百三十三話目 夜空に咲く
空を飛ぶ魔物を仕留めるのは、人にとっては至難の業だ。
襲ってきたところを狙うのが一般的であり、撃ち落とすほどの技術を持っている者は稀である。
かくいうグレイも、対空の魔法はあまり得意な方ではなかった。
発射したものをコントロールするという概念があまり得意ではなく、腕の振りや手首のスナップを活用することで、無理やり魔法の軌道をコントロールする節がある。
微調整くらいはできるのだが、とにかく苦手なものは苦手だ。
「ぬぅうううん!」
短い詠唱でグレイの右手の上に生み出されたのは黒鉄色の砲丸のような塊。
体の捻りと腕の振りによって投擲されたその塊は、唸るような風切り音を立てて、まっすぐに空を飛ぶ魔物の尻の辺りまで飛んでいく。
妙な音に気付いた魔物が身を逸らすと、その塊は魔物の翼の一部を吹き飛ばし、空の彼方へ消えていくかに思われた。
その瞬間グレイが叫ぶ。
「
どんっ、と空を響かせる破裂音。
近くにいた兵士も魔物も、そしてクルムも鼓膜が大きく震わせられて、目を白黒させる。駆鎧竜の一部なんかは、その場でひっくり返って目を回しているものもいるくらいだ。
夜空に飛び散った魔物の肉片が、花火の色とりどりの火花がゆっくりと落ちていくかのように地表にいる兵士たちに、駆鎧竜に、そしてバリスタに張り付いていたクルムに降り注ぐ。
グレイだけはさっと駆鎧竜の死体を持ち上げて、回避している辺りはろくでもない。
まさに汚い花火であった。
一代で花火の歴史に名を刻んだ玉屋に酷く失礼な命名だが、この世界ではそんな名を知っているのもグレイだけだ。堂々と名前をパクった大魔法である。
口をぱっかりと開けたまま硬直していた駆鎧竜たちは、やがてはっと気づいたように慌てて回れ右して森の中へと逃げていく。随分と数を減らされた上に、理解不能な魔法まで炸裂させられて、もはや継戦不可能となったのだろう。
ぼたぼたと肉片が地面に落ちる音がやんだ頃、その場に残ったのは血まみれの人と駆鎧竜の死体のみ。
〈要塞軍〉に犠牲はなかった。
駆鎧竜よりも上位の魔物まで現れたのに無事であったのは喜ばしいことだ。
奇跡ともいえる。
犠牲はなかったはずなのに、惨憺たる光景が広がっており、なぜか勝利の雄たけびも上がらないのは、間違いなくグレイのぶちまけた汚い花火のせいだった。
沈黙。
冷静なフーヴァが何と声をあげようか迷っていると、外壁の上からクルムの声が上がる。
「先生、助かりました!」
「うむ」
グレイの奇行に慣れている自分が何とかしなければという使命感もあり、血塗れの顔をぬぐう間もなくバリスタの前で声を上げたクルム。
その立ち姿は汚れているというのに、いや、汚れているからこそ、兵士たちにはある意味英雄的に映る。今までこんな辺境の地に見向きもしてこなかった王族が、自分たちと一緒になって戦った実感を持たせる。
先ほどバリスタを放ったのがクルムであることを認識した兵士は、思わずその姿を見上げて声を上げる。
「王女殿下、助けてくださりありがとうございます!!」
「無事で何よりです!」
兵士たちの間に少しずつどよめきが走り、そしてそれが伝播したところでフーヴァが大鎚を持った手を空に向かって振り上げる。
「我らの、王女殿下の勝利だ! 勝鬨をあげろ!」
兵士たちもフーヴァに倣って雄たけびを上げる。
基地の前に勝利の声が上がり、そのやかましさにグレイが耳を塞ぐ。
「まったく、なかなかうまくやったもんじゃわい。……しかしまぁ、何とも危なっかしいことをする」
兵士たちと共に喜びの顔を見せているクルムは、なかなか頑張ったと言えるだろうが、自分の身だけを考えるのならばバリスタは撃つべきではなかった。どこまで計算のうちなのか、とグレイは血まみれのクルムを見ながら考える。
叱るべきか、褒めるべきか。
ただ一人手元足元しか汚れていないグレイは、それからもしばし続いた歓声のような勝鬨の隙間を縫うようにして拠点へ戻っていく。
先ほどのような空を飛ぶ魔物は、そうそうこちらまでやってくることはないと思うが、念のためさっさとクルムの近くまで移動しておこうという魂胆であった。
グレイは自分自身が強いことをよく理解しているが、同時に、いくら強くたって人を守れない時があることも知っている。自分の身だけを守るのと、他人を守るのでは難易度がけた違いに変わってくるのだ。
先ほどのコウモリのような魔物にしろ、一人の時であれば無視して進んで、近寄ってきたところを一撃で仕留めればよいだけだ。しかし、狙われる味方を守るとなると、途端に先読みと遠距離へ攻撃できる魔法が必要となってくる。
やはり護衛の一人は必ず近くに置いておくべきか。
そんなことを考えつつ、グレイが空を警戒しながらクルムの傍らにたどり着く頃には、ようやく〈要塞軍〉の兵士たちの気持ちも落ち着いてきたらしかった。
フーヴァの指示に従って、魔物の生死を確認しつつ、その場の後始末に移っている。魔物の血には毒があって、よほどうまく処理しない限り食えたものではないが、その素材は役に立つ。
今回仕留めた駆鎧竜の革は、きっと良い防具や金に変わり〈要塞軍〉を潤すことだろう。
「クルムよ、下へ降りるぞ。こんなところにいつまでも立っておったら、またいつ飛行型の魔物が襲ってくるとも限らん」
「はい、そうですね。……それから先生、先ほどは助けてくださってありがとうございます」
グレイは片方の眉をあげると、ぼすんと少し乱暴にクルムの頭に手を置く。
「お主の咄嗟の判断が、兵士の命を救った。悪くなかったぞ」
「そうですか……。……ふふ」
クルムが目を細めて子供らしく、嬉しそうに笑う。
叱るべきか、なんて考えてはいたが、もしあの場でクルムが自分の身を案じて引き金を引くのを躊躇っていれば、きっとグレイはがっかりしたことだろう。
先ほどのクルムの行動は、グレイ個人の思想から採点してやるのであれば、百点満点の回答なのであった。
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