アポクリファ、その種の傾向と対策【すべてを見ている暇な神様】

七海ポルカ

第1話



 アンタルヤ共和国。



 西海セファー大陸の南部に位置する大国である。

 国土は南北に長く伸びた長方形の形をしているが、最南端に向かって半島が突き出しており、国の北側は内陸で砂漠も保有し、南側では海に面するという非常に多彩な風土を持つことでも知られていた。

 特に北西部にあるモーリア砂漠から中央へ行くに従い、赤銅色の岩山が現われ、更に進んでいくと国を横断するように続く大河グアナーバを境に険しい山脈が立っており、表情が一変する。

 この辺りは鉱物が潤沢に獲れ、国の管理の元豊かな地下資源はアンタルヤの強大な国力の重要な基盤となっていた。


 とはいえ、強大な国力を持ってはいてもかなり国としては歪な形をしているアンタルヤは、場所によっても治安や情勢にはかなり開きがあった。

 特に内陸から遠く離れ、半島の先の最南端に位置する街からすれば、北方にある首都ティラナなど、他国に近いような印象でしかない。


 アンタルヤ共和国の最もたるいびつ


 最南端の港町オルトロスは広く豊かな風土、多彩な美徳を讃えられるアンタルヤの、行き場のない悪徳が彷徨った末に行き着くような街だった。


 いつからそうなったかは定かではない。

 

 建国当初寂れた田舎の港町でしか無かったオルトロスは、国の恩恵の蚊帳の外に長く置かれていた。

 というのも、隣国ラスカールは美しい海洋国として知られ、昔から貴族の避暑地として名高く、また強力な海軍も有することから、同じ海に面していても寂れた街でしかないオルトロスは見向きもされなかったのである。


 国にも周辺地域からも見放されていたオルトロスは、ある頃から街として外資を誘致して他国の企業に都市開発を依存するようになった。

 他国の手が入るようになると、オルトロスには俄かに利用価値が出たのだ。

 つまり、アンタルヤは勿論、隣国ラスカールの強力な海軍を警戒するような国々が、オルトロスの街にこれらを監視出来るような場所を作り、競い合ってセファー大陸の内情を探り合う拠点にし始めたのである。


 利用価値が生まれたオルトロスの政治家たちには各国から賄賂が贈られ、都市開発費用は益々高騰して行った。

 

 明らかに他国の軍事的思惑がオルトロスの街に浸透して来ると、国はついにこの状況を憂慮するようになって、オルトロスに対して外資企業の誘致を縮小するよう要請を出したが、オルトロス州はこれを拒否。

 元々は強い対立関係にあったアンタルヤとラスカールはこれ以上の情勢不安を生まないように、オルトロスの南方の海上に共同で防衛拠点となる人工島を建設して軍拡を行った。

 オルトロスは自国から砲身を向けられるようになり、ついに外資依存を断つことになった。

 数年、厳しい政治的な粛清が行われ、オルトロスの混乱は一旦収まったかのように思われたが。

 

 その頃から、街で犯罪が急激に増え始めた。


 それまで賄賂という報酬を受けながらも強力な地方自治を行っていたオルトロスの行政と警察が解散させられたため、彼らが重しになって飼っていた、オルトロスの悪しき蛇たちが、方々に散ってしまったのである。

 国から派遣された者達は、この蛇たちがそれぞれの気に入った巣穴に逃げ込む動きを見逃した。


 結果としてオルトロスは裏社会が活発化し、幾つもの犯罪組織が地下でひしめき合うようになったのである。


 オルトロスは外海から見ると、まるで海に浮かぶ宝石のように眩い都市だった。

 しかしそれはあくまでも、影響のない海から眺めた人間の空虚な言葉であり、内外から様々な思惑を持ち込まれて発達した巨大な歓楽街は、一人歩きなどすれば危害を加えられても文句が言えないほど治安の悪さで有名になって行く。


 オルトロスの混乱はもう戻らなかった。


 国に見捨てられ、隣国にも匙を投げられると、

 彼らは自分たちで生き方を選ぶ。

 

 それは、廃れた港町でしかなかったオルトロスが、自分たちの生活の為に外資を受け入れた時と全く同じだった。



◇   ◇   ◇


 オルトロス州警察は元々南岸に本拠地を構えていたのだが、

 国の粛清に伴いその本拠地を歓楽街の中央に移転させられた。

 取り決めではそうであったし、

 国からの命令も再三送られたが、

 オルトロス州警察は従わなかった。

 それどころか自分たちを監視する南海の軍事拠点を嫌い、南岸全体を覆うように遮蔽壁を建造し始めたのである。

 これに対してアンタルヤとラスカールの同盟海軍は実際に軍艦を出撃させて要塞化を中止するように警告を行ったが、これもオルトロス州警察は拒否。

 国は州政府を通して州警察を説得しようとしたが、オルトロス警察はこの動きに激怒し市庁舎を襲撃し占拠してしまう。


 州警察は市庁舎を返さなかったので、オルトロス州議会政府はやむを得ず近くの美術館を仮の宿にするしかなかった。


 それが――五十年前の出来事である。


 現在オルトロス州警察はどうなっているか。


 彼らは南岸を完全に要塞化し、場合によっては南海の軍事拠点を完全に射程に入れ、攻撃出来る態勢を整えた。

 市庁舎は今や、堂々とオルトロス州警察本部の名とエンブレムが掲げられており、

 

 更に近くの美術館もオルトロス州警察支部の名で手中に収めていて、

 州議会政府はほとんど北側の州境にある企業ビルを買い取って、そこで政治を行っていた。


 オルトロスでは「州警察にだけは逆らうな」と言われている。


「あいつらを怒らせるとどうなるか分からない」


 諦めにも近い声で、誰もがそう口にする。


『あれは飼い慣らせない犬』だと。



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