

『Be Realのスクショって誰にされたかわかるじゃん。だから本物のA子に会って直接聞くんだよ。アカウント名がスクショに写ってんだろ。さっきクラスの女子にラインで聞いてみたらすぐ教えてくれた。可愛くて有名なんだって。真反対のE組だってよ。』

明日から本格的な調査が始まると思うと俺はものすごく腹が立った。しかし、湧いて出た怒りの間欠泉を礼太は噴出させることはしなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る