第二十二話 疑惑

 翌日、渡り廊下を一人歩きながらアシュリーはため息をつく。

 事件のことも気がかりだが、それは教員たちがどうにかするだろう。被害者生徒も、命に別状はないというのだ。

 今アシュリーの心が晴れないのは、グレンに放ったあの一言のせいだ。


――『先輩のことが好きだから!』


 自分の絶叫を思い出す。それだけで口からうめき声がもれて、通りすがりの生徒に不審げな目で見られてしまった。


(ど、どうしよう……さすがに気まずい!)


 グレンの出自も、石眼のこともどうだっていい。それさえ伝えられればよかったのに、あんな告白紛いのことを口走ってしまった。

 あのあとは事情聴取に追われ、グレンと話すことができなかった。ほっとする反面、あれを聞いてグレンはどう思ったのかわからず、不安の種となっている。


(……私は、これまで通り先輩と一緒にいられれば……)


 柱に寄りかかって、何の気なしに眼下を眺める。珍しくも物思いにふけるアシュリーは、ふと見つけてしまった。


「先輩……?」


 2階にいるアシュリーの眼下、1階の校舎横にグレンがいた。アシュリーは思わず柱の陰に身を隠してしまう。今は合わせる顔がない。

 しかしすぐ、グレンが一人の生徒と対峙していることに気づいた。向き合う二人に何かただならぬ気配を感じて、アシュリーは息を呑む。逡巡ののち、たまらずグレンのもとへ駆け出した。







「お前がやったんだろ? 最近立て続いている傷害事件! 昨日、俺の恋人は顔に火傷を負ったんだぞ!」

「……何でそうなるんだ」


 いきり立つ同学年の男を前に、グレンは顔をしかめた。腫れ物扱いの自分が飛び止められた段階で嫌な予感はしていたが、まさか犯人扱いされるとまで思っていなかった。

 言葉通り、彼は昨日の女子生徒の恋人なのだろう。彼女を傷つけられて、正常な判断力を失っているらしかった。刺々しい怒号をグレンにぶつける。


「昨日の被害者を真っ先に見つけたのはお前らしいじゃねえか。そんな都合のいい話があるか? その呪われた目で被害者を錯乱させて、得意魔法の炎で焼いた! そうだろ? そんな非道な真似ができるのは、お前しかいねえ!」


 ずいぶんと飛躍した論理だ。グレンの目に、被害者を錯乱させるなんて力はないのに。

 犯人の目処すら立たない傷害事件。

 他人を石に変える目を持つグレン。

 ただ不可解で無気味だという共通点のみで、男はグレンを疑っている。


「覚えてるんだよ、2年前、お前が対戦相手を石に変えた授業を……! あの冷たい、呪われた目を……! お前に決まってる!」


 騒ぎを聞きつけて、徐々に野次馬が増えてきた。誰もが遠巻きに二人を眺める。どちらの味方にもならないが、その怯えと猜疑心に満ちた視線は、間違いなくグレンに向けられていた。


(……まあ、こうなるよな)


 感情の昂ぶりで石眼は発動する。それを防ぐため、感情を殺すのが癖になった。けれどその無感情な顔と声音で、人はますますグレンを恐れるようになった。

 仕方がない。彼らは知らないのだから仕方ない。反駁もせず、ただこの場をどうやり過ごすか考える。一発くらい殴られれば、男の溜飲も下がるだろうか。


 もう慣れきっていた。理解されることはとっくの昔に諦めて、独りでいる方が楽なのだ。

 男がいよいよ、グレンの胸ぐらに手を伸ばして――。


「やめ、なさいよっ!!」


 鋭い声とともに、割って入った一人の少女が、男の手を払いのけた。

 小柄な身体でグレンを背に庇うように立ち、必死の形相で男を睨み上げる。


「アシュリー?」


 グレンは目を丸くする。間違えるはずもない。ただ一人、グレンの出自も異能も嫌わなかった後輩だ。彼女の眩しい笑顔は、今も目に焼きついている。


「なんだお前? ああ、研究会の後輩の……どけよ、お前もグルなのか」

「どきませんっ!」


 力強くアシュリーは言い切った。握りしめた手には爪が食い込み、声は激情のあまり上ずっている。グレンですら、初めて見る。こんなにも怒っているアシュリーを。


「さっきから聞いていれば……何なんですか、その根拠のない妄想は! 見当違いもいいところです、そんなもので先輩を侮辱しないで!!」


 腹の底から響く声。その気迫に男はもちろん、グレンですら一瞬たじろぐ。


「グレン先輩は確かに、何を考えているかわかりづらいです。生き物を石に変える、人とは違う目を持っています――でも、それが何? 今回の事件とは何の関係もないでしょう! 

 火くらいここの魔法使いなら誰だって使える、意識の混濁は先輩の異能とは無関係……何の根拠もない! 先輩を怖がるのはあなたの勝手ですよ、でもそれを事件と結びつけて、罪もないこの人を責めるなら私が許さない!」


 勇ましくアシュリーは吼えた。激昂しながらもその主張には正当性があり、グレンを遠巻きに見ていた生徒たちも気まずげに目を逸らす。

 男も一瞬言葉に詰まるが、まだ頭は沸騰したまま。下級生に言い返された悔しさもあるのだろう、さらに言い募る。


「だったらお前が犯人を見つけてみせろよ!」

「上等ですよ! あんな妄想を本気にしちゃうアナタでは、一生かけても恋人さんの仇は取れないでしょうから!」


 売り言葉に買い言葉。アシュリーが請け負う必要などないというのに、彼女は凜々しく啖呵を切る。


「アシュリー、君がそんなことをする必要は――」

「先輩は黙っててください!」


 止めようとしたグレンすら制して、アシュリーは堂々と宣言した。


「先輩に濡れ衣なんて着させない! 犯人は、私が見つけてやりますよ!」

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