ネッ友
後出木 める
第1話 ネッ友登場
衣替えの季節。空は青く、外に出ると若干の汗ばみを感じる。夏が近付いているからか日が長くなっているように思える。6限後のホームルームが終わった今でも太陽は落ちる気配を感じさせない。仏教系私立K高校に通う道元善一(どうげん ぜんちい)は、放課後の1年A組教室で高校から知り合った、摩多羅礼太(またら れいた)と人生相談をしていた。いわゆる、恋バナだ。そんな話ができるくらいには気の合う奴だと一方的に思っている。
『礼太ぁ俺は高校でも彼女ができないなんてごめんだわ・・・』
『お前背高いし、顔はいいんだからその長い前髪をどうにかしろよ。校則違反だろ、それ。』
『ほっとけ、んなことよりさぁ、これ、見てくれよ。』
善一はスマホのDM画面を礼太に向けた。礼太はサッカー部で焼けた褐色肌の、いかにもスポーツマン顔な男前野郎だ。画面にはK高の制服を着た女子とのやりとりが開かれていた。
『何組の子だよ?』
『知らん。』
『名前は?』
『知らん。』
2人は互いに顔を見合わせたまま動かない。礼太は空いた口が塞がらないようだ。呆れ顔が上手い。
外のグラウンドでは野球部がノック練習をしている。部員たちの掛け声が4階にあるこのクラスにまで聞こえてきた。隣のクラスでは、吹奏楽部が自主練習をしている。トランペットの音だろうか。車に轢かれたカエルのようで、あまり上手とは言えない。一年生が練習していると当たりをつけた。自然と環境の情報が脳に入って来てしまう。まったく、小さい頃からの悪い癖だ。善一の思考が空の上に行ってしまいそうになったところ、沈黙を切り裂こうと礼太が口を開いた。
『どこの誰かも知らない奴と話してる画面見せてきて、彼女欲しいって、その子狙ってんの?バカだなお前。』
『言い過ぎな?話してて気が合うなって思ったんだよ。雰囲気可愛いし。』
『は?顔写真持ってんの?』
『いや、Be REALのスクショ送ってくれたんだよ。ほら。』
善一はDMの画面を上にスクロールして、送られてきたスクショを礼太に見せた。右上の充電マークが赤い状態のスクリーンショットにはディズニーのカチューシャをした2人の女の子が並んで写っていた。右の子は顔を左の手のひらで隠し、右手で鏡に映る自分をスマホで撮っていた。俺のと同じ最新の機種のようだった。左の子は顔を下に向け、両手を前に突き出してピースをしていた。ギャルピースだ。ディズニーランドで撮ったものだろう。2人の仲の良さが伝わってくる。ニコイチというものだろうかと送られてきた時は想像していたものだ。
『この右の子。顔は見えないけど黒髪ロングで色も白いし、スタイルもいい。絶対可愛い。』
礼太のワックスで固まった短髪に殴りつけるかのような勢いでスマホを顔に近づけてやった。
『俺はショート派だ。』
礼太はかぶりを振って、スクールカバンを持ち席を立つ。
『帰るん?』
『あぁ。』
2人は教室を出て、横並びで一階下駄箱へと向かう。4階から1階を階段で降りるのは、骨が折れる。エレベーターの増築を希望したい。4階は一年の教室で、3階は二年、2階は三年、1階は職員室等と、年功序列が根強く残る学校だ。そんな希望は通らないだろうなと考えながらスマホの電源を入れた。先ほどの二人の女子が画面に映る。充電が残り15%という通知が来て、画面右上の黄色くなった充電マークに視線を移す。最新機種なのにバッテリーがすぐ減ると不満を礼太に漏らしそうになった。その時、この1連の動作に脳が違和感を覚えた。
『ん?』
思わず声が出たが、礼太は気にも止めずに階段を降りていく。善一は一度立ち止まり、額に人差し指を当て違和感の正体を探ろうとする。画面に写ったままのスクショ写真をなめ回すように見つめた。右の子の手に持つスマホが持ち主と共に鏡に映っている。送り主が撮っているようなので当たり前だ。スマホから目線を離し前を向くと、階段踊り場の全長2mはある姿見が目の前にあることに気づく。昼休みには女子生徒たちが前髪を直そうと、ビジュアルのチェックをしている鏡だ。そこで、スマホに映る女の子と同じようにポーズをとり姿見の前に立った。アプリを開き、写真を撮ってみる。
『善一、何してんの?早く来いよ。』
階段下まで降りきった礼太からの声は善一に届いていないようだった。
『同じなのに違う。』
善一の言ったことに礼太は首を傾げている。そんなことはお構いなしに善一は独り言を続けた。
『鏡に映ったこの子のスマホは俺と同じ機種なのに、バッテリーマークが、Uiが、違う―』
キーンコーンカーンコーン・・・
胸騒ぎと共に最終下校時刻を告げるチャイムが鳴った。
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