第18話

 時が過ぎるのは早い。代表チーム確定まで残り1週間となった。

 今日に至るまで多くのチームが俺達に挑み、そして敗れた。

 最初こそシオンの煽りもあって反感を多く持たれていたわけだが、姫島の存在に加えてシオンの力量が知れ渡ってきたこともあり、前ほどの険悪な空気は部員達からは伝わってこない。

 これもあって部活動以外の時間。主に昼休みの時間も過ごしやすいものになった。


「はーい、ミカヅキ♡ 一緒にご飯食べましょ~ん♡」


 最初から親し気に接してくれていたレオさんは、今では毎日のように一緒にご飯を食べる仲だ。

 デカい図体なのにお弁当はキュート。

 キュートなのが風呂敷だけなら理解できるが、弁当のサイズもキュートめなのだから摩訶不思議である。


「前から思ってたがその量で足りるのか?」

「大丈夫よん。必要なカロリーや栄養はちゃんと取れるように計算してるし。それに健全な肉体を作るには、まずは食事から」


 言っていることはまともに聞こえる。

 が、こいつの言う健全な肉体というのは筋肉のことではないだろうか。


「ミカヅキも健康のためにも好きなものばかり食べちゃダメよ。冷凍食品も良くないわ」

「仕事行く前に弁当作ってくれてる親にあれこれ言えん」

「それを言われると弱いけど……自分で作ったりしないの?」

「それは……」

「やっほー」

「失礼します」


 声を掛けながら入ってきたのはシオン。

 姫島さんはシオンに手を引かれる形で現れた。表情からして少しお疲れのようだ。

 シオンと同じクラスだから大変だよね。今日もお疲れ様。


「遠野くん。何か言いたいことでも?」

「いえ別に。今日も姫島さんはお綺麗でカッコいいな、と」

「目を逸らして言うくらいなら後半は言う必要ないと思いますよ」


 それはそうなんだけど。

 あなたの目って刀みたいで怖いんだもん。内心を見透かしていそうな発言も相まって恐怖を感じちゃうんだもん!


「分かりました。今後はきちんと目を見て言うようにします」

「いえ結構です。そんな努力をする時間があるならシオンさんの相手をしてください」


 今の言葉を実現させるように食事の体制が整えられた。

 シオンの隣にはレオ。レオの向かい側には姫島。姫島の横は俺。つまりシオンさんの目の前である。


「姫島さん」

「これが最適解です」


 ……まあ良いですけど。


「……ところでシオン」

「うん?」

「分かっているくせに可愛い子ぶって分からないフリするのやめなさい。どうしてあなたは、人の許可もなしに弁当の中身を入れ替えているんですか?」


 別に入れ替えるのがダメとは言いませんよ。

 たださ、親しい仲にも礼儀あり。一言でいいから「交換しよう」という確認があっていいと思うの。それが一般的に正しい流れというもので……


「人の話聞いてた?」

「うん」

「なのに何で無言のままおかずの交換を続けるの? ご飯以外が総入れ替えになってるんだけど」


 これじゃもう俺の弁当はシオンの弁当だよ。


「そんなの決まってるんじゃないか。ミカヅキの家の味を確認するためだよ」

「何故に?」

「ミカヅキ好みの食事を作るため?」

「そこで疑問形にされると迷宮入りしちゃうんですが。何で俺好みの食事を作る必要があるの?」

「ミカママことミカヅキのお母さんに、たまにミカヅキのお弁当を作って欲しいと頼まれたから」


 キラリン☆ といったエフェクトが見えた気がした。

 うちの母親は何を頼んでいるんだ、と言いたくもなるが、過去に似たようなイベントがなかったわけではない。

 何ならうちでの食事会とかになれば、シオンは毎度の如くうちの母親と一緒に料理を作っている。

 そのへんの輩とは、うちの親からの気に入られ方が違うのだ。


「あらヤダ! そんなのもう家族公認。息子のお嫁さんに欲しいですって言ってるようなものじゃない!」

「レオ、声がデカい」

「ねぇミカヅキ、これはもう告白すべきよ。シオンちゃんに告白して恋人になっちゃうべき」


 何でそういう話のなる? お前は俺のオカンか。

 いや……うちの母親もレオみたいな人種だわ。


「告白の成功率は100%ではありません」

「告白しないと成功率はゼロのままだよ?」

「何でされる側が煽ってくんの?」

「何で君はこの状況になってもしようとしないの?」


 しねぇだろ。

 ここ教室だよ。俺達以外にも人がいるんだよ。


「お前だって俺の立場ならしないだろ」

「それは分からないよ。だってボク、ミカヅキじゃないし」


 それは俺がヘタレって意味で言ってます?


「大変よヒメちゃん。このままじゃミカヅキがシオンちゃんのものになってしまうわ。ミカシオが確定しちゃうのも時間の問題よ!」

「別に良いと思います。恋愛は本人達の自由です」

「何でそんなに塩対応なの? このままじゃヒメちゃん負けヒロインになるのよ。アドバト以外でもシオンちゃんに負けちゃ――ィッ!?」


 言葉として成立しなかった悲鳴。

 それを生み出したのは、姫島もとい女帝の視線だ。瞳の中には絶対零度の炎が宿って見える。俺が時折見ていた氷のような鋭い視線より格段に怖い。


「ねぇミカヅキ」


 うわぁ……

 いくら美人でもよだれを垂らしそうになってニヤけている顔ってキモいよね。


「こういう時のカガリんの目って……ゾクゾクするよね」


 いやしないよ。普通に怖いよ。

 あの目を見てそんな感想を抱けるのはマゾだけ。お前、いつからそんなにドの付くマゾになったの?

 もしかして……俺の知らない間にシオンと姫島はそういうプレイを


「遠野くん」


 え……このタイミングで僕ですか?


「食べないと昼休みの時間がなくなりますよ」


 単純に心遣いからの発言でした。

 そうですね。今はシオンがいますし、レオも場合によっては敵になりえますもんね。食べられる時に食べておくのは大事です。

 などと思っていると、スマホが振動で通知を知らせてきた。

 どうやら才川先生からのメッセージが届いたらしい。


『食事が終わったら職員室に来てくれ。シオンも連れてな('ω')ノ』


 この人、割と絵文字や顔文字使うんだよな。

 公共の場では仏頂面というか、お隣で食事している女帝様の上位種みたいな感じなのに。この気さくさをもっと表に出せばなぁ……

 昔から知っている人だし、俺は幸せになって欲しいよ。


「ミカヅキ……もしかして女なの? シオンちゃんやヒメちゃんとは別の女の子と連絡取ってるの!? そんなのダメよ。アタシ認めないわ!」

「そんなんじゃない」

「じゃあ男の子なの?」

「いや」

「やっぱり女の子じゃない!」

「落ち着けよ。相手は才川先生だ」

「凜華ちゃん?」


 これで落ち着くと思いきや……


「……凜華ちゃん、年下好きなのかしら? 可能性はあるわ。ありえるわ。でも未成年のミカヅキとなんて……もしかして禁断の愛なのッ!?」

「レオさん」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。ふざけすぎました。心の底から謝罪します」


 ありがとう姫島さん。

 あなたはとても素敵な協力者です。俺のこと守ってくれるのはあなただけ。こういう時に味方してくれるってだけで、俺の好感度は爆上がりです。


「ミカヅキ、早く食べないと時間なくなるよ」

「あの人のことだからお前にもメッセージを送ったんだろうが……言葉通りの意味に聞こえなかったのは俺が悪いのか?」

「ううん、悪くないよ。ボクは『早くボクの作ったお弁当食べてよ』って意味で言ったから」


 良い笑顔で言わないでください。

 そういうことするから俺達って周囲から誤解されるんだよ。


「美味しい?」


 うん、美味しい。美味しいよ。


「もー、頷くだけじゃなくて言葉にしてよ」


 何なのよお前。

 立ち位置が友人の枠を通り越して恋人のそれよ。


「とても美味しいです」

「それだけ?」

「……シオンさんのお弁当が至高です。最強です」

「もう一声」

「シオンさんのお弁当を食べられる僕は幸せ者ダナー」


 これで満足ですか?


「ボクも君にお弁当を作れて幸せだよ」


 可愛い。かわいい。カワイイ。

 シオンさんの幸福感たっぷりの笑顔で俺を含め周囲の時が止まったとさえ思った。

 ねぇ本当に何なのこいつ。可愛いんだけど。すごく可愛いんだけど。


「ごちそうさまです」


 姫島は行儀が良いですね。

 ちゃんと合掌して、姿勢もまったく崩れてなくて。

 でもさ……弄られているように感じるのは俺の気のせい?


「こんなの無理よ。シオンちゃんのヒロイン力が高過ぎるわ。何で付き合っていないのか疑問で脳が埋め尽くされるくらいヒロイン力が天元突破してる。ヒメちゃんはやっぱり負けヒロイ……」

「レオさん、少しお話しましょうか」

「え、あっ、ちょっ……ミ、ミカヅキ!」


 いや無理でしょ。


「俺、職員室に行かないといけないから」

「シオンちゃん!」

「ごめんレオさん。少し羨ましいとも思うけど、ボクこれからミカヅキと職員室までデートだから」

「それはデートじゃないわ! ただの呼び出し。このままじゃアタシの命が……チームメイトの危機なのよ。少しばかり遅れても……あ、ちょっ、行かないで見捨てないでぇぇぇぇえぇぇッ!」


 ……ま、姫島さんも命までは取らないだろう。


「ん? 思ったより早かったな」


 何ですその「もう少しイチャコラしてからでも良かったぞ」と言いたげな発言は。

 単純に自分がまだ食事中だから出た言葉なだけかもしれないけど。


「食べ終わってからで大丈夫ですよ」

「変な気を回すな。私の食事よりもお前達への話が優先だ」


 教師の方が生徒よりも休み時間にしなければならないことは多いだろうに。


「お前達、アドバトのプロプレイヤー《獅子堂》は知っているな?」


 質問の形であるが答えは求めていないだろう。

 何故なら俺とシオンは、親の仕事の関係でアドバトのアップデート。機体や武装の性能を最終調整するためのテストプレイに以前は参加していた。

 そのテストプレイには、プロのプレイヤーも参加する。

 現在、若手の注目選手として知られている獅子堂さんも数年前から参加している。俺はシオンほど手合わせした回数は多くないが、世間話できるくらいには面識はあるのだ。


「彼が所属しているプロチームから数日の間、財前を練習相手として貸して欲しいと言われてな。何でも練習相手を務めるはずだったプレイヤーが、やむを得ない事情で欠席するらしい」


 本来ならプロやセミプロのような存在に声が掛かる話だ。

 だが今はプロはシーズンの真っ只中。他チームの研究や対策は手を抜けないだろうし、他チームに情報を与えるような行為は避けるだろう。

 またプロでもシオンのように自分の身体のように機体を操る能力。《人機一体シンクロ》を持っているプレイヤーは少ない。

 故に《人機一体》に対するプランの調整や練習をしたいのであれば、シオンを借りたいというのも頷ける。


「大方の背景は理解出来ていそうだからそこが省くが……断るなら断ってくれて構わない。今のお前達は、この学校の代表チームを決める戦いを行っている身だ」


 今のところ全勝しているわけだが、残りの期間で戦いを挑んでくるチームがいないとは限らない。

 いや残りの期間の間に挑んでくるチームは確実にいるだろう。ここは全国常連の天道学園のアドバト部なのだから。

 それなのにチームのエースが数日抜ける。戦力の低下は免れない。そこを危惧して才川先生は言ってくれているのだろうが……


「……と先生は言ってくださっているが。行くよな?」

「うん」


 凜華さんは何とも言えない表情を浮かべている。

 まあ無理もない。

 アドバトに力を入れた学校の教師であり、その部活動の顧問。

 立場としては、生徒達の将来のためにもプロとの繋がりをないがしろにするわけにもいかない。

 その一方でこの人は、全国大会優勝を達成するために、わざわざ他校に通っていた俺達を口説き落とした。

 最強のチームを作るための期間に。長年の風習に変革をもたらしている最中なのに。シオンという存在が数日でもいなくなることへの不安。万が一の未来予想図の破綻を危惧するのは当然のことだろう。


「良いのか?」

「もちろん。今のボクはこの学校の生徒でアドバト部員だし。才川先生の立場的にもこの学校の売り方的にもこの手の話は無下にしちゃダメだよね」

「……こうもすんなりだと調子が狂うな」


 シオンの多少なりとも知っている人間はそう思ってしまうだろう。

 だがしかし、このシオンという女は自分の趣味を邪魔されたくない人間。趣味に全力を出したい人間だ。

 そのため、昔から学校側から見れば文武両道の優等生。

 そこに凜華さんに対する補正も相まって、この手のことには非常に物分かりの良い人間なのである。


「受けるにしても我が侭のひとつ……遠野も一緒に連れて行けないと嫌だ、と駄々をこねられそうだと思ってたんだが」

「それが通るのなら言いますよ。その方がボクとしては楽しいんで」

「無理に決まってんだろ」

「何でさ?」

「チームとしての活動が出来なくなるからです」


 そんなこと言わなくてもあなた分かってますよね?


「ミカヅキは、ボクとチームどっちが大事なの?」

「チームですけど?」

「はぁ……ここで当たり前のように当たり前のこと聞くなよって雰囲気で言うあたり君って男は。やれやれだね」


 そう言いたいのはこっちですが。


「今の発言でボクは大いに傷ついた。なのでミカヅキ、君には今度の休みにこの心の傷を癒してもらうから」

「ヒビどころか掠り傷すら入っていなさそうなのに?」

「才川先生、ボクに関する詳細は部活動の時でも良いかな? 日直だから次の時間の準備しないといけないし」


 ねぇ、人の話聞いてる?


「あぁ構わん。基本的に練習場への送り迎えは私がする予定だ。お前は体調管理だけ気を付けて、放課後に私のところに来てくれればいい。スケジュールや内容に関する細かい部分は放課後に伝える」

「了解です。じゃあまた放課後に。ミカヅキ、あとのことはよろしく」

「……気楽で良いなあいつ」

「フ……」

「先生は何だか楽しそうですね」


 俺が振り回されるのそんなに面白いですか?


「私的な視点からお前達を見た場合、レオからお前達のチームに関するあることないことは定期的に耳にしている。それもあって色々と想像できてな」


 あのクソ野郎……せめてチーム内だけに留めろや。

 何でこの人にもそのへんのことが筒抜けになってんだよ。


「胃に穴が開いたりして倒れたらどうにかしてくださいね」

「もしそうなれば対応は約束しよう。が、そう簡単にそんな未来は訪れんだろう。この程度の状況でそうなるならお前はこれまでに何度も倒れている」

「現実を突きつける発言やめてください。何より他人事に思わないで欲しいです。ある意味、この学校の未来に関わる問題なんですから」


 俺が倒れたら次は確実に姫島だよ。

 俺だけならまだしも部長である姫島まで倒れたらもう終わり。色々と支障をきたしてジ・エンドです。


「そうかもしれんが……あいつはお前にしか甘えられないんだ。お前も男なら甘えてくる女のひとりくらいしっかりと受け止めてやれ」

「……なら人生の先輩として、俺には甘えてくる女の受け止め方。あいつには正しい人への甘え方を教えてください」

「それは無理な相談だな。あいにく私はその要求に対応できるほど、恋愛経験は積んでいない」


 普段はそのへんのこと突かれたら怒るのに。

 こういう時に限ってはダメさを武器にしてくるんだから。ほんと質が悪い。これだから美人は嫌なんだよな。さっき願ったこの人の幸せは取り消しておこう。



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