第7話 ホムンクルスでは、ダメですか?
会議を抜け出してからほどなく。
応接室にルコの姿を発見した私は、次なるネタを求め彼女のもとへ、お邪魔していた。
ルコはロングソファの端に腰掛け、隣の空いた席をポンポンと叩く。
「やっぱり、最後はあたしの所へ戻ってきてくれたな。まあ、座れよ」
「はいはい、そうだね。ところで、ルコも実家の仕事を回されたんでしょ? こっちは何するの?」
「営業の人がやってくるんだと。新商品を持ってくるみたいで、買わなくていいから話だけでも聞いてやってくれってさ」
ルコが壁に掛けてある時計を見ながら説明していると、そこへ部屋のドアが外側からノックされた。
「失礼します」
大小二つの棺桶を引きずりながら部屋に入ってくる小太りの男性。
ああ、営業って死体の……。
「今回は新商品の営業に参りました。まずは、大きな方の棺桶からご覧になってください」
男性に勧められるまま、大きい方の棺桶の蓋を押し開ける私。
色素の薄い皮膚と、そこに浮き出た青白い血管。
棺桶の中に横たわっていたのは、首から下を安っぽい布で包んだ、人の形をした人ではない何かだった。
「これが新商品?」
「こちら、当社の新商品『ホムンクルスの魂抜き』になります」
「そんな、ワサビ抜きみたいに言われても」
錬金術と呼ばれる魔法の一種によって生み出される人造人間――ホムンクルス。
人工的に生まれた人間なんて、死と関わりの深いネクロマンサーにとっては最も縁遠いものだと思っていたけど、魂を最初から作らなければ死体を作る技術にもなるのか。
「ホムンクルスでは、ダメですか?」
「別にダメってわけじゃないけどさ。なんでまた、ホムンクルス?」
私の質問に、男性は肩をすくめて苦笑いを浮かべた。
「最近、この業界も世間の風当たりが強いんですよ。死体を売り買いするなんて、道徳的に良くないんじゃないかって」
「ずいぶん、今更な話だね」
「少なくとも、ゾンビドナーに登録して亡くなった方しか、ゾンビ化させない仕組みにはなっているんですけどね。しかし、どれだけ『手続きはしっかり踏んでいます』って説明しても聞き入れてもらえなくて」
「それで、ホムンクルスってわけだ」
どこの世界も、コンプライアンスが重視される時代ということだろうか。
時代の流れとはいえ、追及される側の立場としては世知辛い思いだ。
「いかがでしょう?」
「見た感じ、出来は悪くなさそうだけどね。ちなみに、値段の方はどんな感じ?」
「価格は以前の物より安くなっております。それに耐久力も、なかなかのものですよ。試しに思いきり殴ってみてください」
「道徳心を求めた結果がその発言とは、虚しい限りだね。殴るのは遠慮しとくよ。私が殴ったところで、どうせ耐久性のチェックになんてならないし」
首を横に振って一歩後ろに下がると、男性はルコの方を向いた。
「では、ルコ様はいかがですか?」
「あたしか?」
「どうぞ、思いっきり殴り倒してやってください」
「まあ、お嬢が殴らないなら、代わりにいっとくか」
男性に促され、ルコは横たわったホムンクルスの腹に向かって拳を叩きこんだ。
鈍い音が部屋に響き、ホムンクルスの身体がくの字に曲がる。
分かってはいたけど、この子に頼むと容赦ないな。
「おおっ、これ結構いいな」
「ありがとうございます」
「なんか、思ったよりスカッとくるな。癖になる殴り心地だ」
ルコが微かに拳を震わせながら頷くと、男性は鞄からカラフルな冊子を取り出した。
「良かったら、こちらのパンフレットもどうぞ。個人向け商品としても扱ってますので、ぜひ」
「へえ、どうすっかな」
まさか、サンドバッグ用に購入するつもりじゃないよね。
それは流石に人の道を外れすぎている気がする。
私が目を細めてルコを見つめていると、再び男性が話しかけてきた。
「そういえば、エスタ様。今回の件と直接は関係ないのですが、ぜひ見てもらいたい物がございまして」
「なになに?」
「もう片方の棺桶を開けてみてください」
男性に勧められ、今度は小さい方の棺桶を押し開ける。
中に寝かされていたのは、黒のミディアムヘアと眠たげな赤い瞳が特徴的な先ほどよりも一回りサイズの小さなホムンクルス。
端的に言うと――見た目が私に瓜二つだった。
「見たことある顔だね」
「はい、エスタ様そっくりに仕上げました」
「何してくれてるの?」
「他意はありませんよ。ただ、ホムンクルスの利点として、こうやって好きな造形が可能だということを紹介したかったんです」
「だとしてもさ……」
さすがにこれは引いてしまう。
言葉を失う私を気にも留めず、ルコが私型ホムンクルスを指差しながらもう片方の腕をグルグルと回した。
「これも殴り倒していいのか?」
「いいわけなくない?」
呆れを通り越して恐怖すら覚える。
もしかして、私に対して何らかの鬱憤でも溜まっているのだろうか?
顔を引きつらせる私に、男性が屈託のない笑顔を向けた。
「これ、記念に差し上げますので、着せ替え人形として遊んでください」
「なんで、自分そっくりの物体を着せ替えて遊ばなきゃならないの。だったら、自分が着せ変わるよ」
そうは言っても、私そっくりのホムンクルスが他人の手に渡るのもなんか怖いし一旦、預かってはおくけど。
☆ ☆ ☆
「では、わたしはそろそろ失礼します」
やがて、商談が終わった後のこと。
男性は深々と頭を下げると、大きな棺桶を引きずりながら、見送りのルコと共に応接室を出ていった。
二人が部屋から出ていくのを見送った私は、横目でリヴの様子をうかがう。
そつなく乗り切った自信はあるけど……さあ、どうだ。
肝心のリヴの表情はというと、ちょっぴり笑顔を浮かべていた。
まさかの好感触。ホッとした反面、異世界人の感覚に謎が深まるばかりだ。
とはいえ、これで一つ真面目な姿を見せられたはず。
私がフッと肩の力を抜いた、その時だった。
またもや、ドアをノックする音が部屋に響く。
誰だろう?
ルコは出ていったばかりだし、ライネはまだ会議中のはず。
他の使用人……といっても、残りはシェフだけだけど、彼ならノックと同時に用件を述べるに違いない。
私はリヴに身体を寄せて、ドアを睨みつける。
「どうぞ?」
「邪魔するぞ」
低い声と共に部屋に入ってきたのは、見覚えのない大男だった。
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