大学一年生 春夏 編
猿も木から落ちる1
「いつもみたいに、かえっていたらお空からおさるさんがおちてきたの!!」
いつもおとなしい彼女は、その性格を忘れさせるほどの勢いで部屋に飛び込み言葉を発した。小学校に入学し早二か月、彼女の中で日常となりつつある下校の道。彼女は、突如として空から猿が落ちてくる奇妙に襲われた。
その猿というのが実に奇妙な姿をしていて、彼女曰く地面を引きずる程に伸びた真っ黒な体毛を持っているというのだ。
彼女がこうも急いで、私たちに奇妙な体験を報告しに来たのには『佐久ゆうと』という人物が影響している。彼は、旧家の坊ちゃんであり、大学でできた友人であり、重度のオカルト好きであった。彼は、常日頃から小学生に奇妙なことがなかったかを聞きまわり、同時に駄菓子を配り歩くということを趣味にしていた。佐久は、この地域の名物キャラを自称していたが、私の目では完全な不審者として映っていた。そのため、心優しい純粋な彼女は、佐久のため急ぎ走って報告したという。
彼女の報告を受け、レインコートと
「なんでこれが猿だと思ったんだ?」
佐久は彼女に尋ねた。はじめ、彼女は落ちてきた黒い塊を見て、何が落ちてきたのか判別することができなかった。背後から「猿がいた」という低い声を聞き、彼女自身も、この黒い塊が猿であると感じたらしい。背後から声を発した人物については、行方知らずだが、実際に猿であるかを確かめる必要性が出てきた。
「この黒い塊、調べなきゃな」
佐久は、好奇と少しの悪意を持った笑みを浮かべ私に言葉を発した。彼とはまだ出会って一か月とちょっとの仲ではあるが、彼がこの黒い塊を私のアパートに持ち帰ろうとしていることを察し、背筋を凍らせた。
「私の家には絶対に持ち帰らせんぞ!」
佐久がこの黒い塊を「持ち帰る」と言い出す前に、私は先手を打つことにした。この男は、私が隙を見せればとんだ暴挙に出ることがある。この黒い塊が部屋に置いてあることを想像して、私は内心びくびくしていた。
「まさか!君のアパートに持ち帰ろうだなんて思っている訳ないだろう」
佐久は何を当たり前のことを言っているんだ、とでも言いたげに呆れた顔をして返事をした。佐久は背嚢から、防水性のデジタルカメラを片手に取り出し、その黒い塊を四方から余すことなく画角に収めた。
私たちは黒い塊が小さく上下していることに気づいていなかった。
遠くで救急車のサイレンが鳴り響き、その場にいた三人が反射的にサイレンへと目を向けたとき、真っ黒な塊はゆらゆらと起き上がり、山へ帰ろうと二足で歩き出した。引きずる程に伸びた真っ黒な毛は、一歩進むごとに足に絡みつき、それでも進む黒い塊は、絡まった毛を足の力で無理に引き抜き、皮膚からはひどい出血をしていた。視界と聴覚は自分の体毛によってふさがれている。森から自分を呼ぶ懐かしい声を薄れた聴覚で感じ取り、確実に山に向かっていた。
三人が視界を黒い塊に戻したとき、黒い塊がそれまであった場所とは異なる場所に、移動していることに気づいた。それどころか、寝そべっていた黒い塊は、立ち上がり私の腰ほどの高さになっていた。
“懐かしい声で呼ばれた黒い塊は皮膚の痛みなど忘れ、声の方向へと走り出す。”
山林の深い闇に入った猿はほどなくして三人の視界から消えた。
「あいつを追いかけるぞ!」
呆気にとられた私たちは、佐久の一言で我に返った。しかし、薄暗くなった町で小学生を置き去りにして、深い山の中に入っていくことはできない。佐久もそれを良くわかっていたから「いや、明日にしよう」と声を出した。
“暗い暗い森の中、溶け込んだ黒い塊は、木に登り、長い毛を枝に絡ませながら、懐かしい声のする方へと進んでゆく。”
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