出発

その日の夜。


ウィルはもやもやしていた。


父親が言った「街に行くぞ」という言葉。

ここで言う街とはクライネンという街のことだ。


ウィルの農村から行くことの出来る唯一の大きな街だ。

もちろん、ウィルは行ったことがない。

いや、ウィルの父親であるジャックも数えるほどしか行ったことはない。


兄さんたちも行ったことがないはず。

何故ウィルだけ?


ウィルは、

???

となりつつも眠りに落ちた。





翌日。

家の中の雰囲気はいつも通りだった。

朝食を食べ、片付けを手伝う。

いつも通りの朝だ。


違ったのは、外に遊びに行かせてもらえなかったことだ。

それは仕方ない。


クライネンの街に行くには乗合馬車に乗らないといけない。

少なくとも子どもであるウィルが歩いていける距離ではない。

乗合馬車はいつも昼頃に来る。


ウィルは乗ったことはないけど、それぐらいは知っている。


なにせ、この農村には外から人などほとんど来ない。来るのは、乗合馬車と行商人ぐらいだ。

当然、村人はその動向を見ている。


ジャックとウィルはいつもより早めの昼ごはんを食べて乗合馬車の停留所に向かった。


ウィルは手ぶら。

荷物は何もない。

ジャックは荷物を1つ背負っている。


ジャック

「乗るぞ。」


父さんはそこまで口数が多い方ではない。

でも、今日はいつもよりも更に少ない。


乗合馬車には既に先客がいた。

乗合馬車はこの農村に着く前に他の農村も通っている。

いくつかの農村を経由してクライネンに到着し、再び出発して農村を回ってくる。


ウィル

「クライネンに行って何をするの?」


ジャック

「・・・買い物だ。」


たぶん、嘘だ。

たいていの買い物は村にやって来る行商人から買う。


いつもは村の中で物々交換で手に入れる。

でも、村で作れない物なんかは行商人から買っている。

一番は布だ。


布はウィルの村では作っていない。

だから行商人から買う。

なので服は高級品だ。

ウィルの着ている服は兄たちのおふる。

あちらこちらが破れているのをあて布をしてなんとか着ている状態だ。


そして、その少しの布を買うのでもウィルの家では滅多に出来ない出費なのだ。

そんな我が家にはわざわざ街まで行って何かを買うようなお金はないはず。


そんなことはウィルにもわかる。


じゃあ、何をするつもりなのか?

それはウィルにはわからなかった。





乗合馬車の旅は苦痛だった。

ガタガタと揺れてお尻が痛い。

でも、立ち上がることも出来ない。


最初は初めての馬車にテンションが上がったけど、すぐに降りたくなった。

途中、馬の食事のための休憩が少しあるけど

馬車から離れるようなことはしない。


下手に馬車から離れてモンスターに襲われると大変だからだ。

走っている最中の馬車に襲ってくるモンスターはあまりいないらしい。一番危険なのは休憩の為に止まっている時なんだって。

乗合馬車のおじさんが教えてくれた。


まぁ、子どものウィルに馬車から離れないように釘を刺したかったんだろう。


幸い、夕方には次の農村に到着した。

おじさんが乗合馬車から馬を外していく。


おじさん

「明日の朝、出発するから乗り遅れないでくれよ。いつもの時間になったら、そろってなくても出発するからな。」


そう言い残して、おじさんは馬を連れて去って行った。

残されたのはウィルたちを含む乗客6人。


ジャック

「めしにするぞ。」


ジャックはそう言うと、パンを布袋から取り出した。

パンといってもふわふわではなく、保存性重視のパサパサハードパンだ。

水を飲みながら、もさもさと食べる。


ジャック

「村の井戸で水を汲んでくる。

お前はここで寝てろ。」


田舎の農村に宿屋なんてものはないし、あったとしてもウィルたちには泊まるお金はない。

乗合馬車を宿代わりに寝るのだ。

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