百五十八話 理外の存在

「で、どうするんだお前たちは」


 戻ってきて椅子に腰を下ろしたバミは、ホープとクリネアに向けて問いかける。

 バミがこの二人を雇い入れたのは、平民出身の者が官僚の試験を非常に良い成績で突破したという物珍しさからだけではない。

 多くの平民出身者が、貴族出身の新人官僚や上司たちに媚を売る中、常に背筋を正し、自分たちのやるべきこと以上の仕事をこなしていたからだ。

 そこには自分たちの能力への信頼や誇りが見えていたが、かといって人から目をつけられるようなへまもしていなかった。自分の仕事をさっさと終えると、さりげなく他の者が後回しにする仕事に先に手を付け、全ての仕事が円滑に回るように動き続ける。


 貴族出身の者が偉そうに指示や割り振りをしていたが、それに従いつつ、自分たちのできることを最大限にこなしていたのだ。しばらく働いていれば間違いなく頭角を現したであろうが、同時に、その容姿は整っており、ろくでもない輩に目をつけられる可能性もあった。

 だから大臣の中でも特に嫌われ、恐れられているバミが、率先して引き取ったのだ。


 他の同期からは哀れみの視線を送られていた二人であったが、本人たちはまるで気にした様子もなく、バミに臆することなくついてきた。

 バミは一度尋ねたことがある『俺が怖くないか』と。

 すると二人はそろって『怖くない』と答えた。

 自分たちを見出してくれた方を恐れるなんてとんでもない、と優等生な答えを吐いたのでしつこく問いただし、ようやく漏れた本音が『自分を育ててくれた師に少し雰囲気が似ている』だった。


 そりゃあさぞかし偏屈な奴なのだろうと思っていたが、グレイであればそれも納得である。


 さて、バミはグレイに告げた通り、身体の調子も思わしくなく、間もなく大臣の職を辞する予定だ。短い間ではあったが、ホープとクリネアには、働きに応じてそれなりの位を与えている。

 バミの教育のおかげで、少数精鋭となっている部署の中では、二人の働きはきちんと認められているが、出世が早いために多少のやっかみは当然ある。

 そしてバミが辞職すれば、新たな大臣が選ばれ、その人物によってはホープとクリネアの立場は危うくなることだろう。

 さて、どうしたものかと考えているところに現れたのがグレイだ。


 あの男が気にかけるというからには、二人の将来も酷いことにはならないはずだ。

 バミは、もしクルム陣営が安定するようであれば、二人もそちらに加わるというのも一つの手であると考えた上での問いかけである。


「しばらくはここで働くつもりです」

「ほう? まだクルム王女は信頼するに足りないか?」

「いいえー。ここにいた方がせんせーにとって都合が良い気がするので―」

「どういうことだ?」


 なんとなくその答えに想像がついていながらも、バミは理由を問いかける。

 バミからすればこの問答も、後進に残してやれる教育の一つだ。


「ここにいれば多少のことはこっそり握りつぶせますから」

「俺の前でそれを言うか」


 クリネアのあっさりとした汚職宣言に、バミは目を細めてぎろりと睨みを利かせる。普通の官僚ならば縮み上がるようなその視線を受けても、クリネアは平気な顔をしてうっすらと笑っていた。


「バミ様もお身体が元気でしたら同じことをしたのではー?」

「生意気な」


 しかしその通りだった。

 バミは口では文句を言いながらも、心の底では、やはりこの二人は優秀だと満足していた。だからこそ苦言も呈する。


「いばらの道だぞ。俺の体を見ろ。正しくあっても曲がっても敵は多い。早いうちにグレイの近くへ行った方が身のためかもしれん」


 グレイの言う通り、バミは非常に容姿の整った男であった。

 しかしこの仕事を続けるうちに、時にやっかみで、時に敵対する勢力による攻撃で、全身に怪我を負ってきた。時には生死の境をさまようこともあったが、それでもしぶとく生きてきた。

 身分の低いものがこの王宮で生きていくには、頭を低くするか、身体を犠牲にするしかないのだ。身をもってそれを知っているからこそ、バミは気に入った若者二人に忠告を惜しまない。


「バミ様、私たち、もう大人なんです」

「せんせーに守ってもらうだけでは恩返しができませんので」

「それに近くにいるのなら、いざというときには先生は助けてくれると思います」

「バミ様も本当はそれがお望みなのではー?」


 あまりに察しが良く、先の見通しが利くこの二人に、バミは思わずため息を吐いた。期待と心配が入り混じった複雑なため息だった。


「本当に生意気なことだ。仕方がない、もうしばし大臣職にしがみついてみるか」

「さすがバミ様。でもご無理はなされませんように」

「大丈夫ですよー、そんなに心配しなくても、この部署の人たちに関しては、それなりに知っていますからー」

「そんなことは知っている。お前たちは聡いが、だからこそ馬鹿共の一撃をよく理解できておらん」


 バミはこれまでの出来事を思い出しながら、椅子の背もたれに寄りかかる。


「弱みや義理や恩、そんなもんは馬鹿には関係がない。あいつらは保身であったり自分の目的であったりのために、全力で人を消しに来るからな。理外の馬鹿には気をつけろ」


 ふん、とバミは鼻を鳴らす。

 逆上して襲ってくるものなどこれまで星の数ほどいた。

 バミはそれを乗り越えて生きてきたのだ。

 黙り込んだ二人に向けて、バミはニヤっと笑う。


「グレイを見ていれば分かるだろう、あれも馬鹿の一つの形だからな」


 友人の死を悼み、身内を殺してまで敵討ちに走る馬鹿。

 そんな人間がどんな行動を選ぶかなんて、ずるがしこい人間には、到底理解の及ばぬものなのである。

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