第5話 『未成年飲酒』っすね

 屋敷に戻ってきた私たちは、食堂で夕食をとっていた。


「お嬢、どうなってんだよ。ライネしか得してないぞ」


「まったくだよ。唯一、身体を張った私が何の見返りも貰えないなんて、どうかしてる」


 横並びで座り、口々に不満を訴える私とルコ。

 その視線の先、食卓の反対側では、ライネが手に入れた本を食事の片手間に読み進めていた。


 ルコが指先でスプーンを回しながら、どこか諦めたような視線を私に向ける。


「ところで、お嬢は投げブツが手に入るとして何が欲しいんだ?」


「私は金貨。とにかくいっぱい。ルコは?」


「今は酒とつまみだな。お嬢の誕生日会を兼ねた打ち上げなのに、食う物がこれだけじゃ物足りないだろ?」


「これ、誕生日会も兼ねてたの? そりゃ、酷過ぎるね」


 食卓に並ぶのは、朝食と同じパンとグリーンサラダ、ミックスナッツの三皿。

 ヘルシーといえば聞こえは良いけど、はっきり言って物足りない。

 誕生日会を騙るなら、あってはならないクオリティだ。


 とにかく、重労働をこなしてきた身としては、肉とか魚とかメインとなる料理が欲しい。

 私がイライラを募らせていると、ルコが親指でライネを指し示す。


「こいつが厨房からハチミツを盗んだからな。おかげで、シェフはブチ切れ。最低限の飯だけ叩きつけて、引っ込んでったってわけだ」


「あのハチミツ、盗品だったんだ。でも、ライネが持ってたハチミツって、料理に影響するほどの量ではなかったよね?」


「なんでも、あれだけの量で金貨一枚に相当する高級品だったらしい」


 少しだけ、腑に落ちた。

 指先に塗っただけで、そんな都合よくウサギが寄ってくるものかと疑問だったけど、それだけの高級品なら多少の説得力はある。


「シェフは庭で包丁を研いでるからな。交渉したいなら、お嬢が行ってきてくれよ」


「今の話を聞いて『じゃあ、行ってくるよ』ってなるわけないじゃん」


 外は、すでに真っ暗。

 そんな場所で、恨みの念を抱きながら包丁研いでいる人とか、関わりたくないに決まっている。


 私が顔を引きつらせる中、ルコは目を細めて、いたずらっぽく笑った。


「なあ、試しに投げブツで、つまみを要求してみないか?」


「してもいいけど、期待はできないよ?」


「大丈夫、大丈夫。お嬢にはない色気ってやつが、あたしにはあるからな。向こうの世界にいる連中を骨抜きにしてやるよ」


 今の発言のせいで期待度は急降下だけどね。

 肩をすくめる私に、ルコは立ち上がって自身の胸を力強く叩いてみせた。


「ほら、こっちはいつでも準備できてるぞ」


「今後のことも考えて、やらない方がいいんじゃないかな」


「なんでだよ」


「あなたのチープな色気なんかじゃ見向きもされないよ。朝、私の得意芸をこれでもかと披露してあげたのに無反応だったんだよ?」


「そういえば、言ってたな。投げブツの一つもなかったんだっけか」


 披露すれば拍手喝采の私の鉄板ネタ。

 その比類なき腕前から『社交界の魔術師』と呼ばれた、私の宴会芸を持ってしてもである。


 頬杖をついて窓の外へ目を向ける私に、ルコは軽くウインクした。


「だったら、なおのことリベンジするべきじゃないか」


「無理だよ。私の宴会芸は異世界には通用しないの。ちょうど十四歳の誕生日でキリもいいし、今日を境に社交界の魔術師の肩書も返上しようかとすら思ってる」


「……お嬢が諦めたって、あたしは諦めないからな」


「そんなにやりたきゃ、やればいいよ。もし、少しでもウケたら、これをあなたに譲ったげる」


 囁くように告げると同時、私はポケットの中から踊り子のデザインが彫刻されたペンダントを取り出した。

 途端に、ルコは目を見開いて全身の動きを止める。


「これって、もしかして歴代の社交界の魔術師たちに代々受け継がれてきたって噂のアレか?」


「そうそう、噂のアレだよ。まあ、あなたに社交界の魔術師の肩書は、まだ重すぎると思うけどね」


 正直、暇だからおちょくって遊んでいるだけである。

 私が、わざとらしく椅子にふんぞり返ると、ルコはペンダントに視線を向けたままゴクリと喉を鳴らした。


「いいぞ、やってやる」


 その意気や良し。

 思いきりぶつかって壁の高さを今一度、理解することだ。


 そして「配信者とは、あなたが思うほど簡単な存在ではないのだよ」というマウントをこの際、しっかり取っておこう。

 ルコは深く息を吐き、頬を叩いて気合を入れた。


「この舞台が幕を閉じた時、社交界の魔術師の肩書はあたしのものだ……!」


 そこから、ルコの孤独な戦いが始まった。

 彼女が繰り出す魔法は、とにかく派手。


 火、水、風……それぞれの魔法で複数の小さな龍を形作り、部屋の中を縦横無尽に飛び回らせる。

 それらを周りに被害が及ばぬよう完璧にコントロールしつつ、時折リヴの鼻先をかすめるほどの距離まで近付けてみせた。


「これぞ魔法」といった大迫力は、残念ながらネクロマンサーには真似のできない芸当。

 ただ、私に言わせれば評価される芸ってのはそうじゃない。


 間の取り方も緩急のつけ方も、まるで素人。要するに魅せ方がなっていないのだ。

 やれやれ、この様子だと社交界の魔術師の肩書は、まだ譲れないね。

 


 ☆ ☆ ☆



 やがて、一通りのパフォーマンスが終了。

 リヴに向けて深々と頭を下げるルコの足元には――おつまみと酒瓶が溢れかえっていた。

 ……おや?


「よっしゃ! よっしゃ! よっしゃ! ペンダント寄越せ、オラ!」


 ルコは私の手からペンダントを乱暴に奪い取ると高々と掲げたみせた。


「あのさ、約束したとはいえ、ひったくるのは絶対に違うと思うよ?」


「今日から、あたしが社交界の魔術師だ!」


「話を聞いて?」


 マズイことになった。

 このままでは、数少ない家の力以外で手に入れたアイデンティティが失われてしまう。


 晴れやかな場の空気とは裏腹に、私は額に汗を浮かべぎこちない笑顔をルコに向けた。


「終わってから、こんなこと言うのは卑怯だって分かってるけどさ……やっぱ、さっきの話なかったことにしない?」


「はんっ、嫌に決まってるだろ? お嬢、あんたの時代は終わったんだよ」


 私の眼前に人差し指をビシッと突きつけ、興奮した様子のまま部屋の中を跳ねまわるルコ。

 そうした中、目を潤ませたライネがハンカチ片手に私のもとへ歩み寄ってきた。


「いやあ、面白いマンガでした。感動しました」


 同じ空間にいたはずなのに、すっかり存在を忘れていた。

 相当騒いでいたと思うけど、この状況で読み切ったのか。


「こっちは、それどころじゃないけどね。ていうか、あの本、異世界の文字のままだったけど、ちゃんと理解できたの?」


「そうそう、そこなんですよ。マンガって絵が大半だから文字が分からなくても、なんとなく内容が分かるじゃないですか。異世界のみなさんの気遣いに感謝ですね」


 なるほど、異世界の人も色々と考えてくれているみたいだ。

 ライネは手で胸元を仰ぎながら、床に転がる瓶を一本拾い上げる。


「これ、貰っちゃいますね。集中して読んでたから、喉がカラカラでして」


「ああ、勝手に……」


 けど、もういいや。

 ルコも一人で浮かれているし、私も一本貰っちゃおう。


「みなさん、投げブツありがとね」


 そうリヴに微笑みかけ、ワインと思わしき液体をグラスに注ぐ。

 簡単に香りを楽しみ、口をつけた瞬間だった。


 ルコのパフォーマンス以降、ずっと穏やかな笑顔を見せていたリヴが、鬼の形相で私を睨みつける。

 そして――


「もしもし、聞こえますか?」


 リヴの口の動きと共に食堂に響いた、聞き覚えのない声。

 驚きのあまり立ち尽くす私たちに、彼は険しい表情にそぐわない軽い口調で付け足した。


「すんません、驚かせちゃったっすよね。僕、神っす。急で申し訳ないんすけど、今からリヴさんの身体を介して、コンプライアンス違反のペナルティについて説明させてもらいますんで」


「えっ? えっ?」


「今回のコンプライアンス違反は『未成年飲酒』っすね。ペナルティは投げブツ機能の一時停止ってことらしいんで」


「あの……」


「以降、百人からの高評価をもって機能を復活させるんで、それまでは健全なストリムの使用に努めてください」


「高評価とは?」


「じゃあ、お疲れっした」


「せめて、高評価が何なのかだけでも教えてよ!?」


 私の叫びを無視して、リヴは元の無表情に戻ると再び口を閉ざしてしまった。

 

 なんだこれ。

 訳分かんない奴が、訳分かんない専門用語を使って、訳分かんない指示を出して帰っていったぞ。


 というか、未成年飲酒とか言われても、こっちの世界では魔法が使えれば成年扱いなわけで……。

 嵐と呼ぶにふさわしい怒涛の展開を目の当たりにし、その場の全員が口を閉ざす中、私は髪をかきあげて苦笑いを浮かべる。


「まあ、なんとかなるでしょ。えっと、みんなで乗り越えようね?」


 状況は掴み切れていないけど、話から察するに少しの間、投げブツが貰えなくなっただけ。

 いずれ機能は戻るようだし、そこまで悲観するほどのことでもない……はず。


 ルコとライネは互いに顔を見合わせて頷いた後、私から露骨に目を逸らしてさらっと告げる。


「一人で頑張れ」


「一人で頑張ってください」


 配信者としての記念すべき初日、成果は一部機能の没収に終わった。

 

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