第二章『平和の守護者、ガブリエル』
『レッドフード』は凶事の名
犠牲者の血で染められた、紅い頭巾を戴く女
白鉄の右腕の一振りは、十人の人間を肉塊と化し
刃無き左腕の一振りは、空を切り裂いて刃となす
機鋼の腕をもて死を運ぶ、冷酷無惨な破壊の魔女なり――
◆
〈六区〉の第二都市、『ヒューム工業地帯』。
真夜中の駅に『千年至福』の兵隊が集結していた。全員がレーザーガンやライトサーベルで武装し、前列には対物フォースフィールドを張った戦車まで並んでいる。それらすべてが、もうじきやってくる『レッドフード』を迎撃するための防御布陣だった。
「なあ……ホントにやる気なのか? 俺、一週間後にはこの路線で帰るんだぞ」
「お偉いさんの考えることはわかんねぇよ。ペットフードだかなんだか知らんが、たかが殺し屋にどんだけビビってんだか……」
「とにかくやれ。奴の首には多額の懸賞金がかかっているんだ」
兵士が八十名、戦車が五輌。ちょっとしたパレードじみた布陣に、かり出された兵士は半ばあきれていた。彼らはこの都市部の守備隊であり、ジャックのような辺境の人間に比べて地位が高いが、反比例して実戦経験はない。『レッドフード』の脅威などまったく知らない者ばかりだ。
あくびをする彼らの視線の先で――闇の向こうまでつながる線路が、一組のヘッドライトを迎える。ユーチェンたちが乗る列車の走行音が、兵士たちの耳に届いた、まさにその瞬間。
「――うぉぉぉっ!?」
「かかれッ!! 列車を取り囲むのだッ!!」
仕掛けられた地雷が轟音を立ててさく裂し、装甲列車がレールから外れて横転する。
あわよくばそのまま爆殺するつもりの火薬量だ――ここまでするのなら、いよいよ自分たちなど必要ないのではないか? 兵士たちは、作戦の周到さに困惑しながら銃を構える。
「フン。運の無い列車だな。一生のうちに二度も脱線事故に遭うとは」
次の瞬間、出口の正面にいた二十人の兵士たちの首が飛んでいた。
そのグループで偶然助かった一人が、己のすぐ横に女がいることに気づく。半分機械の顔を持つ、鉄腕の殺し屋『レッドフード』。
二十名の、泣き別れになった頭と胴体から、四十本の紅い花が地面に咲く。ユーチェンが生身の左腕を一振りして真空刃を飛ばし、その方向にも花畑を咲かせた。
「ひ……」
「そして、ここへ来てしまった君たちもだ……用はない。帰れ」
「――奴がレッドフードだッ!! 構えろッ!!」
『うわあああああああ――――!!!!』
「フン……」
戦闘ドローンがサーチライトでユーチェンの姿を照らす。鉄塊をぶらさげて仁王立ちする偉容に、兵士たちはパニックを起こした。
戦車砲とレーザーガンが、彼女一人に向けて一斉に火を噴く。ユーチェンは集中砲火をひらりと跳んでかわし、その瞬間を狙って来たレーザーも、鈍く光る鉄腕ではね返す。銃列を敷く兵士の首が真空の刃に薙ぎ払われ、重量と腕力に任せた義手の一撃が、戦車をシールドごと粉砕していく。
気付けば立っているのはユーチェン一人だ。最後の戦車を爆裂させたユーチェンの義手が、白い煙を排出して引っ込む。彼女の視線の先、足跡、すべてが血の花畑となっているが――しかし、その体には一滴の血も撥ねていない。トレードマークの頭巾も綺麗なままだ。
(……信じられない。戦車付きの二個小隊が、三十秒で全滅だと……?)
その姿に畏怖する者が――ひとり、いた。転倒した列車の陰に隠れていた、ただ一人の生き残りだ。
――だが、こんな恐ろしい奴だからこそ、殺った見返りはでかいだろう! 勇気ではなく欲によって、彼は息を殺しながら銃を抜く。
「――ユーチェンさまッ!!」
「うわっ!?」
兵士が引き金を引こうとしたまさにその瞬間、突然銃弾が跳んできて、ユーチェンの頭に照準を合わせていたレーザー銃を跳ね飛ばす。驚いて見返すと、そこに立っていたのは、安物の義手で火薬式の銃を保持した少年――ジャック・スワローであった。
兵士は困惑を隠せない。着ている服からして明らかに『千年至福』の人間であり、しかも上級指揮官クラスだ。それは、さっきまで彼らに命令を下していた小隊の長よりもずっと上の階級である。
「……上官どの、なぜ邪魔を!? もう少しで……」
「撃ってたらいまごろ殺されてるよ。あきらめて帰れ、命令だ」
「……は、はあ……」
「……おい少年、本当についてくる気か?」
「あったり前でしょ。後戻りできないっておれに言ったの、ユーチェンさまじゃないですか」
血と鉄くずの海を平然と横切って、ジャックがユーチェンに合流する。ついさっきまで敵同士だったのに、今はまるで、一緒に買い物でもするかのような距離感だった。人懐っこいというか切り替えが早いというか……かさねがさね呆れてしまうユーチェンを尻目に、ジャックはキャラメルを口の中に放り込んだ。
「それより、俺が聞きたいですよ――本気なんですか? 組織の麻薬生産プラントを、一人で襲撃しようなんて……」
「ああ。そのために来たんだからな。君の基地の付近で暗殺をやっていたのは、その『待ち』にすぎない。……説明はさっきしたはずだが、いまさら怖気づいたのか? 組織に弓引くことに……」
「いや、そういうわけじゃないんですが……たったいま、思い出したんですよ。
――あそこには今、『スリーナイン』の一人がいることを。それでなくたって厳重な警備がある。いくらユーチェンさまでも、一人じゃ厳しい気がして……」
「……スリーナイン? なんだそれは」
「『千年至福』の最高幹部です。『ゴダイゴ』様に次ぐ地位、三名しかいない第九階層。
あそこを守る『特殊生産局長』ガブリエル・ピースキーパー様は、その一角を担う存在です」
「フン。たかが麻薬工場の警備員が、たいそうなものだな」
キャラメルを頬に浮き出させたジャックの言葉は、彼女にとってそれなりに有益な情報だ。幹部候補生だけあって警察でも掴んでいないことを知っている。
「だが相手が誰であろうと関係ない――始末するだけだ。ついてこい少年」
「はい! ……って、え? ついてこいって……まさかこっから歩いてくなんて言いませんよね? 車でも一時間の距離ですよ」
「バカ言うな。適当に足は用意するさ」
『――レッドフード!! 両手を挙げて降伏しろ!!』
「――ほうら来た。乗り物だ」
「うぇっ!? わ、わあああああぁぁーー!?」
飛来した攻撃ヘリに、ユーチェンはにやりと笑う。鋼鉄の腕でジャックを抱えて飛び上がり、一気にサーチライトをさかのぼって、ヘリの足に手をかけた。軽く三十メートルは飛んだだろうか――いったいどこまでがサイボーグとしての能力で、どこまでがユーチェン本人の身体力なのかジャックにはさっぱりわからない。
ユーチェンは飛んでいる最中のヘリのドアを力づくでこじ開けた。二人のパイロットが顔面を蒼白にする――デジャヴであった。
「レ、レッドフード……!」
「い、急いでパラシュートで降りてください! 他のヘリが撃ってきますよ! このままじゃどっちみち巻き添えです!」
「よし、とにかく乗ったぞ。運転はやりながら覚えよう」
「うぇっ!? そ……操縦したことないんですか!? あのっすみません、やっぱり一人残ってもらって……」
「義手があるのに三人も乗れるか! 二人でもギリギリのスペースだ!
――いいから早く詰めろ! ミサイルで撃ち落とされてしまうぞ!」
「ひぇぇぇぇぇ――――!!」
背後からは機銃とミサイルが雨あられのように飛んできている。
パイロットが慌てて降りようとし、ユーチェンが入口でつっかえた義手を無理やり詰め込む。ガタガタと揺れるヘリの操縦桿を、ジャックが必死で握っていた。
行く先には、有毒ガスの煙に汚れた鈍色の空が広がっている。
◆
「よし、なんとかたどりついたな」
「たどりついたなじゃないですよ……死ぬとこですよ」
〈六区〉最大の麻薬生産基地にして、植物工場――「コスモガーデン」。
隔壁の前に立つ二人の後ろでは、ヘリの残骸が炎上していた。ひたすら続く凄まじい迎撃をかいくぐって、なんとかここまでは飛んでこれたのだが、着地の仕方が分からず、そもそも下りられるような場所もなかったので、機体を捨てて飛び降りたのである。
「仕方なかろう。突破するにはこうするしかなかった」
「いまんとこ、乗ったものすべてスクラップにしてますよね、ユーチェンさま……」
「人を疫病神みたいにゆーな。で、君はなにか聞いていないのか? そのガブリエル・ピースキーパーとやらの能力について……」
「すみません、そこまではちょっと。……うちの組織はただでさえ秘密主義なんです。知ってるとしたら、それこそ同じ『スリーナイン』の誰かぐらいしか」
「無理もないな。最高幹部で、しかも麻薬の生産工場の番人となれば、ほぼ確実にミュータントだ。……なおさら君が教えられているはずもない」
「……でもまあ、この壁ぐらいならおれにも開けられますよ」
「なに?」
ジャックは、地味な首飾りを襟の下から出して、隔壁の隣のセンサーにかざす。すると赤いライトが青に変わり、十センチはありそうな分厚い鉄板が、鈍重に開き始めた。
このペンダントは、『千年至福』における身分証――IDカードの形をとっていないのは、見た目へのこだわりもさることながら、戦闘時に壊れないようにするためでもある。
「ほら。こういう時にはおれも役に立つでしょ? ――って、あら……」
「……フン。まだ奥があったな」
「1」と書かれていた隔壁の奥に、さらに「2」の隔壁があった。区画の表示かと思いきや、壁そのものの番号だったとは……ジャックは頭をかいて、再び歩み寄ろうとする。
「しょうがないな。もう一回スキャンして――」
「要らん。どいていろ。まごまごしていたら追手が来る」
「え?」
「――ッ、ハァッ!!」
「わぁぁっ!?」
ユーチェンが義手を構え、踏み込んでから全力のストレートを放つ。「2」の隔壁は根元からちぎれ、「3」の隔壁まで巻き込んで吹き飛ぶ。
またしても腕力だけで道を開いてしまった――あんぐりとするジャックの前で、ユーチェンの鉄腕が、熱と蒸気を排出する。
「余計な小細工など必要ない。なにが立ちはだかろうと、私のこの手が殴って壊す。――だから、そんなモノを私の前で二度と誇るな。けがらわしい気持ちになる……」
「……あっ」
ジャックと目を合わせることなくユーチェンは立ち去った。
無理もないことだ。彼女は、父親と平和な日常を、『千年至福』に奪われている。しかも女傑そのものの態度のせいで忘れてしまうが、彼女の年齢は十八かそこいらであり、その時からまだ多くの時間は経っていない。大切なものを失う痛みと、組織への憎しみは。彼女の中でいまだ鮮明なはずだ。
(怒らせちゃった。役に立ちたかったんだけど、かえって悪い事しちゃったな……)
「……」
「……」
「……ああっ、もう。わかった、わかったよ。謝るから泣くな少年」
「……泣いてないです」
隔壁の向こう側には、まだ長い廊下があった。おそらく侵入者が来た時に防衛線を敷くための備えだろう。だが、まだ誰も来ていない。さきほどまでの喧騒が嘘のような沈黙に、ユーチェンは耐えかねてしまった。
「弁解をさせてもらうとだな、君のそういう素直なところが、私は不安なのだよ。君はいい子過ぎるのだ。こんな荒んだ星で育ったにしては、逆に異常なほど純粋でまっすぐな性格をしている。
――だからこそ騙されやすいのだろう。現に昨日まで、『千年至福』のプロパガンダを完全に信じ込んでいた」
「……そうですね。……でも、今は違います。ユーチェンさまのおかげで」
「違わない。今の君は、『千年至福』への妄信がひっくり返っただけの状態だ。自分ではちゃんと判断しているつもりでも……心の底では私の言う事を信じ切ってしまっている。
――君は人懐っこすぎるのだ。それが危ういと言っている」
彼女の言葉に、ジャック本人はピンと来ていないようだ。やはり自覚症状はない――ユーチェンは頭を抱えそうになってしまった。
肉親がいない生い立ちなら不思議はないが――彼は、典型的な愛着障害だ。死体を見ようが目を切られようが動じないくせに、ちょっと嫌われたと思うだけでべそをかくほど落ち込むとは、数時間前まで敵だった相手にどこまでなついているのか。精神力と精神年齢がいちじるしく乖離している。
自分はただのエージェントだ。それも最も危険な任務中であり、明日には死んでいるかもしれない。そこまでなつかれても、責任など持てない。
「私は不愛想だし、決して口が上手なほうではない。その私でさえ説得できた君の事を、人心掌握に長けたマフィアが言いくるめ返せないとは考えられないのだ」
「……裏切るつもりはありませんよ」
「完全に私の側についたわけでもないだろう? さっき少年が嬉々として身分証を取り出したのは、組織への未練の現れに見えた。少なくとも君は幼い頃から組織に育てられた者。まったく組織への情が残っていないかと言えば、嘘になるだろう? 血は水よりも濃いのだ」
「――う」
頭がいいとか悪いとかとは関係なく、理解者に飢えている者は、悪党のカモになりやすい。孤独な人間に近づいて食い物にするのが、西暦から変わらぬマフィアのやりかただ。
だからこそマフィアは滅ぼしにくい――マフィアの被害者とは単に虐げられている者ではなく、身も心もマフィアに依存させられ、そこでしか生きていけないと思い込まされた者であるからだ。ジャックがそうだったように。
搾取する者とされる者が、表面上良好な関係性を――まともな社会を築いているように見えてしまう。外部からの力で無理やりに救おうとすれば、救おうとした当人から反発を受けかねない。
だからこそユーチェンが必要なのだ。表向きは認められていない『闇の執行者』は、存在しないがゆえに摩擦を生むこともない。
「ここから先は厳しい戦いだ。裏切りのタイミングによっては私とて危うい。
組織に戻って私を裏切るのなら私は君を殺すし、私について組織を裏切るのなら、ガブリエルとやらが君を殺すだろう。君が生き残るための条件とは、私がガブリエルに勝ち、なおかつ君が最後まで私を裏切らないことだけだ。
――銘記しろ。少しでも心を揺らすことは、すなわち死を意味することを。私についてくるというのなら、組織への情は完全に断ち切れ。それが少年自身のためだ」
「……やっぱりユーチェンさまはいい人ですね。おれの命なのに、そんな真剣に考えてくれるなんて。わかりました、がんばってみます」
「……フン。勘違いするなと言っている」
二人の目の前が、緑色にひらけた。
そこに広がるのは、屋内とは思えないほど大規模な農園だ。麻薬農園という言葉から連想されるだろう畑ではなく、樹木や草本が伸び放題になった森だ。
なにかの連絡通路と思しき、高くにかけられた橋の上から、ユーチェン達はその光景を見下ろしている。眼下に広がる森の風景に対し、天井は灰色で人工物丸出しなのがアンバランスだ。植物の生育に必要らしいライトが、地上をなめるようにゆっくりと動いている。
「まずいですよ。こんな目立つところ歩いてたら……」
「私だって好き好んで戦いたいわけではないが……いまさら逃げ隠れしても無駄だろう。すでに刺客は放たれているはずだ」
「でも、だったらなんで職員が避難してないんでしょう? ――!? ユーチェンさま、あれ……」
「……フン。知っているよ」
自然をそのまま再現したかのように雑然と生命が生い茂っている中を、小さな人影が歩き回っていた。
麻薬の原料植物の栽培――それにたずさわる職員は、子供ばかりだったのだ。ジャックにとっても、これは衝撃的な光景であった。彼は麻薬売買が悪い事だとは思っていないが、麻薬の身体への有害さはよく知っている。そんな危険物を、自分より年下の子供たちに育てさせるなど……。
「君と同じで、みなしごを拾って農作業にあたらせているのだろうな」
「……作業用ドロイドに比べると安価な労働力。大人に比べると、くすねて吸う心配がない。……そういうこと、でしょうか……」
「〈六区〉の児童労働――たしかに警察の間では有名な話なのだが、実際に自分で見ると、やはり胸糞が悪くなるな。……ふざけおって。麻薬生産に児童労働、どちらか一方だけでも終身刑ものだというのに」
「法律なんか知ったことか。この星はわれわれの帝国だ。
――ボスのルールに文句をつけんな。侵略者がよ……!!」
「――ッッッ!!」
「うわぁっ!?」
それは一瞬の出来事だった。
何物かの声が鼓膜に届くと同時に、ユーチェンがとっさに鉄の腕でジャックを抱いて、引きずりおろすように橋の下へ共に落ち――その今までいた場所で、緑色の大爆発が起きたのだ。落下の衝撃で頭から血を流すジャックを見下ろし、現れた者が名を語った。
「『千年至福』スリーナインが一人……ガブリエル・ピースキーパー。
――ボスの夢を阻む者は、全てぼくが病死させてやる」
「……ガブリエル……だと?」
「き、君がかい!?」
ユーチェンさえ己の聴覚を疑った。橋の上にいたのは、金色の肩飾りつきの、裾が広がった古風な軍服を着た少年。農園で麻薬栽培をしている少年少女よりも、さらに一回り年下の男の子だった。
おそらく年齢は二桁にさえ達していない。声もそれ相応の幼さだ。――だが、その眼光の鋭さとドスのきいた声色は、まさしく一流の殺し屋のそれだった。
「こいつらを殺せ! ミュータントどもよ!」
(なに……!?)
「後ろだ! 来るぞ少年!」
青銀でできた錫杖を、ガブリエルが振り鳴らす。ジャックにとって忌まわしき名を、組織の最高幹部『スリーナイン』が直々に言ったのだ。
そして茂みの中から突如、二体のミュータントが現れ――その言霊は、現実となった。
「少年。奴らの殺し方はわかるな?」
「もちろんです。会うのはこれで五回目ですから。
――奴らは核を潰さねば死なない。傷つけられても限りなく再生し、たとえ脳を壊しても意識が残る。――そして、ミュータントの核は心臓にある!」
「そうだ! 故によく狙え……『シアー・ハート・アタック』!」
「喰らえ――ライトサーベル!!」
ユーチェンの巨大な義手が豪快にミュータントの心臓をえぐり出し、ジャックの熱線の剣もまた、正確に『核』を貫いた。爪をふりかざしていた怪物たちが、獲物をしとめようとする正にその時、空中に溶けて消える。
「核を壊されたミュータントは、細胞すら残さず消滅する……だから、おれたちにも正体の調べようが無かったんです」
「フン、むしろその性質は、組織が君たちに真実を隠蔽するのに都合がよかったわけだな。――これでよくわかっただろう少年。ミュータントの元凶は、『千年至福』であるという事実が」
「……ええ。ですが、こんなにわかりやすい形で見せつけられるとは……」
「いいや。まだわかっていないね」
「……聴いていたのか」
「――もう知っているだろう? ミュータントの素材は人間だということを。
……ならば、いまの個体はどこから現れたと思う? もとは、一体誰だと思う?」
「――!! まさか……」
再びしげみがガサガサと音を立てた。跳ねるようにジャックが銃とサーベルを構えるが――現れたのは、一組の男の子と女の子だ。無垢な瞳をしている。血の味も麻薬の味も、まだいっさい知らないという目つき。
「あの……大丈夫、ですか? すごい音がしましたけど……」
「わっ!? か、幹部さん!? えっと、お怪我してるんですか?」
「ほう? ――空気が読めるじゃないか」
「ッ……ダメだ、君達」
「こっちへ来ないでッ!! 逃げろ――――ッ!!」
「発現せよ――ナノマシンウィルス」
ジャックの出血を心配して、少年が差し伸べた手――しゃらんという涼やかな錫杖の音とともに、それが緑色の肉塊に変わる。
男の子と女の子が瞬時にミュータント化させられた。密着していたせいで、なかば癒着した状態で。二人分が変化した体積の『それ』は、肉の大木のように動かなかった。
「あぁ……ぁぁ……ッ」
「チッ、タイミングが悪かったな……できそこなった。
人をミュータントに変えるのは、麻薬そのものではない。われわれが売る麻薬に微量だけ含ませてある、特殊な『ナノマシンウィルス』だ。このガブリエル・ピースキーパーの能力は、そのウィルスを操ること――ウィルスそのものを動かして武器にすることも、感染者をミュータント化させることも自由自在。
つまりここにいる子供たちは、すべてぼくの手駒であり素材。ぼくにその手を届かせるまで、いったい何匹を殺すことになるかな?」
「――き、きさま、悪魔かぁッ!!!」
ジャックの常識において、麻薬依存症や臓器売買といったことは、この世の悲劇のうちに入らない。それは、貧しい者が救いを求めた手段に過ぎない。ただ一つ理不尽だと感じるのは、ミュータントの怪物に人が殺されることだけだ。ミュータントという名の災厄を祓いたいと願うこと――ジャックの中でその点だけは、これまでもこれからも変わることがないだろう。
いま、ミュータントの本性であるらしい『ナノマシンウィルス』に、罪もない子供たちが無惨にも殺された。二人――いや、さっき現れたのも含めれば四人だ。それも、彼が信じていた組織の人間の手によって――。
ジャックの正義のすべてが裏切られた瞬間だ。凍り付いた表情のまま憎悪をむき出しにするジャックの横を、鉄の塊が追い抜いてゆく。
「フン。顔を見た時は面食らったが、やはり貴様は敵のようだな――『シアー・ハート・アタック』!」
「な……!」
振り向いた時には、ユーチェンの手が、二つの心臓を容赦なくもぎとっていた。
緑色の肉塊がやはり声もなく崩れ落ち、光の粒子と化して消滅してゆく。差し伸べられた形をしたままの、さっきまで手だったモノも、土の上に落ちて消えた。
「私を冷酷だと思うか、少年。だが一度ミュータントになってしまった者をもとに戻す方法はない。彼らのことを想うのなら、人を殺す前に殺してやるほかに道は無いのだ」
「どこを見ているレッドフードッ! ――『V・シャイン』!」
「! ――くっ……『ゴッドフリード』!」
ガブリエルの手の中で、蚊柱のごとく集まる緑色のナノマシンウィルスが、三角形の刃を形作ってユーチェンたちへ飛来する。ユーチェンは頬を薄く切り裂かれながらも、鉄腕に仕込んだ大型クロスボウを露にし、ガブリエルへ矢を射かけた。
――その結果を目の当たりにした時、ジャックは驚愕を隠せなかった。ユーチェンの傷口からは鮮やかな青色の血が、ガブリエルの傷からは光沢のある金色の液体が、それぞれ流れ出てきたのだ。
「私を恐ろしいと思うなら、それは正しいぞ少年。――もとよりまともな人間ではないのだ。こんなモノが体内に流れているのだからな」
「循環系まで機械に置き換えた生粋のサイボーグだけに流れる、『疑似体液』……。かつて青き血液は高貴さの象徴と言われたそうだが、この時代においては生きぎたなさの証明でしかないな。
――真に尊き血は、この色だ。緑色のナノマシンと赤血球成分が融合することで生じる、美しい黄色。このような輝きのある金色は、とくに最高純度のミュータントを示す……!」
数秒のうちにガブリエルの金色の出血は止まっていた。当然のことだが、ジャックが見て来たどのミュータントよりも再生能力が高い。
橋の上に立っていても攻撃が届くことを知ったからか、ガブリエルはゆっくりと飛び立つ。ウィルスが織り成す緑色の煙を背中にまとわせ、羽を形づくったのだ。耳を澄ますと蠅のような細かい羽音が絶えず鳴っており、天使というよりもむしろ悪魔を――蠅の王ベルゼブブを思わせるおぞましさがあった。
「君は帰りたまえ。ジャック・スワロー」
「……! そんな……」
「組織の真実はすでに十分わかったはずだ。そして、それを知ることの苦しさも……。君の目的は達成されたのだ。もはや傷つく理由はないだろう?
君はまだ人間だ。バケモノ同士の戦いに君を関わらせたら、私は自分を責めてしまうよ」
「――くぅっ……!!」
顔半分が機械と化し、反対の左顔面にも義眼をはめこんでいるユーチェンだが――それでも、微笑みは柔らかかった。
彼女が指し示した出口の方角へ、ジャックは目をつぶって駆け出す。その背中を追えないように、ユーチェンの肩にはまった鉄の柱が守っていた。
(くそっ! くそっ! ここまで来て逃げ出すなんて……! でもここにいちゃ邪魔になる! あの人についていく時、足手まといにはならないって約束したんだ!
――今は、こうするしかないッ!!)
「逃がしきれると思うのか? 彼が組織の裏切り者であることに変わりはないし、ぼくにさえ楯突いた事実がある。貴様を殺した後、ぼくが直々に追うつもりではあるが――どうあれ、この都市からは生きて出られんぞ」
「――フン! 畜生の分際で、いい加減人の言葉を吐くな! ここにいる子供たちを守ったあとは、あの少年も守る! 少年を逃がしたのはただ、その順番にすぎないッ!
――銀河警察『鉄心』隊隊長、昭(ショウ)紅花(ユーチェン)! これ以上は誰も死なせん……!!」
緑色をした煙の翼を広げ、宙に浮かぶガブリエルに、ユーチェンが全身のバネで飛びかかる。義手の重量をものともしない軽やかさで、一気に二十メートル跳躍した。
「ぶん殴るッ!!」
「――来たれ。われに宿る蟲たちよ。……『エアロゾルバッグ』」
肉薄されながらも、ガブリエルは落ち着いて自分の腕に視線を落とし、鋭い爪で皮膚を切り裂いて金色の血を流した。そこから湧き出たナノマシンの群れが、振り下ろしたユーチェンの拳を受け止める。
(ウィルスを集めてクッションを作ったのか!? この能力は思っていた以上に応用がきく……しかもこの距離は、たぶんまずい!)
「いまだ、散れ蟲ども! 病死してもらうぞ、ショウ・ユーチェン……!」
半透明のエアバッグが開き、四本の線に分岐したウィルスが、一斉にユーチェンを襲う。――つまり「病死」とはこのことだ。人を怪物に変えるウィルス、敵はそれを直接操れる能力者――吸い込んで、良いことが起こるはずがない。
「くぉぉッ!」
「――むぅっ!?」
とっさにのけぞってしまいそうな所を、しかしユーチェンは、逆に思い切りガブリエルに近づいた。義手を振り回して風圧でウィルスの塊をはねのけ、左手でガブリエルの顔面をつかんだまま橋の上に再び下りる。
――このまま潰す! 意を決して、とどめを刺すべく力を込めた時――ユーチェンの左手に、鋭い痛みが走った。
「――血中のウィルスを固形化し、皮膚を突き破らせる。ぼくの奥の手、『瀉血の刃』。
さすがに肝を冷やしたが、これでお前は感染した……!」
(しまった……! 肉の中で刃が枝分かれしている。貫かれた手が抜けない……!)
「蟲たちよ、再び集まれ! 『点火』だッ!」
「――あぁぁぁっ!!」
振り払われて散っていたナノマシンが、一斉に爆発し、ユーチェンの背中を焼く。衝撃で橋が崩落し、ユーチェンだけが落下して、ガブリエルは羽で滞空した。
まぎれもない苦境――だが、一つだけわかることがある。一度人間に感染したナノマシンは、おそらく爆破能力を失うのだ。そうでなければ、腕の中に入った分も起爆して、ユーチェンの左手を粉々に吹き飛ばしているはず。
「……フン。他人をミュータントに変えるだけが能だと思ったが、なかなか強いじゃないか。だてに大仰な呼び名を名乗ってないようだ」
「いつまで軽口をたたいていられるかな? ナノマシンウィルスは普通の人間なら『発病』まで潜伏期間があるが、内臓を機械化したサイボーグにとっては、それ自体が即効性の猛毒となる……。肉の部分が少ないだけ毒性はより強くなるのだ。あと一、二回も接種すれば、貴様はショック症状を起こして死ぬだろう。それがぼくの勝利条件……。
――その条件さえ満たせるなら、手段を選ぶ必要もない」
ガブリエルが指を鳴らすと、彼の頭上からウィルスが霧状に散布され、少しずつ周囲に広がりはじめた。
――これまでで最も冷たい汗が、青い疑似体液とともにユーチェンの背中を伝う。
「ナノマシンウィルスは、総量や動かす速さに限りがある。つまりこれがぼくの能力の限界。だが、放っておけばいずれこの農園全域に広がり、ガキどもすべてに感染する。そしてぼくははじめに吸った者から順次、そいつらをミュータント化させていくぞ」
「なんだとお……ッ!?」
「――言っておくが、一度散ったウィルスはぼくを殺しても止まらんぞ。
罪なき子供の命より、敵の始末を優先するようなことは……まさかしないだろう?」
森は鬱蒼と茂っており、足止めとなる起伏が多い。ユーチェンの足でもウィルスを一切吸わずに、全員救助は不可能だ。換気扇の音が絶えず響いており、戦闘の音は周囲にほとんど届いていないだろう。つまり、ここにいる子供たちは状況がまったくわかっていない可能性が大だ。
「相手によって態度を変えるのは、本当の信念ではない」――彼女の機械化された脳裏に、彼女自身の言葉が反響する。救える命を己の都合で見捨てることは、ユーチェンの正義の……いや、彼女という人格の死を意味する。
詰みの一手をかけられたのか――諦観がよぎりかけたその時、施設内に突如としてサイレンが鳴った。
『WARNING! WARNING! 第一種避難警報発令!
――施設内で有毒ガスの漏出が確認された! すべての従業員はただちに施設外へ退避せよ! これは訓練ではないッ! 繰り返す――これは訓練ではないッ!』
「えっ……!?」
(ウイルスに毒ガス警報……? いや、そもそも、『スリーナイン』本人の能力にセンサーが作動するはずが……しかし、ともかくこれで!!)
そこから先は、ユーチェンが何かする必要もなかった。各所から、「慌てないで! 荷物は持っちゃダメだ!」「みんな点呼をとれ! あたりに呼びかけながら脱出しよう!」と、指示が飛んでいるのが聞こえる。
いたいけな子供たちとはいえマフィアの管理下だけあって、非常事態への対応が早かった。声からわかる位置だと、一人もウィルスは吸っていないようだ。
「誰だ、余計な事をッ――ごはぁッッ!?」
「……これで躊躇する必要はなくなったな。始末させてもらうぞガブリエル・ピースキーパー!」
(ウ……ウィルスの中を、正面から突っ切った!?)
この時、ガブリエルが犯したミスは二つ。鳴るはずのない警報が鳴って、人質兼戦力である子供たちが去ってしまったのに焦り、一瞬ユーチェンから意識を外したこと。そして――ウィルスで壁を作ったことで、ユーチェンがまっすぐに自分のもとへ来ることはできないと高をくくったこと。
これらがガブリエルに一瞬の隙をもたらし――緑の煙の中を迷わず正面突破してきたユーチェンに、不意打ちの一撃を叩き込まれる結果を生んだ。彼の胴体とほぼ同じ大きさの拳が直撃し、未成熟な骨が何本かわからぬほど叩き折れていく。
「ゴ……ァ……さ、再生ヲ……!」
「――ごふっ! さ、さすがに効くな、これは」
「き、貴様、正気かぁ……!」
「ああ、正気さ」
羽を生やした小さな体が空中で身をよじる。通常なら致命傷だが、ガブリエルは最高純度のミュータント。全身複雑骨折も即時に回復する。
だが――それに伴う苦痛は、ガブリエルには耐えがたいものがあった。能力は優秀でも体は子供であり、また優秀であるがゆえに、これまで傷ついたことがない。一瞬のうちに憔悴しきり、罵る声も弱々しい。
大量のウィルスを吸い込んだユーチェンも口から青い血を吐き、全身の血が沸騰するような苦しみを味わっている。ウィルスの症状でその機械の目はスパークを起こし、白濁して焦点を失っているが――それでもなぜか、そこに宿る鋭い光は損なわれていなかった。
「喰らえっ!」
「くぅっ……!」
ユーチェンの鉄の拳の振り下ろしを、ガブリエルがクロスさせた両腕で、シールドを展開して受け止めた。渾身の力でそれを跳ね返す。
ガブリエル自身はその反動からくる痛みにしばし悶え、吹き飛ばされたユーチェンも、重い動作で体を起こす。互いに限界が迫っていた。
「麻薬生産をストップし、『スリーナイン』の一人を倒す。私の仕事はそこまででいい。われわれの職責は、何億という人間の将来を負っている。役目を果たせるなら、死など厭うはずもなし……!」
「強がるな……! ウィルスを吸い込んだ貴様は、もはや視力も満足にきかないではないか! しぶといだけの死にぞこないめ……! そんなのでぼくの心臓を抉れるというのなら、やってみろ……!」
「やれるさ。二人ならな」
「――っ!?」
ガブリエルは、とっさに背後にウィルスの盾を作った。ライトサーベルの熱線が、その壁ごと彼の右腕を切り裂く。――ナノマシンを制御する錫杖を持った右手だ。付け根から切り離された腕は大気中に溶け、錫杖は森の中へ落ちていく。
指令が途切れたことで、羽を構成するウィルスがばらけ、翼をもがれた天使が墜落した。それを空中から見下ろすのは、ジェットパックを背負った一人の少年。
「お待たせしました。ユーチェンさま」
「「ジャック……!?」」
逃げ出したはずのジャック・スワロー少年が、そこにいた。素人むきだしの危なっかしい動きでジェットを制御し、驚愕するユーチェンの傍らに降り立つ。
「……き、貴様、どうして戻って来た?」
「戻って来たわけじゃないさ。おれは最初っから、逃げてなんかいなかったんだからな」
「――そうか! さっきの警報は君が……!」
「ええ」
ユーチェンにとって最大の懸念要素は、ガブリエルの能力そのものではなく、戦闘の過程で他者が犠牲になること――守るべき対象が増えれば増えるほどユーチェンにとって弱みが増える。ならば自分の役割は子供たちを施設から脱出させ、純粋なタイマンの状況を作ることだろう――
そう考えたジャックは、ユーチェンの言葉に従って逃げるふりをして、実は工場の内部へ向かっていた。敵の襲撃が予想される麻薬生産拠点なら、中央オフィスあたりから警報を発令することができるだろうと踏んだのである。
「バカな……途中に警備ドロイドを配置してあったはずだぞ!」
「素通りできたよ――これがあったからな。警報装置の認証も、こいつでパスしたんだ。詰所にジェットパックまで置いてあったし、至れり尽くせりだったよ」
「……『千年至福』の身分証か!」
「ね? おれがこれ持ってて、良かったでしょ?」
「――フン。偉そうにするなと言いたいところだが……今はそれに、本当に救われた。疑ってすまなかったな、少年」
「はいっ!」
「――くっ、裏切り者の雑魚が……! お前如きが合流して何ができるッ!?」
憤怒と共にガブリエルが腕を再生させ、襲い掛かった。
『千年至福』最高幹部、『スリーナイン』を務めるミュータントにして、ユーチェンに匹敵する実力者の一撃だ。目の見えぬユーチェンは論外として、ジャックにこれを受けられるはずがない――勝利を確信するガブリエル。
「上です、ユーチェンさま!」
「了解だ」
「……!」
だがその予想は裏切られた。
ジャックの短い言葉に反応し、目線はうつむいたまま、義手で完璧に攻撃を防御するユーチェン。並び立つ二人の姿は、まさしく視力と反応の役割分担。ひとりが脳を、ひとりが肉体の役目を果たすことで、一個の戦闘単位としてそこに存在していた。
「ミュータントなら腕はなんなく治る。だが腕と一緒に失ったナノマシンとやらは、すぐには取り戻せないだろう……単純に力が落ちるのは当然。翼にしたりエアバッグを作ったりも、しばらくはできないはず」
「ユーチェンさまの目が見えないのなら、おれが代わりを務めてみせるさ。これはもとはといえば彼女の目――もらったものを、少しお返しするだけだ」
「ッ……このガキがぁぁぁぁッ!!」
「――来ます! 一時の方向ッ!」
逆上したガブリエルが、猛然と血をまきちらし、絨毯爆撃のようにウィルスを爆破させる。ジャックはユーチェンと共に樹上を逃げ回りながら、二丁拳銃を乱射して応戦した。ガブリエルの小柄な体は翼がなくとも恐るべき敏捷さを発揮する。ジェットパックがあるジャックはまだしも、満身創痍のユーチェンはいずれ追いつかれてしまう……!
「――てめぇっ、誰がガキだよ!? そんなのお前が言えた台詞か! どう見たって九ツかそこらのくせに……」
「九歳ではないッ! ぼくが生まれたのは、今より四か年前だ!」
「……は!?」
「ぼくは、全てのミュータントの支配者として生まれついた存在! ――ボスの夢、世界征服の要となるべく、生まれる前から遺伝子調整を受けた者だ! ゆえに人間を超える能力を持ち、人間を超える成長速度を持つ……!」
成長速度。そう言えば聞こえはいいが、生後四年で九歳児相当の外見ということは、ガブリエルは常人より二倍速く老化していることになる。
寿命と引き換えの早熟――短命たる運命。それはもしかしたら、どんな麻薬やウィルスよりも、恐ろしい副作用かもしれない。
「フン、世界征服だと? ずいぶんと大それたことを言うものではないか。貴様らのボスとやら、とんだ誇大妄想家のようだな」
「妄想ではないッ! なぜなら、ミュータントウィルスとはそもそも、世界征服計画のための布石として作られたのだからな。我が組織の麻薬は無法者たちだけでなく、全宇宙の富裕層の間にも普及している。銀河連邦や各地方政府の高官の間でもそれは例外ではない。いやむしろ、彼らこそがわれわれにとって、一番の収入源なのだ。夜な夜なドラッグパーティーを開くほど、筋金入りの中毒者だからな」
「――なんだと?」
「もちろんそいつらは全てウィルスに感染している。ミュータント化しないのは、単にこのガブリエルがそうならぬよう制御している結果に過ぎない。――つまり、生かすも殺すもぼくの胸三寸だ。奴らはすでに組織に逆らえん。ぼくに命運を握られている事実を明かせば、こちらの言いなりになることは間違いない……。
『千年至福』のミュータント軍と、高官として体制側に潜り込んでいる多数の伏兵。銀河を転覆するには、十分な戦力だと思わないか」
ユーチェンが青ざめている。己の仕える政府の腐敗を知ってか。予想をはるかに上回る危機が銀河に迫っていたことに、今まで気づかなかったことにか。
『千年至福』のウィルス入り麻薬は、まさに銀河を侵食する毒だ。組織の世界征服に向けた軍資金の収入源であり、ミュータントという超人の兵隊を作り出す種でもあり――来るべき反乱の時に向けて、政府に打ち込んでおく楔の役割をも兼ねている。
「その計画の要が、銀河じゅうに散らばったウィルスを統括するこのぼくだ! 愚かなる中毒者に神(ボス)の命を告知し、組織の天下をもたらす者――それゆえに『預言天使(ガブリエル)』! それゆえに『平和の守護者(ピースキーパー)』! この誇り高き名の前に、貴様らは消えなくてはならないッ!!」
「――つまりそれが、『千年至福』。神の王国ってわけか……」
「少年。どうやらこの戦いの意味は、私個人の任務の域を超えているようだ。
――これは聖戦。銀河を守るために、奴を生かしておいてはならない。どうか最後まで、力を貸してくれ」
「喜んで!」
絨毯爆撃で木々が根元から倒壊していく。もとはといえばユーチェンが打撃を与える手筈だった農園が、いまやユーチェン自ら手を下すまでもなく大荒れになっていた。
「四時の方向に電線!」
「――ハァ……ハァ……フフ、そうは言ったものの、もうあまり時間がないな……目どころか耳までこもってきた」
「じゃあなぜ動かないんです!?」
「動けないのだ。余力はあと一撃か二撃、焦って攻めたところで勝てん。
――今は待つしかない。チャンスが来なければ、私の負けだ」
ナノマシンウィルスに体の中枢から末端までを侵されたユーチェンは、あと数分で昏睡に陥る。そのまま永遠に目覚めない確率が極めて高く、無防備なユーチェンをジャックの独力で救うこともできない。そして彼女の勝利条件は、『ガブリエルの心臓をもぎ取って殺す』ことのみ。
つまりこの時点で、盤面はほぼ詰みに等しい。ガブリエルが逃げに徹すれば、ユーチェンたちはなすすべもなく敗北するのだ。視覚を封じられ、機動力も向こうに分があり、背中を討つのもかなり厳しい。
ガブリエルが最善の一手に気づいていないだけなのか、それとも自らの手でユーチェンと決着をつけることにこだわっているのか――いずれにしても。
(重要なのは、ガブリエルはあくまで攻めの姿勢を崩さないということだ。最後は必ず力押しでくる。――真っ向勝負なら、勝つのは私だ!)
「……! ユーチェンさま、ガブリエルの右肩が!」
「再生か?」
「――いっ、いえ……ナノマシンの群れが集まって、巨大な腕になってます! ユーチェンさまの義手の三倍ぐらいある……!」
「なるほど。そいつは一大事だ」
スパークを散らす機械の瞳が見上げた。逆立った鱗をもつ怪物の手が、人工の光を背景に屹立する姿を。十メートルはあろうかというその武器に対し、持ち主であるはずのガブリエルは、ぶら下がった附属品のようにしか見えない。
ユーチェンの瞳にその全容は映っていないはずだが、彼女は「フン」と鼻で笑った。
「腕の回復に使う分も含め、残存するナノマシンを全て集結させた。身の程知らずのサイボーグも、愚かな裏切り者も。蠅のようにはたき落ちろ……!」
「もう逃げるのはやめだ。あとは私の後ろに隠れていろ、少年」
「えっ!? で、でも……」
「同じ武器を使ったらデカい方が勝つというバカな発想さ。いいから方向だけ気にしてろ。
――さァ……最後の勝負といこうか。ガブリエル・ピースキーパー?」
「――戯言をッ!!」
全身の血管を浮き上がらせて、ガブリエルが変形させた腕を横に振り抜いた。
軌道上の樹を残らずなぎ倒していく、その凄まじい迫力に、だがユーチェンは真っ向から飛びかかった。ジャックもまた腹をくくり、思い切り叫ぶ。
「高さこのまま、十二時の方向!! GOですッ!!」
「『シアー・ハート・アタック』」
「『熾天使の爪(ガブリエルズ・ホルン)』!!」
轟音をたてて迫りくる壁のごとき掌。その中央に、ユーチェンの拳が衝突した。それは親指の先を相手の平手に当てて、押し相撲をするようなもの――しかもユーチェンの身体の中は、いまや細胞ひとつネジ一本まで病魔に侵されている。
真正面からぶつかってきた彼女の愚かさに、ガブリエルはニヤリと口の端を吊り上げた。
「……フン」
「――な……」
一条のヒビが、高密度のナノマシンで構成された巨腕に走る。間髪入れず蒸気を噴き上げるユーチェンの義手。排熱どころかジェットエンジンじみて白煙を放出し、緑の鱗の中へ、めりめりと鋼の拳を押し込んで――次の瞬間、ガブリエルは、墜落しながら見上げていた。根元から粉々に砕かれた腕の破片と、引きずり出された己の心臓の脈動を。
「……負けたの……か……?」
(ギリギリで間に合った。浄化完了だ)
「……だが、よかった。念のために手を打っておいて」
不可解な言葉にユーチェンは首をかしげるが、無意識に義手を握り込み、ガブリエルの心臓を爆裂させていた――真っ赤な血が、彼女の頭巾に降りかかる。
一瞬呆然としたユーチェンが気づいた時には、すでに片腕のガブリエルに抱き着かれていた――強烈な悪寒に、全身が粟立つ。
「心臓を破壊されるとミュータントは死ぬ。なぜならそれが、ナノマシンの製造と維持を担う機関だからだ。いちど人に宿ったナノマシンウィルスは、宿主本人の心臓がなければ生存することができない。
――だからその前に移す。ありったけを……喰らえ!」
「――逃げろ少年ッッッ!!!」
「――がッ!?」
「勝つのは、ぼくたちだ」
ぶん殴られたジャックは木の枝に落ち、全身に擦り傷を作りながら地面に叩きつけられた。瞬間、響き渡る爆音。花火玉のような緑色の大爆発が頭上で起き、そこから二つのものが落ちて来る。
――ボロボロになったユーチェンと、生首になったガブリエルだった。
「カ……ハッ……!!」
「――そ、そんな……!」
「……心臓を潰される前に、ナノマシンを全身の血管に移し……自爆した。これで、ぼくが体内に保有していたウィルスほぼ全てが、ショウ・ユーチェンに宿ったことになる。常人でも致死量の数十倍。サイボーグなら、何をかいわんやだ」
「て、てめぇっ!! こんなことして何になるってんだよ!? お前は負けたんだぞ! 組織の野望とやらもついえた! ユーチェンさまをこれ以上傷つけて、いったいどんな得があるってんだ!?」
「……ああ。もちろん、あるさ。下っ端のお前には、容易に理解できんだろうが」
肺もなくしゃべるガブリエルの生首からは、顔色がまったく失せており、出血もない。自爆攻撃に全てを使い果たしたようだった。
外見はどう見てもいたいけな男の子の顔だ。痛みも恐怖の色も一切浮かべず、死にゆく運命を平然と受け入れている。それがとてつもなく不気味だった。
「聖書におけるガブリエルとは、マリアに受胎を告知する天使でもあり……最後の審判で死者を蘇らせるラッパ吹きでもある。ショウ・ユーチェンがもしその記述の通り、今の瀕死から復活することができたなら……それも、ボスにとっては勝利となる」
「……?」
「ぼくの死でボスの野望がついえたと? そんなことはない。ぼく自身がそうであるように、ミュータントたちを制御する者はただの調整体だ。死ねば代わりを用意するだけのこと……。
そもそも、世界征服などはボスにとってただの過程だ。究極の目的はもっと別にある。彼女が万が一多量のナノマシンに適応したなら。青い血を持つサイボーグこそがボスが求める理想体――永遠の命。その器たりえるのかもしれない。
誰も彼も、ボスの掌の上で踊るがいい。勝つのは常に、わが主なのだ」
最後まで心からの歓喜の笑みを浮かべながら、ガブリエルの頭は塵に帰った――「
「――ユーチェンさま。ジャックはここです。どうなさいましたか……?」
「……いま奴が言った事は、生きていたらあとで考える。今はそれよりも、当初の任務をまっとうしなければ……すでに半ば以上は崩壊しているが、この工場を完全に壊滅させる。――来い、リリィ」
「……WOOF……」
どこからともなく、あのメカ犬が現れた。心なしかさっき見た時より元気がない。その口に骨のごとくくわえているのは――カチカチと時を刻むなにか。
「昔懐かしの時限爆弾だ。これで全部ふっとばそう」
「むかしなつかしの。……まぁいいです。十五分後ぐらいでいいですかね?」
「……もう少し余裕が欲しい。ニ十分だな……それと、肩を貸してくれないか」
「ええ。――うわ、やっぱり重たいっすね」
「重っ……! いや、まあ、そうなんだが、そう正直に言われるとカチンとくるぞ! わかっているのかぁー!?」
「いや、機械が重たいってことで……いたたた! 元気あるじゃないですか!?」
とはいえ、ごつい義手をつけたサイボーグのわりには拍子抜けする重さである。不幸中の幸いというべきか、ジャックは今のところウィルスに侵された症状がない。なんとかユーチェンを外まで運べそうだった。
「ぐ、ぅぅ……」
「――!?」
「……? どうした少年」
爆弾を後にして去ろうとしたその時、ジャックの耳が遠くからの呻きを拾った。彼は一瞬葛藤する。タイマーはすでに動いており、また新手の敵が来ないとも限らないため、道草を食っている暇はない。
だが、ジャックの焦りようを肌で感じたらしいユーチェンの、「誰かいるのなら見に行ってくれ。確認は必要だ」という一言が、彼の足を呻き声の方向に向けた。
「どうだ……? 敵か?」
「いえ。農園の子供です」
「え……?」
「おい! 手を貸そうか!?」
ユーチェンが不思議がるのも無理はない。ジャックが出した偽の警報のおかげで、施設内にいた人間はすべて逃げ出したはずなのだ。
だがジャックの目にははっきりと映っている。倒れた大木に足を切断され、必死で這っている女の子の痛々しい姿だ。しかもジャックが叫んでも、返事どころか反応すらしない。
「耳が聞こえてない。だから逃げ遅れちまったのか……」
「――タイマーを長くしておいて正解だったな。もっと近寄ってくれ」
「え? でも、もう一人連れて行くとなると」
「それには及ばんよ。いいから行ってくれ」
「はあ……?」
見捨てるという選択肢は二人とも頭にない。土を掻いて進んでいたところに現れた二人を、少女は虚ろな目で見上げた。ただでさえ恐ろしい風貌のユーチェンは、傷だらけになったせいで余計に凄味のある姿だが、少女はなぜか怯えなかった。肝が据わっているというより、怖がるだけの感性がすり減ってしまっているように見えた。
少女は罅割れたタブレット端末を震える手で取り出し、あたふたとなにか入力している。
「筆談? なんで……」
「人間は、自分の声が聞こえないとしゃべる事も難しいのだよ。私も目が見えんし、君が呼んでくれ」
当然ジャックもそのつもりだったが、書きあがった文章を見て、彼は息を詰まらせた――『助けてもらってもお金がありません。どうか気にしないでください』。
……この時代、外付けの補聴器くらい大した値段ではないはずだ。それすら手に入らない、与えてもらえない境遇で、この少女は酷使されてきたのではないか……。
「どうだ少年? これでも『千年至福』は、弱者にとっての救済者か?」
それは彼にとって、どう答えても苦しみにしかならない問いだ。少女の壮絶な言葉を自らの声で読み上げたことも含め、ジャックは喉に物理的な負担まで感じている。
凍り付いた表情で沈黙するジャックに微笑み、ユーチェンはリリィを手招きした。機械化された彼女の愛犬は、おもむろにレーザーメスを口にくわえ――その刃で、ユーチェンの右足を容赦なく切断した。
「なっ!?」
「……え」
「私の右足は可変式の義足だ。テロで右半身を失った時から使い続けている。疑似体液の通っていない旧式だから、ナノマシンの影響もない。彼女に渡しても問題ないはずだ」
得意げなユーチェンだが、ジャックも少女も唖然としている。「どうだ少年。軽くなっただろう?」などと、まったく笑えない冗談を飛ばす始末だった。
そしてリリィはレーザーメスをジャックに握らせると、近くに生えていた麻薬の原料植物の葉をむしり――少女の手の中に差し出した。端末の音声入力を使ってユーチェンが語り掛ける。
「『怖いだろうが我慢してくれ』。『この植物を数秒口に含めば麻酔になるはずだ」。『間違っても飲み込むなよ』……。で、少年には執刀を頼む。義手を取り付けるために簡易オペが必要だ」
「は? いえ……それは構いませんが、よろしいのですか? ユーチェンさまは麻薬がお嫌いだったはずじゃ」
「フン……正しい用途に用いるならその限りではないさ。ほとんどの麻薬は本来医療品――人を助けるために作られた物。サイボーグ改造の手術さえ当たり前になったこの時代でも、オピオイド麻酔は必要不可欠なのだ。
いくら警察でも、そこまで私は堅くないよ。仮にこれが罪であっても、この子に苦痛を強いるよりマシだろ?」
「……はい。では、いきます」
ジャックとてギャングスターである。相手が幼い子供であることへのためらいはあっても、人体に刃を入れること自体に恐れは微塵もない。
熱で焼き切るレーザーメスが、速やかな切断と止血を同時に兼ねる。幸い麻酔はしっかり効いていたようで、少女が痛がる反応はない。二十秒もしないうちに、ユーチェンの義足は完全に少女の肉体になじんだ。
「いいか少年。素直で物覚えがよいのはいいことだが、それだけでは利口な子供どまりだ。二元論の単純な世界観から抜け出すことが、大人になることだと私は思う。
ナイフも麻薬も使い方次第だ。何事も、時と場合というものはある」
「……はい」
「――そういう意味では、マフィアすら絶対悪ではないのかもな。今日、例外に出会えたよ」
ピンとこない表情のジャックに、リリィが「フン」と鳴く。驚くほど主人そっくりであった。
――さて、もう時間が無い。出口に向けて駆け出そうとするユーチェンとジャックに、少女が最後のメッセージを見せた。『どうして私に、ここまでしてくれるんですか?』
「『人間が助かるのに条件など要らぬ』。『長生きしなさい、それが報酬だ』」
――十六分後、工場は炎に包まれた。
◆
鉛の夜空が焼けている。
地上から立ち上る大炎が、低空を隙間なく塞ぐ汚れた雲を照らしていた。二人のサイボーグが火災に背を向けて歩いている。
「あの女の子、脱出できたでしょうか?」
「そう祈りたいものだ。だが私にできることはもうない。
――ガブリエルを倒し、麻薬工場を潰し、掬える限りの命を掬い上げた。私の仕事はここまでだ」
その言葉を最後にユーチェンの声がぴたりと途切れ、ジャックの肩にかかる体重が一気に重くなる。もともと義眼と機械の眼とはいえ、瞼を見開いたままで視線が動かなくなっていた。
「――ユーチェンさま?」
返答はない。肩を貸しているというのに、息遣いも脈動も感じられなくなっている。
ガブリエルは、「ナノマシンはサイボーグにとって猛毒だ」と言った。まさか――恐怖で真っ暗になりかけた視界が、次の瞬間強烈な光で焼かれた。
(……うっ!?)
ヘリ、戦車、ドローン、兵士。『千年至福』の兵隊がジャックを包囲し、何十ものライトを一点に集中させていた。
目の眩みが治った時には、既にヘリの対地ミサイルやレーザー砲が火を噴いている。ジャックはライトサーベルを逆手に持って熱線を弾き返し、銃でミサイルを撃ち落とした。弾き損ねたレーザーがジャックの肩や腿を切り裂くが、それでもユーチェンは無事である。
「なにい!?」
(降伏勧告すらなしと来るか。スリーナインを殺っちまったし、無理もないが……)
「全隊構え! 身元確認さえできればいい! 首から下が粉々になるまで撃て!!」
(……ここまでかな、おれは? なんだかんだで悪くない人生だったけど……できれば、ユーチェンさまだけは逃がしてあげたい)
ユーチェンをかばうように立ちはだかり、銃と剣をそれぞれ構えるジャック。死も覚悟の上だった。昨日までの味方に殺されるという感慨はない。『千年至福』への漠然とした同胞意識は、さっきの惨状を見たことで消えていた。
唯一情が残っているのは、同じ基地にいた仲間だけだ。――あいつらはきっと、自分と同じで何も知らない。自分が死ぬのはともかく、あいつらに累が及んでしまうのが気がかりだ――
「――そうはさせねえよ! 悪党ども!!」
「!?」
その声にジャックが顔を上げるが早いか、上空のヘリ部隊の包囲を、外側から飛び込んできた謎の鉄塊が突き破る。――バイクだ。恐ろしく巨大なバイクが宙を舞い、ジャックの目の前に勢いよく着地して、アスファルトの上に火花を散らす。
「あんたは!?」
「走りながら言ってやる! いいからユーチェン隊長を貸せ!」
「――は、はいっ!」
バイクに乗っていたのは、褐色の肌をしたサイボーグの青年だ。車体からシールドを展開して射撃をはねのけ、片腕かつノールックでショットガンを乱射しつつ、もう片方の手でユーチェンを載せるよう求める。
またしても急な展開だが、ユーチェンの本名を知っているのなら彼女の味方であることは確実だ。脱力したユーチェンをやっとの思いで乗車させ、ジャックも大慌てで乗りこむと、バイクは爆音と閃光の中を駆け出した。角を持つ凶暴な馬がペイントされた車体が、ミサイルすら振り切って飛ぶように走る。
「八百キロでぶっ飛ばす! 間違っても彼女を落とすなよ!?」
「わかってます! でも、おれもまだ安心はしてませんよ! あなたの正体がわからなきゃ、ユーチェンさまは預けられない!」
「銀河警察『鉄心』隊所属、エドゥアルト・バッハシュタイン! 愛車の名は『アリコーン』! ――ウィルスに冒された
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