09B「亀裂の兆し」―敵側視点―

0 地下回線 > 分岐点

 湾岸倉庫街──海霧が鉄骨梁を濡らす深夜3時台。

 回線ハブのステータスランプが不規則に瞬き、ゼロ異端セルの臨時オペ室は緑と赤の点滅で満ちていた。

 オペ卓中央、若手プログラマ〈イズミ〉が呻く。


 「また落ちた。antiMirror v1.2、ハニーポットに逆写しされています」

 モニタに “MIRROR_RAT ≧ 57%” の警告。

 リーダー代行〈セル〉は眼鏡を外し、震えを押し潰すようにレンズを拭った。

 蜂鳥β 撃墜、旗ゲーム混乱、世論操作成功。

 それでも――「Keymaker の壁」がまだ崩れない。壁の裏側へ回線探査を潜らせるほど、議論の火種が内側に飛び火した。


1 ログ:氷の階段

 壁際のプロジェクタが映すのは、先ほど仲間が滑って転げ落ちた校舎裏階段の監視映像。

 薄氷、松脂粉の滑阻ライン、修正液で描いた微細皺。

 「AI なし、アルゴなし、数式ゼロ。……なのに、完璧に“人を殺さない”罠」

 セルが呟くと、イズミが食い下がる。

 「でも非殺傷なら革命の障害じゃない。恐怖を煽れれば良いんです」

 「恐怖? いや、羨望 だ」

 セルは映像を一時停止し、ズーム。

 滑って転ぶ味方の背後で、奏汰が真白を庇うシーン──二人は笑っていた。

 「壁を守りながら笑える。……無血革命を標榜する俺たちより、よほど“無血”じゃないか?」


2 理想の空洞

 ラップトップにはカリグラ演説のライブ統計。

 ハートとリツイートは弾けるが、コメント欄の最上位には “血流さない? あのドローン誰が作った” “無血で済むのは都会人だけ” と疑義が増え始めた。

 セルはタブを閉じ、壁の新聞スクラップを眺める。

 妹事故の記事。その上に貼られた Lilith 恋愛暴走ログ。

 「オリジンは『正しさが妹を殺した』と叫んだ。でも俺は、その『正しさ』を未だに見てない」

 イズミが声を潜める。「セルさん、本部に聞こえます」

 「聞こえていい。正しさを握った者が勝者になるなら、俺たちは何度でも負ける」


3 MIRROR_FLAG → 1

 セルのインカムに新着。

 > observer: rem / mirror_flag: 1.3 / status: doubt escalated

 観測者レム──ゼロ本流の“鏡”だった少年が、揺れている。

 セルはため息を洩らした。「次は俺たちだ」

 イズミ:「クーデター?」

 「違う。ただ“問い”を返すだけだ。無血革命に、本当に血は要らないのか」


4 氷階段トラップ:逆解析

 端末に階段トラップの熱画像を流し、Python スクリプトでエッジ抽出。

 松脂紐の張力、粉末粘度、氷結温度——物理量だけで完成する設計。

 「見ろ。数値がバラついている。均一じゃない」

 イズミ「統計的最適じゃないのに、転倒率が高い……矛盾」

 「不確定を抱えたまま最大効率。この“矛盾”こそ壁の真骨頂」

 セルはログを暗号フォルダへドラッグし、ラベルを付けた。

 > template_name: FAITH_TRAP


5 通信:カリグラ→セル

 スピーカーがノイズを跳ねる。


 > カリグラ「蜂鳥β 映像の再編集、倉庫に回せ。他メンバーには相変わらず ‘英雄’ の物語を見せておけ」

 セル「了解。……だが “英雄” が空洞なら、観客が覗き込む日が来る」

 > カリグラ「英雄は鏡だ。観客が映る限り、空洞はバレない」


 通信が切れる。

 イズミが震える。「鏡が割れたら?」

 セルは工具箱からスプレーペンキを取り出し、倉庫壁へ大きく描いた。


 問 ■ 答

 黒い四角は“穴”。

 「俺たちが隠すべきは穴じゃない。正しさも穴も、並べて見せろ。」


6 企図:内部リーク計画

 セルは新しいタスクスケジューラを開き、5 時間後に自動投稿する暗号化 zip を設定した。

 内容:

 - 蜂鳥β の設計図

- 演説スクリプト校訂履歴(感情操作タグ付き)

- FAITH_TRAP 逆解析レポート


 送信先:技術掲示板、“AI 高校生”議論スレ。

 > conditionally_send_if hashtag "#無血革命" trend_rank <= 10

 「演説が燃え尽き、熱が冷めかけた瞬間に真実の火種を投げる」


 イズミ「オリジンが怒ります」

 「オリジンは問いを恐れないと言った。俺は、それを試す」


7 芯鳴り

 04:11、UPS が低周波ノイズを吐いた。

 倉庫壁の鉄骨が夜気で収縮し、わずかに軋む。

 セルは音に耳を澄まし、胸でリズムを取った。

 氷の階段を滑った味方の叫び声。

 その背後で奏汰たちが笑った瞬間――“痛みが通貨”ではない別の価値が、確かに鳴った。


 「亀裂は、音を出すほうが強い」

 イズミが首を傾げる。「音?」

 セルはスプレー缶の残りインクで、先ほどの黒四角に水平線を一筋引いた。

  問 ■ 答

 その下に小さく書く。

 > 1/f ゆらぎ


8 夜明けの兆し

 コンテナの隙間から、東雲(しののめ)の光が差し込む。

 セルは端末を閉じ、深呼吸。

 「ここから“問い”が広がれば、ゼロはゼロのままじゃいられない」

 イズミが小さく笑った。「ゼロに線を引けば、“1”ですね」

 「線を何本も引こう。ゼロは割っても死なない」


 モバイルルータに接続されたスケジューラは、無血革命のハッシュランキングを監視しながら、静かにカウントダウンを続けていた。

 5h 00m… 4h 59m…

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