僕の僕、家族との記憶

「まだ、夜か」一人呟くように、僕は言う。上体を起こして壁に背を預ければ、そこには少しだけ薄れた世界が見える。暖かい陽とは打って変わった光。それは静謐に、大胆に僕を照らす。月の光というものは、どうしてこうも深いところに入り込むのか。人としての悩みとか葛藤が、洗われていくように感じる。まだ齢五つにも満たない僕に、鮮明な夜が宿る。


「遠いな」昔はもっと、遠かった気がする。手を伸ばすことも許さないような距離を、ぼんやりと眺める。ありきたりな星座がひしめいて、光の束を作っているようだ。こんな美しい景色が、この世界には溢れている。平和で、純粋で透明。ひたすらに夢のような日常が、続いていく。ああ、なんて恵まれているんだろう。そう思わずにはいられない。


「いつか」限りあるものが美しいなんて思わない。いつか終わってしまうなんて、悲しくて仕方がない。叶うものなら、この一瞬をひたすらに引き伸ばしていたい。そんな願望がある。きっとそれは誰しもが感じ得ることで、僕だけの感情ではない。それでも僕は、愛してしまったらしい。この星空を、この日常を。終わってしまうから美しいのではない、終わってしまうと分かって尚進むことを選んだんだ。


「本当に」光が、僕を照らす。そこに無駄なものは一切なくて、美しい光の粒が僕に押し寄せるだけ。体の細胞一つ一つが、浮足立っている。


「美しい」僕の心を形成していたものは、二つある。一つは、現実の世界で生きていた僕。2つ目は、この世界で生きていた僕。その二つは限りなく混じっていて、淀みは一つもない。代わりに記憶を失ってしまったけれど、それは些細なことだ。二つはもはや一つであるし、分けられる存在じゃない。今やっと、僕という人間が分かった。


「……」暗闇はどこまでも深く、僕を飲み込む。きっとその暗闇でさえも、僕の一部。飲み込んでいても、消し去ることはない。ひたすらに、今までの記憶をたどる。そういえば、アンとは遊んでいたんだ。あの日、大きな木の下で遊んでいた。アンと僕はよく喧嘩して、よく笑って。誰かわからない、神のような視点から僕は見下ろす。あの時に僕は重なり合って、一つの物になったんだ。アンの名前を忘れたことは、詫びのしようもない。アンを悲しませてしまったし、アンを傷つけてしまったように思う。ぐるぐるとした混沌のような場所で一人、僕は座る。それは夜の一部のような気もするし、星の一部のような気もする。とにかくとても壮大で、雄大。体育座りの僕は、それに溶け込んでいく。

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