第二十一話 懊悩
かくして日常に戻るはずが、アシュリーはいまだ恋心を昇華しきれないままだ。
グレンと目を合わせられない。無自覚にテンションが上がってしまうのを防ぐため、なるべく淡々と話す。それでも隠しきれない気がして、研究会を訪ねる頻度が減る。
こうした彼女の異変に、当然グレンも気づいてしまう。
「――アシュリー」
「っ、ぐ、グレン先輩!?」
本日は研究会の活動日ではない。これまで活動日でなくとも研究会に入り浸っていたアシュリーだが、放課後、今日は帰寮しようかと考えながら校舎を出た。そこにグレンがいたのだ。
予期せぬ想い人の登場に、アシュリーの心臓は跳ね上がる。
「せ、先輩? 珍しいですね、校舎で会うなんて……」
「今日は、研究会にくるか?」
「今日ですか? えっと、今日は帰ろうかなとか、思ってたんですけど……」
「もし時間があるなら、少しでいい。俺の話を聞いてくれないか」
真っ直ぐな目で言われて断れるアシュリーではない。中庭のベンチに並んで腰を下ろす。
(は、話って何……? まさか、バレた……?)
確かに最近のアシュリーはよそよそしかった。グレンが気づいても不思議ではない。
しかし思いのほか真剣な眼差しで、グレンが言う。
「……先日の説明では足りなかっただろうか。改めて言うが、眼帯をつけている以上、俺の石眼が発動することはない。仮に眼帯が外れたとしても、今は制御できるから問題ない」
(ん……?)
「君を石に変えたり、まして傷つけるような真似は絶対にしない。誓う。だから、俺を怖がらないでほしい……」
こいねがうような弱々しい声だ。こんなグレンを見るのは初めてで、アシュリーは面食らう。
「え、なに、なんで? 何の話ですか……?」
アシュリーは戸惑ってしまう。グレンの石眼を恐れたことなどない、それは先日も伝えたはずなのに。
「怖いなんて思ってませんってば。先輩の目についても、理解しているつもりです」
「……ではなぜ、俺を避ける? 何か不安があるなら言ってほしい」
それを聞いて、ようやくアシュリーは合点がいく。
やはりグレンはアシュリーのよそよそしさに気づいていた。それが、グレンへの怯えに起因すると考えたのだろう。
「ち、違いますよ……別に避けてませんし、先輩に対して不安なんてありません」
「嘘だ。目が合わなくなった。君だけはずっと俺の目を見て話してくれていたのに、今も目を逸らしているだろう?」
「そ、それは……!」
図星だった。あの日以来、恥ずかしくてグレンと目を合わせられない。
グレンにとって事件だったのだろう。石眼を恐れられてきたグレンにとって、何のしがらみもなく彼の目を見て笑うアシュリーは、想像以上に大きな存在になっていたのかもしれない。
そんなアシュリーがこのタイミングでグレンを避け始めた。石眼が原因だと思うのも無理はないだろう。
「そんなんじゃなくて……私は……!」
アシュリーは焦って頭が回らなくなる。誤解を解かねばとそれだけに気が急いて、気づけば一番隠したいことを口走っていた。
「恥ずかしくて顔見れないだけなんです! 先輩が好きだから!」
しん、と場が静まりかえった。
アシュリーはぱちぱちと瞬きする。一拍置くごとに、顔から血の気が引いていく。衝動的に放った自分の一言を理解する。
(わ、私今なんて言った……!?)
誰よりもアシュリーが混乱していた。赤くなったり青くなったりしながら、それでも弁明を繰り返す。
「ち、違います! 後輩としてのアレで、その別に恥ずかしいって言うのも――」
「い、いや、俺は……」
グレンもさすがに驚いているようだった。アシュリーは思いっきり顔を手で隠しているため、グレンの表情はわからないが、その声には戸惑いが滲んでいる。
(言うつもりなんてなかったのに! ましてこんな形で――)
いっそのこと逃げ出してしまおうか。そう思ったアシュリーを、他ならぬグレンが引き止める。
「アシュリー、俺は――」
だがその声は、かき消された。
「いやっ、きゃあ!?」
突如響き渡った、甲高い悲鳴によって。発生源はここからそう遠くない。
湯だった頭に、冷や水を被せられた気分だ。人の好いアシュリーが悲鳴を無視できるわけもなく、グレンと顔を見合わせる。
「先輩、今の声……!」
「ああ、行こう」
グレンも同じ気持ちのようだ。二人して駆け出す。
声の主はすぐに見つかった。ここからほど近い中庭のシンボル、古代樹の根元に、女子生徒が倒れているのを見つける。3回生だ。
「だ、大丈夫ですか――っ、なにこの怪我……!」
駆け寄ったアシュリーはひっと息を呑んだ。隣のグレンも顔をしかめる。
女子生徒の右頬には、火傷があった。今しがた焼かれたのだろう、赤く腫れ上がった様が痛々しい。髪まで少し焦げている。周囲の草にも黒い焦げた跡があった。
グレンの判断は早い。
意識を失った彼女のそばに跪き、すぐさま魔法をかける。冷却と、痛み止めと、殺菌の重ねがけ。アシュリーにはとてもできない芸当だ。
「応急手当だ。アシュリー、すぐに校医を呼んできてくれ!」
「わ、わかりました!」
アシュリーは全速力で駆け出した。途中で見かけた教員にも事態を伝えつつ、校医ロゼリアを呼び戻ってくる。
「……大丈夫、命に別状はないわ。応急手当も見事よ、これなら顔にも傷は残らない」
「よかった……!」
無事が確認されて、その場にいた全員が安堵する。女子生徒が運び出されたあと、残ったアシュリーたちは首を傾げた。
「あの、そういえば、前も同じような事件がありましたよね……?」
ルチアと街へ出かけた帰りだ。原因不明の火傷を負った生徒が倒れていたという。
「あのときの犯人がまだ見つかってないってことですか?」
「ええ、そうです……被害者は彼女で3人目。早くどうにかしなければ」
アシュリーが連れてきた教授のベルは、そう目を伏せている。やがて他の教員たちも駆けつけてきて、辺りはちょっとした騒ぎになった。
「また火傷事件か? おお、エンフィールドじゃないか。どうだ? 犯人は見なかったのか?」
「カール先生。いえ、特に怪しい人影は見ませんでした」
グレンと知り合いらしい教授がそう尋ねるが、グレンもアシュリーも救護活動に必死で、犯人を捜す余裕はなかった。
そこに、レスターも現れる。
「今度はお前らが第一発見者なのか? さっそくで悪いが、事情を聞かせてくれ」
「レスター先生!」
見知った顔を見つけて、アシュリーはほっと息を吐いた。
顧問であるということから、レスターが主導して事情聴取が行われる。その間に、他の教授たちが現場を調べるが。
これまでの事件と同じ。手がかりは見つからなかった。
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