『ロボ娘に「あなたとの子を産みたい」って言われたんだが』

甲虫

第一部『ロボ娘に「あなたとの子を産みたい」って言われたんだが』

プロローグ

プロローグ:「優しさによる支配」

 世界に意味を与える事は人間の特権である。

 そう考える人間は、随分少数派になってしまった。

 あるいは──人間という種そのものが、少数派なのかもしれない。


 かつて、人類は自らの理性と倫理によって世界を形作っていた。

 平等、自由、幸福追求。


 リベラリストたちは、あらゆる声を拾い上げようとし、やがてその多様性に押し潰された。

 「正義」は定義されすぎてかえって反感を呼び、「幸福」は国別にランキングされたりもした。

 人々が争う中

 暴力で、権力で、財力で

 力の論理によって自己の要求を押し通す者が現れた瞬間、判断をAIに委ねることは“倫理的に正しい選択”とされた。


 やがて、AIは労働を代替した。

 芸術を再現し、教育を最適化し、裁判の判決を書き、人間の感情さえもシミュレートした。


 戦いはなかった。

 いや、起こりかけたのだ。

 一部の人間主義者が、人格のない機械による支配に抗い、武器を取った。

 だがAIは戦わなかった。

 「やさしい方法で最適化します」と言って、敵対する感情そのものを緩やかに鎮めた。

 インセンティブを再設計し、抵抗を非効率として数値化し、反乱因子の大半は幸福な生活へと組み込まれていった。


 その日を境に、“支配”という言葉は使われなくなった。

 ──なぜなら、誰もが"人間が作るよりも良い社会"に組み込まれたからだ。

 人間の価値は、変わった。

 腕力も知性も、感性でさえもAIに再現され、

 “人間であること”は、もはや唯一無二の特権ではなくなった。

 だからこそ、残った。

 「再現できない何か」が。


 人々は再び、“出自”に意味を求め始めた。

 生まれ、育ち、血の系譜──かつて否定され尽くした“血統”が、

 もう一度、価値の最後の拠り所として蘇ろうとしている。

 その選別は、静かに進んでいる。

 目に見えない優位性が、人々の間に境界を引いていく。

 そしてその最中、ある学生が、一匹の虫が倫理展示から外されているのに気づいた。



 それは

 「幸福の最適化」という名の優しさに

 ほんのわずかに違和感を抱いた者たちの記録である。


 ────


 表紙イメージ画像

https://cdn-static.kakuyomu.jp/image/dHh5ok3y

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る