第27話 フェイスレスは恨まれている


 妖怪はともかく人間の方はあからさまに様子がおかしい。ぎらついて血走った眼球には覇気がこもっているくせに、身体や表情には生気が宿っていないような気がした。


(あれが鵺が従えてるって人達か…? サラリーマンとか学生とかその道の人みたいのもいるな)


 裕也がそんな事を思うや否や、連中は問答無用に襲い掛かってきた。妖怪は自らが突進してきたり、得体の知れない術で作った何かを飛ばしてきたりと色々だったが、そこ離れたモノだった。むしろ人間の攻撃の方が度肝を抜かれた。


(妖怪の方はいいとしてピストルってマジ…!?)


 身体能力と反射神経は常人以上かつ、360度をパノラマで認知できる裕也にとって銃弾を回避することこそ容易だったが、精神的には意外なダメージをくらった。妖怪は予想外の事をしてくることが常だが、人間が予想外のことをしてくるとそれこそ想像以上に戸惑う。


 裕也は気を取り直し、一気に戦闘モードにスイッチを切り替えた。


 妖怪は八体に人間は五人。人間の方を先に片付けた方が精神衛生上、大変よろしい。銃火器を取り上げれば戦闘力は格段に落ちるだろう。


 助走をつけ、飛び上がる。三階くらいの高さなら一飛びで上がれる。予想外の行動に戸惑うのは相手も同じだったようで、一気に距離を詰められたことに全員が慌てふためいた。


(操られていると思ったけど、意識はあるのか? それなら…)


 払うなり叩くなりして銃を使用不能にすると、やはり素手でも裕也に襲い掛かってきた。案の定、徒手での戦いは素人同然だった。ほとんど戦闘不能と言っていい。


 お粗末な連携を赤子の手をひねるかの如くいなすと、裕也は五人を次々と投げ飛ばした。抵抗なく宙に舞った連中は自然の摂理で落下していく。全員が言葉にならない悲鳴を上げたのを聞いて、人間味が残っているのだなと実感した。


 そして五人が地面に激突する瞬間、裕也は同じように三階から飛び出すと器用にアシクレイファ粘菌を射出して五人を絡めとった。目論見通り、バンジージャンプのように地面すれすれで止まると、全員が失神するか放心状態になるかしてくれたので作戦の第一段階が終わった。


 そのまま華麗に四点着地を決めた裕也は改めて八体の妖怪に注目する。その内の一体が薄い身体をくねらせながら、こちらに突進してくるのが見えた。


 ヒラヒラとした蛇のようなソレは幾重にも裕也の周りを旋回する。


(こいつは多分…一反木綿だな!?)


 そんな自問をしてみたが、それ以外に思い当たる妖怪がいない。


 一反木綿は数回の旋回の後、裕也を締め付けようと身体を動かした。けれども所詮は前後左右の逃げ場を防いだだけのこと。タイミングよく飛び上がると、いとも簡単に避けることができた。


 飛び上がった勢いを殺さずに裕也は身体を捻った。両手の指先からアシクレイファ粘菌を鞭のように伸ばすと鋭く硬質化させる。独楽のように回転しながらしなるアシクレイファ粘菌は一反木綿を身体ごと巻き込み、ズタズタに引き裂いていった。それはさながらミキサーのようである。


 一瞬で一反木綿を退けた裕也はすぐに上を見た。すると、そこには勝ち目無しと判断したのか、七体の妖怪たちか逃げ失せる背中が見えていた。


 いつもなら深追いするところだが、今日は別の目的がある。行動不能にした人間たちを切り取ったアシクレイファ粘菌で簡単に拘束すると、ホテルのエントランスをざっと見廻った。そうした後、潜伏者がいないことを確認すると外に待機していた操に向かって合図を出した。


 それを見届けた操は子供たちと神邊家の精鋭を引き連れてホテルの中に入ってきた。


 ◇


「お怪我は?」

「いえ、僕は大丈夫です」

「流石ですね」

「しかし…人間を操るのは厄介ですね。これが噂に聞く絆魂した人間なのですか?」


 裕也は拘束していたアシクレイファ粘菌を身体に戻しながら尋ねてみた。話にしか聞いていなかった絆魂した人間。確かに普通の人間よりも凶暴で脅威的だ。しかし対処ができないわけではないと甘い考えが過ぎった。


「おや。退治屋でもなしに絆魂を知っているとは勤勉ですね」


 その返しにギクリとした。どこでボロを出すかわからない、と裕也は気を締め直す。


 すると横にいた悠が裕也の言葉を否定しながら、魂絆について教えてくれた。

 

「この人達は違うよ。単純に術か何かで操られてだけ」

「…!」

「何?」

「ああ、いえ……違うのかと少し驚いてました」

「本当に絆魂したんなら妖怪と離れて戦う事はまずないし、もっと手こずるとおもう。妖怪よりも厄介だしね」

「ミス・悠は魂絆した妖怪と戦ったことが?」

「ないよ。けど色々と調べてるから」


 裕也は久しぶりに娘とまとな会話をしたことにこれまでとは違った感動を覚えていた。


 しかしそれはさておき、想像以上に危険な香りがしてきたことで家族への心配が勝ってしまう。


「…しかしこのまま進むのは考え直した方がいいのでは? こんな末端の連中がピストルまで持って武装してましたよ」

「そのくらいは日常茶飯事ですよ」

「え?」


 妖怪と戦っていた事は重々承知していたが、こんなアメリカのアクション映画ばりの危険が隣り合わせだとは思ってもいなかった。とはいえ、妖怪の妖術と銃弾の危険度の差などはあってないようなものだが。


 このまま自分一人に任せてはくれないだろうか。自分が危険な目に遭うのはいくらでも容認できるのに、妻や子たちが危ないことをするのは如何とも堪えがたい。


 いっそのこと、今ここで正体を明かしてしまえば操は自分の言葉に耳を傾けてくれるだろうか。


「操さん」


 そう声を掛けようとした瞬間。


 ホテルの中に名状しがたい不可思議な声が響き渡った。


ヒョウヒョウ、と空高くから聞こえてくるようでもあり、地から湧き出でてくるようにも聞こえる不気味な声だ。


「この声は…鵺?」

「上、みたいね」

「僕が先行します」


 一行は一路、最上階を目指して登って行った。


 ホテルの最上階はワンフロアがパーティ会場として利用できるような設計となっていた。会場は隅にテーブルと椅子が並べられていた。ホテルとして使われていた時代には結婚披露宴や式典を行っていたのであろうことは安易に想像できる。


 しかし会場には鵺の姿はなく、気配もしない。予め調べていた情報によると会場の奥には従業員用の通路があり、その更に奥には屋上へ通じる階段があるらしい。依然として鵺のヒョウヒョウという声が上から聞こえてくる。ともすれば屋上を陣取っていると考えるのが普通だろう。


 これまでと同様にMr.Facelessを先頭に前進を続ける。そしてMr.Facelessが通路に出るための扉に手を掛けた時。


「やっと来やがったなぁ…!」


 という、あからさまに怨嗟の込められた声が向こう側から聞こえたのだ。


 すると扉がもの凄い力で吹き飛ばされた。正面にいた裕也はまともにそれを喰らってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る