第19話
今日からシオンさんは3日間、チームを離れてプロとの練習を行う。
アドバトの強豪校に入学するプレイヤーならば、普通ならプロの練習相手が出来る人物が身内から出たなら嫉妬めいた感情を抱くものだろう。
しかし、今の私にそういった感情は不思議と生じていない。
それは現状では私の方がシオンさんよりも力量で劣っている。シオンさんを優れたアドバトプレイヤーだと認めているからだ。
別にシオンさんがいないから振り回されなくて済む。その気持ちが勝っているからこのように思っているわけではありませんからね。
「どうですかミカヅキ先輩。自己ベスト更新です!」
「そうか。なら今の命中精度を保ったまま、あと5秒更新してくれ」
「鬼ですか!? 簡単に言いますけど、5秒はすぐに縮まる秒数じゃないです。ミカヅキ先輩は鬼です、悪魔です。一言くらい褒めてくれてもいいと思います!」
内気でドモって話すことが多かったエータさん。
チーム内で唯一の1年生ということもあって誰よりも緊張があったでしょうが、今ではスムーズに話している姿を見ることも多くなりました。
部長という立場もある私と話す時は、まだ些か緊張してしまうようですが。
「マンツーマンのエータが羨ましい?」
キョウコさんの顔は無表情に近いはずなのに。
その奥にニヤケ面の彼女が見えてしまうのは、私もこのチームに染まった。またはこのチームが、シオンさん達の影響を強く受けている証拠なのかもしれない。
「別にそのようなことは思っていません。遠野くんはリーダーかつ先輩としての義務を。エータさんはレギュラー選手かつ後輩として当たり前の施しを受けているだけです。それ以上でもそれ以下でもありません」
「やはり遠野が絡むと姫島は饒舌になる」
……この人は本当に色恋沙汰がお好きですね。
「私も練習に入りますので、いつもの設定をしていただけますか?」
「遠野がやっているトレーニングメニューで、遠野と同じ操作設定のやつ?」
この人、わざとやってますね。
ただここで感情を発露させたり、狼狽えるのは逆効果。相手の思う壺だ。
なので淡々と肯定の意思を示し、私はコクピット型マシンの中に入る。
搭乗する機体は、普段愛用している《オルトロス》ではなく《トロンべ》。
練習メニューはコースを1周する間に要所で出現するターゲットの破壊。1周するまでのタイムと、ターゲットの破壊率が評価基準となる。
「……」
スタートまでのカウントを見ながら呼吸を整える。
始まればそこからのノンストップ。全力集中。今日こそ彼に並ぶ。彼を追い越すその日を迎えるために。シオンさんの領域に近づくための足掛かりをつかむために。
「――ッ」
カウントゼロと共に最大稼働。
爆発的な加速で機体はコースを巡り始める。最初のターゲットまで現在の速度で約5秒。ターゲットの数も少なく、行動パターンも停止のシンプルな的だ。ここで手こずるわけにはいかない。
「そこ……!」
右手に装備しているライフルから高威力のエネルギー弾が放たれる。
威力が高い分だけに反動も強い。オルトロスの武装と比較すると格段に機体が揺さぶられる。
が、真に問題すべきはそこではない。
大抵のプレイヤーは、操縦桿の設定でデッドゾーン。遊びとも表現される操作を受け付けない可動域を作っている。
何故なら遊びがなければ、それだけ軽く動かすだけで機体が動いてしまう。誤作動を起こさないためにも普通なら遊びを設けるのだ。
しかし、遠野くんの設定にはその遊びがゼロに言ってもいいほど存在していない。
私も機体操作には自信があるため、他の部員と比べればかなり遊びは少ない部類に入る。だがここまで遊びがないのは、おそらく彼を除けばプロくらいだ。
必然的にミリ単位でも操作を誤れば、機体は自分の意図しない挙動をしてしまう。
「相変わらず……でもまだ」
遠野くんの設定、遠野くんのメニューを行うのは今日が初めてではない。
最初こそ思ったように操作できずに苦しんだが、今は序盤で崩れるほど不慣れじゃない。
目から手に入れた情報を処理し、それに対して適切な命令を腕に伝え、操縦桿を握る手から機体に神経を巡らせる。
的確な操作が出来れば、遊ぶがない分の最速の挙動で機体が動く。
自分のイメージを完全に再現できる完璧な操作技術。
感覚的に機体を動かせる《
「はぁ……はぁ……」
ゴールしたタイムは遠野くんとは3秒差。ターゲット破壊率は同じ100パーセントだった。
初めてやった時は2桁のタイム差があっただけに、それと比べれば十分に差を縮めていると言える。
だがある程度の慣れが出来た今だからこそ、遠野くんとの操縦技術の差をより顕著に感じる。私の操縦技術は《完全操縦》の領域に至っていない。そこまでの道のりは遥か遠い。
それにターゲットに関しても……彼は全てターゲットの中心を的確に撃ち抜いている。それを基準に考えれば、私の達成率は90パーセント前後。精密射撃に関しても私は彼に届いていない。
『悪いが水上、もう1セット頼む』
『タイムも問題ない。ターゲットだって全部破壊してる。それなのにまだやるの?』
『何箇所かターゲットの中心からズレてる。それを修正したい』
『それって誤差じゃない? そこまでやる必要ある?』
『その誤差で負けた時に運が悪かった。あと少し横だったなら……なんて言い訳できる余地を作るべきじゃない。やるべきことは全てやる。やったうえで勝負に臨む。そうあるべきだ』
私がチームに加わって間もない頃に耳にした会話だ。
遠野くんは試合に出場するレギュラーメンバーではない。
現状では私やエータさんよりも彼の方が優れている。それなのに彼は来年のこと、その後のことも考え、裏からに回ることを選んだ。
それでも私達の誰かが体調不良を起こしたり、怪我をすれば試合に出る機会がある。
控えの選手が日頃から勝つための努力を。敗北した際に逃げ出さない覚悟を持っているというのに、レギュラーメンバーの心境がそれに劣るわけにはいかない。
「お疲れ。遠野とのタイムも縮まってきた」
「ありがとうございます。ですがまだまだ……ここからが本当の戦いです」
天才であるシオンさん。
彼女に対抗するために。彼女に勝つために努力に努力を重ね、辿り着いた境地。それが遠野くんの超精密操縦技術。
何年も真摯に向き合って培われたそれがすぐに身に付くとは思っていない。同じプレイヤーとして、性格面を含めて悔しさを感じたとしても焦る必要はない。
『どうやったらボクみたいな操縦が出来るかって? う~ん……割と感覚的に出来ちゃうし、お手本とか参考になる動きでもないしね。ただやっぱり基礎が出来てないとダメじゃないかな。だからミカヅキを参考にすると良いよ。ミカヅキはボクにとっても良いお手本だから』
と、以前にシオンさんは言っていた。
実際に遠野くんの動きは基礎と理屈を徹底的に固めている。派手さはないが、圧倒的な操縦技術も相まって付け入る隙がない。
それを打ち破れるのは、彼を超える力量を持ったプレイヤー。または常識外れな動きを可能にする強者だけだ。
ちなみにシオンさんはこの両方に当て嵌まる。
彼女自身は自分を感覚派だと言うが、遠野くんが近くに居たこともあって理論派のプレイヤーと言ってもいい考え方や技術も持っている。
私が今やった遠野くんのメニューもその日の気分で稀にやったりするが、平然と私のタイムを超えてくる。何ならそのときの遠野くんのベストタイムと同じものを叩き出す。
『どうかした? 別にミカヅキの真似しただけだよ。見てたからね』
見ただけで他人の操作を完全にコピーできる人間がどれほどいるだろう。
シオンさんを知れば知るほど、天才と賞賛されていた過去の自分が霞んで見える。真の天才というのは彼女のような存在のことを言うのだ。
そのシオンさんと子供の頃から遊んでいたとなれば……挫けずにあれほどの努力を積んだのならば。遠野くんが今の実力を身に付けるのも当然ですね。
「姫島は本当に遠野の方をよく見る」
「……そういう意味で見ているわけではありません」
「怖っ。あんたならそのうち目だけで人殺せそう」
言葉と裏腹にキョウコさんは、微笑を浮かべながら逃げていく。
咎めるつもりで睨んだことは事実ではあるし、以前よりも親しくなっているからこその言葉だとは理解している。
しかし……
こうも頻繁に怖がられると気にしてしまいますね。顔立ちからして優しいというよりも厳しい印象を人に与えるでしょうし。
とはいえ、怖がる素振りを見せるのは主にチームメイト。それも私よりも相手側がその発端を作っている場合が多い。それなのに私が反省するのもおかしい話だ。
「ねぇミカヅキ、シオンちゃんが帰ってくるまでの間は前にもらったセッティングで良いのよね? シオンちゃんの機体に偏らせていたコストを、ミカヅキとヒメちゃんに少し多めに渡す感じで分配するやつ」
「ああ。シオンがいない場合は、姫島がうちのエースだ。俺とエータで姫島を支える形になるからそれで良い」
エース。
本来ならば実力を認められている言葉として喜ぶべきなのだろう。
ですが実際のところ、今の力量で言えば不本意ながら私よりも遠野くんの方が上。手合わせした際の勝敗も負け越しています。
チームのコンセプトとして将来的に私とシオンさんのダブルエース。そこを目指しているだけに、こういう時にエースという役割が回ってくるのは仕方がないこと。
頭で分かってはいますが、やはり感情としては複雑ですね。自分よりも優れたプレイヤーがいるのにそちらがサブに回るというのは。
「そこはミカヅキ先輩が姫島部長を支えてください。当てにされるのは、わたしには荷が重いです」
「後ろ向きな内容を前向きに言うのやめなさい。お前、自分がレギュラーメンバーって自覚ある?」
「ありますよ。だから毎日めげずに言われたメニューこなしてます。先輩達との1on1っていうイジメとも取れる練習からも逃げてません。ボコボコにされても頑張ってます」
少なくとも私はエータさんをいじめているつもりはない。
おそらく遠野くんやシオンさんもそのつもりはないだろう。単純に強敵との戦い方を考えさせるため。経験を積ませるために練習の最後にそのメニューを取り入れているだけで。
ですが……ここがアドバトの強豪校でなければ。全国大会優勝を目標に掲げていなければ、イジメと思われてもおかしくはないですね。本番想定で機体の装備差はあるわけですし、勝敗に関しても今のところエータさんの全敗ですから。
「なので姫島部長のことは、ミカヅキ先輩が支えてください。わたしの支えなんて現状だとあってもなくても変わらないので。そもそも、自分のことだけで精一杯です。むしろ、わたしのことを支えてください」
「お前を支えたら前衛の姫島が孤立するんだが?」
「そこは臨機応変に。先輩は先輩ですし、このチームのリーダーですからわたしとわたし以外全員の面倒を見るべきです!」
エータさんがはっきりと物事を言えるようになったのは素晴らしいことだ。
しかし、うちの問題児とも言えるエース様の影響をかなり受けているように思えるのは私だけでしょうか。それも悪い意味で。
「……善処します。なので皆さんも明日からシオンの不在を狙って挑んでくるチームもいるというか、学校代表を狙っている奴らは確実にこのチャンスを無駄にしないだろうから気を引き締めるように」
翌日。
才川先生がシオンさんを送り届けた後、遠野くんの読みどおり我々のチームに挑戦者が現れた。
それはチーム2。伊集院くんがリーダーを務めている私達の除けば、現状最も強いと言えるチームだ。
私が遠野くんのチームに引き抜かれた後、他チームとの試合は行われたようだが、誰も引き抜くことはせず、今日まで結成当初のメンバーでチームとしての力を高めてきた。
伊集院くんを筆頭にメンバー全員が、Aクラスの成績上位者で固められている。
私の力量はテスト時よりも上がっているとはいえ、まだまだ発展途上。遠野くんがいるとはいえ、総合的に戦力を考えた場合、やはりこちらが不利……
「部長、どうかされましたか?」
「もしやもしや偉大なエースが不在でご不安なんですか?」
在田くんと小林くんは、Aクラスでも上位のプレイヤーだけあってかプライドが高く、また競争意識も強い。
嘲笑するかのような表情に煽りのような声色。
これはシオンさんに対する腹いせ、はたまたこれまでの在り方を否定するこのチーム自体への嫌悪感から発せられたものか。
単純に私という存在が……私が部長を任されている。その事実が気に食わない。そういう風にも見てとれますね。
「君達やめないか。部長、うちのメンバーが失礼な言動をしてしまって申し訳ありません。ですが、今日は勝たせていただきます」
リーダーである伊集院くんは、先日のこともあって他人への言動には気を付けているようだ。
しかし、下手に抑え込むのも反発を生んでチームが瓦解する。それに伊集院くんにもシオンさんには多少なりとも思うことがあるのだろう。
「……彼女がいないときに勝負するのが不本意でもありますが」
思うところがあるからこそ、直に勝負して白黒つけたかったようですね。
ですが時期的な問題かつ、チームメンバーのことを考えれば、自分達よりも上位のチームが戦力低下している時に勝負を仕掛けるのは当然のこと。伊集院くんの個人的な想いだけでは止められないでしょう。
「遠野だったよな? お前も散々だよな。あの女に振り回されて。こんな大事な時期にチームを離れて、プロの相手をするとか」
「今後のために媚びを売ってんだろ。あいつ、性格はともかく見た目は良いし。今回のも実際はそういうことなんじゃね?」
「うっわ。遠野くん、かわいそうじゃん。そんなんが彼女だなんて!」
……下種が。
これが天道学園、それも大会出場メンバーとして検討されるAクラスの人間?
シオンさんがチームよりもプロの練習相手を選んだのは、この学校がアドバトの強豪校だから。この学校のため、ひいてはこの学校に通うプレイヤーのため。それなのにその侮辱……
「やめないか! そういうのは」
「伊集院くんだってそう思いませんか? 確かにあの女は強いですよ。でも」
「それも昔からプロに手取り足取り教えられたからなんじゃ? アドバトだけじゃなく、それ以外も」
「お前達……!」
伊集院くんの怒号にも在田と小林は止める様子はない。
完全に制御できていない。
それなのにどうして才川先生は……凜姉さんは止めようとしないの?
これまでなら即座に止めに入っていたはず。なのにどうして今回は黙認するのか。
シオンさんを人柱にガス抜きさせようとしている? いや、そんなはず……私の知る凜姉さんがそんなことをするはずが
「御託はいい。さっさと本題に入ろう」
怒りといった負の感情が一切感じられない自然な声。
私を含めたチームメイトの多くが嫌悪感や怒気を表に出していたというのに。
我々のリーダーは……遠野くんは、何事もなかったかのような態度を貫いている。
そのあまりにも普段と変わらない態度に相手チームも呆気に取られている。
「何を呆けているんだ? お前達は俺達と戦うんだろ?」
「あ、あぁ」
「だったら話を進めよう……と言いたいところだが、下手に話し合いをしてまたさっきみたいな空気になっても面倒だ。開始時間やフィールドの決定権はそっちにくれてやる」
勝利を本気で目指すならば、作戦会議を有効的に行うためにも話し合いをすべきだ。それを全て相手側に委ねるとは……
まあ今更ですね。
これまでも大なり小なり相手側に有利な条件で勝負を受けてきた。
シオンさんがいてもいなくても遠野くんの中にあるもの。私達が勝利のために必要となる要素は揺るがないのだろう。
「決まったら教えてくれ。それまではのんびりしてるから」
遠野くんは才川先生に視線で確認を取り、この場から離れていく。
それを追うようにして私達も彼のあとを追いかけていく。
「ちょっ、ちょっとミカヅキ!」
「ん?」
「相手有利な勝負は今に始まったことじゃないけど。今日はシオンちゃんがいないのよ。それなのに……というか、あなたは何でそんな態度なの!? シオンちゃんがディスられてたのよ。それも超絶最悪な形で!」
今日のレオさんは、自分が受けているわけでもないのに後退りしたくなるほどの圧を放っている。
そこに付随するように無言でプレッシャーを飛ばすキョウコさん。全力でレオさんを肯定するかのように首を縦に振っているエータさん。
勝負内容よりも仲間のことを気にする。仲間が悪く言われるのは許せない。どうやらチームの気持ちはひとつらしい。
これまでの天道学園を否定するチームだというのに……私のチームは最高ですね。
「シオンちゃんとイチバン付き合いが長いのはミカヅキなのよ。仲良しなのはミカヅキなのよ。それなのに、それなのに!」
「うるさいなぁ……」
「う、うるさいって……あなたねッ!」
「――黙れ」
静かな言葉だった。
それでも思わず緊張感を覚えるほどの圧に。遠野くんから発せられる雰囲気にメンバーの口は止まる。
「相手がやってきた以上に罵れば満足したのか? 相手と同じ土俵に立つのが正解だったのか?」
「そ……それは」
「お前達が俺が思っている以上にシオンのことを大切に思ってくれているのは、あいつの友人としても、このチームのリーダーしても嬉しく思う。だがやり方を間違えるな。俺達は天道学園のアドバトプレイヤーだ。粛清するならアドバトで、だ」
チーム全員のデバイスに複数のデータファイルが届く。
タイトルは全てチーム2に関するものばかり。
「シオンがいない際のチーム練習、これまでの練習成果の確認。そのつもりだったがやめだ。全員、今からの時間でそれを全て頭の中に叩き込め。これは命令だ」
遠野くんがここまで強い言葉を使うのはあの日の以来……いやあの日よりも格段に強い感情がこもっている。
経緯が経緯だけに当然だと言えば当然であり、私よりも付き合いの長いシオンに対するものだからこそ、ここまでの感情があるのかもしれない。
だがそんなことは今はどうだっていい。
「あいつらに自分達が凡人未満のクソザコプレイヤーだってことを教えてやる」
今は全力で敵を叩き潰そうとしているリーダーの。
身内に負けるのは恥だと豪語したエースの相方の。
私が尊敬し、絶対に越えなければならない存在である遠野三日月の本気が見れるのだ。
この恐怖に似た何かも感じるのにそれを上回るワクワク感。
遠野くん、あなたは私に何を見せてくれるのですか。
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