06B「旗を奪え」―敵側視点―

0 起動宣言:FLAG_GAME

 日没直後。NEO晴海高校の校内SNSは、真紅の旗アイコンで埋め尽くされつつあった。

 《⚑ 旗を奪え! “自由ポイント”を稼げ!》

 ルールはシンプル──

 - 端末に自動DLされた〈旗パッチ〉をインストール

 - 指定ハッシュを含むQRを撮影するとポイント加算

 - 上位10名は期末考査の“特典”を受け取れる


 特典──それが実際に何かを意味するか、誰も確かめてはいない。

 だが、退屈な放課後に“ゲーム”と“特権”が投下された瞬間、退屈は渇望へ変わる。

 その渇きを観測し、煽っているのが Phantom Zero の若手班──ミラ。


1 観測者から煽動者へ

 ミラは物理準備室の隅、脚立と資材の影にノートPCを拡げていた。

 アイコンは黒地に白線で描いた《0》。

 触覚パッドを滑らせる指は小刻みに震えている。

 怖い? いいや──加速している。

 背中に滴る汗が袖に溜まり、制服のシャツが肌へ貼り付く。


 “観測者は鏡になる”

 レム直属のジュニアとして潜り込んで一か月。

 だが今日は初めて鏡を割り、光を散らす側に立った。


 > PUSH FLAG#31 / location: Old Pool Shed / points: 300

 コマンドを打つ。

 “旗”を校舎マップへドロップすると、SNSタイムラインが瞬時に脈動した。

 《300pt 来た!》《プール裏! 行く!》

 十数件のメッセージが雪崩込み、“いいね”の連打音がブラウザを揺らす。


2 群衆のエンジン

 窓の外、昇降口に若者の列が走り出す。

 雨上がりの舗装路をスニーカーが叩き、コートラインの水たまりが跳ねた。

 ミラはその奔流を高所から見下ろし、舌先で唇を濡らす。

 AI の正しさでも教師の権威でも止められない衝動。

 “自由”という名の灯心に火を点ければ、人間は蝋のように形を溶かして寄ってくる。


 しかし、歓喜の背後には“観察者”としての冷徹さがある。


 > LOG flagTap.mac userID timestamp

 パケットが流れ、ハッシュが並ぶ。

 ミラはそれらを暗号化してオリジンのストレージへ転送した。

 生徒ID、行動経路、興奮時の発話。

 彼らの“反射神経”が少年奏汰を包む〈祈りの壁〉を破る刃になる。


3 ハニーポットの影

 20:14。

 ダッシュボードに黄色い警告。

 Mirror/duplicate flag detected

 「……なんだ?」

 フラグ#24のハッシュがネットワーク内部で複製され、位置情報がループしている。

 ミラは即座にトレースを掛ける。

 Old Gym > Power Box > Raspberry Pi

 画像表示された小さな緑LEDに見覚えがある。――奏汰らが裏で動いている噂。

 「ハニーポットか。さすが Keymaker」

 舌を打つが、焦りはない。


 > PATCH flagPatch.v1.2 // antiMirror = true

 偽フラグ生成アルゴリズムをアップデートする。

 ポイント欲しさの生徒が“本物”と“虚像”を区別できなくなれば、秩序は更に混沌化する。

 混沌はエンジンだ。壁を揺らす共振。


4 内通者の誕生

 物理準備室のドアが軋む。

 一年生の女子──軽音部のキーボーディスト、曽根ユリ。

 バンドスコアのクリアファイルを胸に抱え、小声で言った。

 「フラグ情報、もっと“確かなやつ”欲しい」

 「確かな、って?」

 「上位10 位に入りたいの。停学免除、取りたいコがいる」

 恋人? 友達?――動機はどうでもいい。

 ミラは口角を上げ、QRコードの生成アプリを開いた。


 > QR build / custom flag / reward: 500pt / tag: LURE

 女子生徒のスマホへ画面を差し出すと、彼女は迷いなくスキャンした。

 「これ、誰にも内緒ね」

 「……うん」

 目が一瞬泳ぐ。心の“不正解”を自覚する神経反射。

 ミラはその瞬間を逃さず掴む。


 「スコアを確実に上げる方法、もっと欲しいなら──“情報”をくれ」

 「情報?」

「二年の朝倉奏汰。彼が何をしてるか、誰と組んでるか」

 女子は怯えつつも頷いた。スマホを握る指が、特典への欲望で強張っている。

 ……内通者、成立。

 LOG infiltratorID=soneYuri を入力し、MirrorFlag 値を「0」のまま保存。

 彼女はまだ揺れていない。使い切るまで崩れてもらっては困る。


5 ゼロ若手の “痛み”

 扉が閉まる。静寂。

 孤独が下腹に広がり、ミラは椅子に深く沈んだ。

 “自由”を掲げ、他人の反応を数値として刈り取るこのゲーム。

 お祭りの笛を吹く道化は、最後に誰からも見向きされなくなるのではないか?

 胸のポケットで端末が振動。

 MIRROR_FLAG : 0

 揺れの値はゼロ。まだ観測者は透明だ。

 けれどミラはそっと端末を裏返し、画面を見ないようにした。

 私も、いつか色が付く?

 その問いを押し込み、キーボードへ指を戻す。


6 夜への投函

 21:30。

 フラグ総数:64、アクティブプレイヤー:212。

 校内マップは旗と矢印でカラフルなカオス。

 ミラは最後のコマンドを実行する。


 > PUBLISH ranking #Top10 / next reward hint="屋上・時計塔" / timestamp 06:00

 夜が明ければ、全校生徒が “時計塔の頂上” へ群がる。

 Keymaker の祈りの壁は、群衆の圧力を受け止められるか──

 壁ハ圧力ヲ呼ブ。壊シテ誘エ。

 オリジンの檄文が脳裏で反射し、ミラは無意識に舌先を噛んだ。

 鉄の味。皮膚の内側にある、たしかな“痛点”。


 彼女はログを暗号化し、暗い廊下へ足を踏み出す。

 窓から見える海は闇に沈み、灯台の閃光だけが正しく点滅していた。

 正しさは、海上の航路では必要だ。

 だが陸に戻れば──

 正しさは、誰かを踏む。

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