第15話 先輩達の理由

『先輩、ごめんなさい。別れたいです』


 一向に既読にならないメッセージ。

 待ち合わせの時からずっと未読スルーされているけれど、何かあったのだろうか?


(ううん、この場合はブロックされていると思った方が正しいのだろう)



 私はベッドの上でスマホの画面を眺めていた。

 初めての恋を終わらせようとしているにも関わらず、意外と冷静な自分に驚いていた。

 これも全部、シロくんのおかげだ。シロくんが傍にいてくれるって分かっているから恐くないんだ。


(不思議だな……無理だと思っていても先輩に縋っていたいと思っていたくせに、今は早く関係を終わらせたくて仕方ない。シロくんが私を幸せにしたいと言ってくれたように、私もシロくんを幸せにしたい)


 結局、この日は先輩からのリアクションはないまま終わってしまった。


 私は明日からどんな顔をして会えばいいのだろう? まさかと思うけど、先輩が別れたくないと言ってきたら、きちんと拒むことができるだろうか?


(ない、ない、ない……そんなわけ、ない)


 頭を振りながら、私はシロくんがプレゼントしてくれたユーメロディの人形に顔を埋めた。

 柔くて気持ちがいい触感。

 私は優しさに包まれて、眠りにつくことにした。


 ————……★


 次の日、私は緊張の面付きで学校へと登校したのだが、先輩の姿は見当たらないまま教室まで着いてしまった。


 休み時間になっても、放課後になっても、先輩の存在を知ることなく時間が過ぎてしまった。


 しかも一日だけでなく、一週間、二週間と。

 先輩は学校に来ることなく、メッセージも未読のまま。


(こ、これは……想定外なんだけど?)


 てっきり簡単に終わると思っていた関係だったのに、自然消滅で終わりを迎えるとは思ってもいなかった。少しでも早くシロくんの気持ちに応えたいと思っていただけに、かなりヤキモキしてしまう。


「——なぁ、菜子。あれから先輩から返信あった?」


 昼休み、当たり前のように私の隣に座って話しかけてくるシロくん。「ううん」と首を振るのも当たり前の行為になってしまった。


「そういえばさ、スミレ先輩も休んでるって知ってた? 二人して無断欠席してるから、何かあったのなかって噂になってるらしいよ」


「そうなんだ」


 宮迫先輩は西條先輩と別れたと言っていたけれど、結局は嘘だったのだろう。


 もしかして私とのデートがバレて問い詰められたとか?


(でも西條先輩のことだから、先輩を追い詰めるよりは私に矛先を向けそうだけど……)


 別れようと言ったから許したのだろうか?

 ううん、シロくんとのキス動画を拡散するような人が簡単に許すとは思えない。


 モヤモヤした気持ちのまま、私達は「どうしたんだろうね」と他人事のように緩い時間を過ごしていた。


 それから更に数週間経った頃にとある噂を耳にした。



『スミレ先輩、妊娠したらしいよ』



 もちろん相手は宮迫先輩。だから二人は学校を長期間休んでいるらしい。


 本人不在の確証のない噂だが、腑に落ちた自分がいた。

 本命の彼女、西條スミレ先輩が妊娠したせいで性行為が出来なくて、性欲が溜まった宮迫先輩は私や関根先輩と浮気をして。そのことが許せなかった西條先輩は、怒りの矛先を浮気相手である私達に向けたのだ。


(そりゃ、許せないよね。私もきっと先輩のように怒り狂うと思う)



 それよりも宮迫先輩だ。もし、この噂が本当だとしたら……彼はどう落とし前をつけるつもりだろう?


 少なくても私の答えは決まっている。


(早く終わらせたい。もうこんな苦しい思いはしたくない。前に進みたい、進ませてもらいたい)


 初恋の呪いを、終わらせたい——……。


 そんな私の願いは、意外な形で訪れることになった。学校から帰ってきて、お風呂も晩ご飯も済ませてゆっくりしていた時だった。


 ずっと未読だったメッセージに既読がついていた。全身が心臓になったかと思うくらい、大きく身体が震えた。


 どうしよう、嘘でしょ? 焦る私と裏腹に一つのメッセージが届き、表示された。



【会いたい】



 ————何を今更。自分勝手にも程がある。

 とっくの昔に冷めたと思っていた感情が、再び込み上がる。だけど前とは質が違う。


 好きとか憧れとか、そんな柔らかい感情ではない。怒りだ、私は先輩の無神経さに腹が立って仕方ない。


 震える指先で感情のままに言葉を綴った。


「私は会いたくない。もう先輩のことなんて忘れたい。全部知っているんです。赤ちゃんが出来たのなら、ちゃんと西條先輩と向き合って下さい」


 フゥー、フゥーと、荒々しい息を吐きなが、私は胸の丈をぶつけた。送信ボタンを押したと同時に、力尽きたようにスマホを落としてしまった。


「やっと終われた。良かった、これで良かったんだ……」


 その時の私は安堵の気持ちで満たされていた。だが、別れというのは一方的な言い分では済まないのだ。


 しばらくしてからベッドに落ちたスマホが着信を知らせるように鳴り震えた。相手は宮迫先輩だ——……。


【俺は絶対に別れない】

【電話に出ろ】

【ふざけるのもいい加減にしろよ、この◯◯◯】


 着信の合間に届くメッセージ。恐怖を感じた私は、スマホを抱えたままシロくんの家へ向かって走り出した。

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