第11話 君、学校は?
二人を撒くことに成功した私は、リヴに背負われたまま人気のない小さな公園へ逃げ込んだ。
「相変わらず、あなたの性能は凄まじいね」
アンデッドの特徴として、持久力に優れる一方で激しい動作は苦手というものがある。
すでに死んでいるため疲れは感じないものの、筋組織の回復が行われないため肉体に負荷のかかる動きに向かないという理屈だ。
しかし、リヴに関しては、この常識の適用外。
無限に近い持久力はそのまま、ライネたちを振り切るほど全力で走ったにも関わらず、まるで肉体を消耗している様子がない。
たった五十メートル走るだけで足が取れてしまうことすらあるアンデッドにおいて、彼の存在はすべてのネクロマンサーが喉から手が出るほど欲しい、まさに夢の死体といえる。
リヴの背中から降り、肩を揉んで労をねぎらっていると、背後から声がかけられた。
「ちょっと、お話いいかな?」
肩に黄色のワッペンをつけた中年の男。
制服と思われる青いシャツの胸元には、「補導員」の刺繡が入っていた。
「はい?」
「僕、補導員なんだけど。君、学校は?」
そういえば、今日は平日だっけ。
普段、曜日感覚のない生活を送っているせいで、まるで意識していなかった。
「ああ……えっと、大丈夫。私、学校とか行ってないから」
私が誤魔化すように笑いながら髪をかき上げると、補導員は膝を曲げてこちらの顔を覗き込む。
「そっか、苦労してきたんだね。大丈夫、もう安心だよ。とりあえず、施設の方でお話を――」
「待って待って。私、そういう感じじゃないよ。重たい感じじゃない」
完全に何か事情がある子だと思われている。
顔の前で手を横に振って後退りすると、補導員はポケットからメモ帳を取り出した。
「じゃあ、どうして平日のこんな時間から公園に?」
「それは、家の都合っていうか」
「ふむふむ、家の都合ね。児童虐待の疑いあり……と」
「違うってば」
そういう仕事なのは分かるけど、少しはこちらの話を聞いて欲しい。
「隠さなくてもいいよ。僕はこの道、数十年のベテラン。君のような子供たちを見てきているんだ。目を見るだけで、おおよその察しはついてる」
「勝手に察しをつけないでよ。本当、そういう感じやめて? あまり暖かい寄り添われ方に慣れてないから、むず痒くて仕方ないんだよ」
「暖かい寄り添われ方に慣れてない……?」
「違う違う。そういう意味じゃなくて」
今のは私の言葉選びが悪かった。
落ち着け私、さっきから余計なことしか言ってないぞ。
額にうっすらと汗がにじむ中、補導員は眉をひそめると視線をリヴへと移した。
「ところで、君の隣にいるのはお兄さん? さっきから、一言も話してくれないけど」
「兄弟じゃない!」
ついに、赤の他人にまで兄弟疑惑をかけられてしまった。
雰囲気が似ているのは認めるけど、真実を知っている身からすると死体と似ていると言われているようなもので、あまり受け入れたくない。
「この子は気にしなくていいの。その、風邪なんだ。医者から声を出すなって言われてて」
「風邪ねえ」
「何? これも疑うつもり?」
「いや、風邪という割には苦しくなさそうに見えてね」
「それは……あれだよ。苦しすぎて一周、回ってるの。もはや無なの。昨日までは、ずっと痙攣しっぱなしだったよ」
「それはそれで、放っておけないんだけど」
ごもっともである。
ただ、こっちとしても、どんな手を使ってでも身柄確保なんていう事態は避けたいわけで。
私はリヴの袖を引くと、補導員に背を向け公園の出口に向かって踏み出した。
「とにかく、私たちは問題ないから。補導員さんは、本当に困ってる子たちの元へ行ってあげて。それじゃあ」
「じゃあ、僕たちの拠点だけでも教えておくから。何か困ったことがあれば、いつでも訪ねてきてね」
懐から名刺のような小さい紙を取り出し、差し出してくる補導員。
私はそれを乱暴に受け取ると、ため息を吐きながら目を通した。
「分かった。貰うから、これでもう解散ね。ええと、活動拠点は……ネクロマンサー絶滅を目指す会ハルマ支部二階!?」
まさかの、知っている団体の名前が出てきた。
「ん? その反応、もしかしてネク絶会を知ってるのかな? 僕たち補導員は、ネク絶会の活動の一環として行われているんだ」
さらっと口にしたけど、略称まで根付いているのか。
ポカンと口を開けて固まる私に、補導員が優しい声色で尋ねる。
「知ってる組織なら安心でしょ? 試しに今からでも来てみない?」
「い、行けるわけないでしょ!? そんな所!!」
「そんな所? もしかして君たち……」
「あーあー! なんでもない! なんでもないよ! 私たちネクロマンサーなんて知らない! 見たこともない!」
背中から冷や汗が滝のように流れるのを感じる。
こうなった以上、多少強引でも一刻も早くこの場から離れなければ。
私はわざとらしく咳払いした後、先ほどよりも強い力でリヴを引っ張り、補導員から距離を取る。
「とにかく、私たちはもう行くから。絶対ついてこないでよね」
「待って待って。せめて最後にこれだけ。最近、この辺りで不審者の目撃情報が相次いでいるから気を付けてね」
「不審者?」
「うん、日焼け肌の筋骨隆々の大男だそうでね」
「なんか、どっかで見たような人物像だね」
直前にネクロマンサー絶滅を目指す会などという不穏なワードを聞いたせいだろうか。
昨日、見た変態の姿が頭をチラついて仕方がない。
「普段は無表情なのに、かと思えば急にスキップしだしたり、かなり不思議な人物らしいんだ」
「……一応尋ねるけど、それって、あなたに近しい人物ではないよね?」
「アンデッドがどうとか、ブツブツ言ってる時もあるみたいでね」
「確信に変わったよ」
間違いなく、あの男である。
ていうか、あなたの身内だろうに、そこまで特徴を押さえていて、どうして気付かないんだ。
淡々と語る補導員の姿に気味の悪さを感じていると、不意に公園の外から聞き慣れた声が響いた。
「エスタ、探しましたよ!」
息を切らしながら、こちらへ駆け寄ってくるライネ。
これは、見事なタイミング。
「ほら、ちゃんと大人の知り合いも近くにいるから大丈夫」
ライネを指差し、フッと得意気な笑みを浮かべた、その途端だった。
「なんだ、保護できないのか。残念」
補導員はガシガシと頭を掻くと、ポケットに手を突っ込んで私から離れていった。
ええ……?
「やっぱり、あの団体の関係者、ろくなのいないじゃん」
目を点にして豹変した補導員の背中を目で追うと、公園から出た所で道にツバ吐く姿が見えた。
世の中、恐ろしい人だらけである。
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