DeaDAsh -不死者とJKの終末旅行記-
鴻上ヒロ
プロローグ:灰の国下層エリア 西区
灰の国下層西エリア コールドスリープ区画
足先が痺れたかのように動かない。手足が鈍く、石にでもなったようだ。瞼が重く、だが、勝手にゆっくりと開かれていき、別に見たくもない光景を視神経が勝手に感知し、脳へと伝えていく。
俺は、一体どれだけ長い間、寝ていたのだろう。
少し遅れて脳によって処理された光景は、無惨だった。瓦礫の山の中に、ケーブルを抜かれたコールドスリープのカプセルが何基も横たわっていて、中に入れられていた人間と思しき白骨が、天井から降り注ぐ青白い光を受けて鈍く輝いている。
怠すぎて最早起きる気力すらないが、目が覚めてしまったからには体は起きようとする。軋む背骨を労りながらゆっくりと起き上がり、周囲を見渡すと、俺が寝ていたもの以外に一つだけ、ケーブルが抜かれていないカプセルがあった。
俺の住んでいた国は、一度滅んだ。
僅かに生き残った人類が再起を誓ったが、幾人かの人間はこうして眠りにつくことを選んだ。世界が再興された頃に目が覚めるようにと、少なくとも数百年単位で眠っていたと思うのだが、何者かによってケーブルを引き抜かれた者達は、一体なぜここで命を終えることになってしまったのだろうか。
それに、どうも記憶が判然としない。
滅んだということは思い出せるのに、俺が住んでいた国の名前も、俺の名も、そして滅ぶことになった原因も思い出せない。ほかの記憶はある感じだが、それらだけが器用に切り取られたかのようだ。
カプセルからゆっくりと出て、伸びをする。全身の骨という骨が軋むものの、動くのに支障はない。細胞を全て凍らせていたからか、筋肉が萎縮しているということもなさそうだ。
さて、もう一つのカプセルの様子でも見てみるか。
もう一つ生き残ったカプセルは、俺の眠っていたカプセルのすぐそばにあった。冷たい空気が服ごしに肌を刺す感覚が、妙に強く感じられる。
カプセルを覗いてみると、眠っているのは女の子のようだった。見たところ十代の子どものようだ。黒のセーラー服を着ているところからして、高校生だろう。
だが、セーラー服の上から白いローブを着ている。胸には赤いリボンがあり、チグハグなのか統一感があるのかわからなかった。
だが、俺はこの制服とローブの組み合わせを知っている。確かこれは、魔術学校のものだ。
俺はどうだろうと思い見下ろしてみると、自分は黒い外套を着ているらしい。中はスーツだろうか……どこか改造したタキシードのようにも見えるが、如何せん外套がボロボロで見窄らしく見える。
ふと、カプセルに、プレートが取り付けられているのが気になった。
「リゼ……」
この子の名前だろうか。
俺のカプセルにも、名前の入ったプレートがあるのだろうか。気になって振り返ろうとした瞬間、女の子のカプセルが突然、空気が抜かれたかのような音を立てながら開いた。
ゆっくりと目を覚ました彼女と目が合う。彼女は眼球を少しずつ右へ左へと動かしている。俺も、こんな感じだったのだろうか。
改めて彼女の姿を見ると、東洋の国の民族のように見えた。低い鼻にほのかに色づいた肌、綺麗な黒髪。学生服は俺の国のものとそう大差ないが、確か俺のいた国が東洋の国から学生服という制度を輸入したのだったか。
顔立ちは整っており、美人だ。
だが、奇妙な点がある。
彼女の瞳は、碧かった。
「ん……」
小さく息を漏らしながら起き上がる彼女が、確かに俺を見た。
「おじさん、誰?」
リゼが首を小さく傾げながら、か細い声で言った。
「そこのカプセルで眠っていてな、つい先程目が覚めた」
「……名前は?」
「わからん。プレートに書かれてると思うが……」
振り返って見てみると、俺のカプセルのプレートには名前が書かれていなかった。
いや、よく見ると何かが書かれていたような形跡はある。
だが、文字だったとは思えないほどに掠れており、読めそうにない。
「どうも記憶が怪しくてな……ピンポイントに記憶喪失なんだ」
「私も……どうして国が滅んだかとか、ぜんぜん覚えてないや」
「お前もか……名前は、リゼでいいのか?」
「うん、リゼだよ、おじさんは……まあ今はおじさんでいいよね」
「ああ、構わない」
リゼがカプセルから降りて、あたりを物色し始めた。俺も追従して物色してみるが、目ぼしいものはないな。状況を判断するための情報になりそうなものが一切なく、あるのは大きな剣と小さな杖だけだ。
リゼが杖を持って、まじまじと見つめている。
「これ、私のだ」
「そうなのか?」
「うん、学校で使ってたやつ。私あれなの魔技師だから」
「魔技師? 魔技師とはなんだ?」
寝起きの脳を探る。探ってみても、答えは見つからなかった。どうやら、眠りについた時代に違いがあるようだ。
「え? まじ? 知らないの?」
「俺の時代にはなかったんじゃないか?」
「嘘……そんなはず……」
リゼは訝しみながらも、魔技師というのが何かを説明してくれた。魔技師というのは、アーティカルという存在をメンテナンスする魔術師のことらしい。
アーティカルというのは、魔術によって生み出された人造の人間あるいは、人間の魂を機械の肉体に入れた人間なのだという。機械だから当然メンテナンスが必要になるが、魂の穢れを取り払うことも必要になるらしい。
その魔技師の見習いだったらしいリゼは、杖を腰に巻かれたベルトに差した。
魔技師と杖に関してはわかった。
だが、この剣は何だ。手に持ってみると、妙に馴染む。
「そっちはおじさんのじゃない?」
「俺の? 剣など振るっていた記憶は……」
しかし、どうだ、この馴染み深さは。リゼから離れて試しに振るってみると、体が勝手にさまざまな動きを再現し始めた。記憶になくとも、体は覚えているかのようだ。
この剣が俺の物かどうかは未だ不明だが、確かに俺は剣を振るったことがあるらしい。記憶よりも実感として、理解できる。
「カプセルがあるなら……ここは下層かあ」
「確か、下層の西端の区画だったか」
「そうそう、そのはずだよ」
「ひとまず、下層の街に行くしかないか」
「一番近いのは……ああでも、変わってるかもしれないのか」
リゼの言葉に、こくりと頷く。まだコールドスリープが行われていた時代同士でも、アーティカルや魔技師という大きな違いがあるのだ。眠りが覚めた今、より大きな違いがあってもおかしくはないだろう。
だが、なにはともあれ、ここにいても仕方がない。
俺達は同じ時期に目が覚めたという縁で、行動を共にすることにした。
「ひとまずの目的は情報収集だね」
「ああ、そうだな、よろしく頼む」
「こちらこそよろしく、おじさん」
こうして、俺と女子高生魔技師リゼの短くも長い旅が始まった。
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