第3話 この並びってなんか良いよな

 森林を利用して作られたダンジョン――ジュリの森。

 小型の魔物ばかりが生息し、「子どもたちの冒険ごっこにもってこい」と評判のなんちゃってダンジョンである。


 馬車を走らせること、およそ一時間。

 私たちは受付を済ませ、これといった緊張感もなく森へ踏み込んでいた。


「さあ、気合入れていこう」


 身体のキレ良し、新鮮な空気でメンタル面も上々。

 風に揺れる葉のざわめきを全身で感じながら屈伸を行っていると、ふと木々の隙間から湿った土を踏みしめる音が耳に届いた。


「お嬢、誕生日おめでとう。待ってたぞ」


 どこからか聞こえてきた、私を祝う凛とした声。

 辺りを見回すと、木の陰からガラの悪い少女が姿を現した。


 腰まで届く金髪と、ライネを上回る背丈。

 白のケープコートに白のスカート、おまけに白のとんがり帽子と、シミ汚れをまるで恐れない風貌をしている。

 彼女の名はルコ、私のもう一人の側近。


 器用に落ち葉を避けながら近付いてくるルコに、私は目を丸くしながら首をかしげた。


「ああ……うん、ありがとね。で、なんであなたがこんな所にいるの? しばらく、出張から帰らないって言ってなかったっけ?」


「風の噂で、お嬢がダンジョンに向かったって聞いたもんだから、出張を切り上げて先回りしたんだよ。お嬢の誕生日も祝いたかったから、ちょうど良い理由付けになった」


「へえ、あなた怖いね。ストーカー的な意味と、給料泥棒的な意味で二重に怖いよ」


 眉を寄せる私に目もくれず、ルコはリヴを興味深そうに見つめる。


「で、そっちの見ない顔の男は誰だ?」


「えっと、この人はね――」


 それから私は、ここに至るまでの経緯についてルコに説明した。



 ☆ ☆ ☆



「相変わらず、お嬢の家のすることは、ぶっ飛んでるな」


 ほどなくして、簡単な状況説明が終わった。

 ルコはひとしきり笑った後、リヴの肩をバシバシと叩く。


「それにしても、この並びってなんか良いよな」


「並びが良いとは?」


「こういうメンバー構成の物語って多くないか? 男一人と女三人の組み合わせ」


 ピンと来るような来ないような。

 私はポリポリと頬をかきながら、ライネに目を向ける。


「ルコの言ってる意味分かる?」


「一人の男性を個性豊かな女性たちが囲むというメンバー構成は、創作物の定番パターンの一つですからね。わたしたちの場合、女性メンバーのバランスも良いですし。頼りになるお姉さんに、トラブルメーカーのお転婆娘……そして、マスコット枠」


「ねえ、マスコット枠って言う時、こっち見てたよね?」


 一瞬だけど、間違いなく目が合った。

 たぶん確信犯、わざと目を合わせたに違いない。

 私が瞬きせずにライネを見つめる中、ルコは片方の眉をクイッと上げる。


「あたしは、ちょっと違うけどな。自らのミスで仲間を危険にさらすアホ女、ムードメーカーの活発女子……そして、マスコット枠だ」


 だから、どうしてマスコット枠の時だけこっちを見るの。

 どうして、ギスギスしてるのに、そこだけは共通認識なんだ。


「私って、別にマスコット枠ではないよね?」


 リヴの頭を両手で挟み、グッと顔を近付ける私に、彼は目を逸らしながら微かに目尻を下げた。


「その顔は、一体どういう反応を表現したものなの? 肯定なの? 否定なの?」


 どことなく、小馬鹿にされている感が否めない。

 リヴの頬をムニムニといじっていると、ルコは拳を握りしめ自身の胸を勢いよく叩いた。


「よし……だったら、あたしがライネよりも役に立つってことを証明してやる。お嬢、見といてくれよ。あいつに出来ない派手な戦い方ってやつを見せてやる」


「やめなよ。いくらここにいるのがウサギの魔物とはいえ、そういう気合の入り方してる時は危ないって。そんな変な意地、張らなくていいじゃん」


「変な意地ってなんだよ。ここで証明できなきゃ、エスタの中でのあたしの評価がライネと同格まで落ちちまうだろうが」


「悪いけど、出会った頃から私の中では二人とも似たり寄ったりだよ」


 言うなれば、直球のバカと変化球のバカである。両方バカなことに違いはない。

 ライネが目線を遠くへ向けながら淡々と告げる。


「いいじゃないですか。弾除けが一人から二人に増えるんですから」


「弾除けって、そんな卑屈な。私は別に二人のこと、そんな風に思ってないよ?」


「卑屈? ああ、違います。リヴとルコの二人が弾除けって話です」


「じゃあ、あなたの役割は?」


「エスタの後ろに隠れます」


「それ、私も弾除けになっちゃうじゃん」


 そう呟いて、私が眉間にシワを寄せた、その時だった。

 草陰からゆったりとした動きで跳ね出てくる、一羽のウサギ。


 黒い毛並みと、体積の半分ほどを占める大きな垂れ耳が特徴のウサギ型の魔物――マオウサギだ。


「ほら、言い合ってる間に可愛いのが向こうからやってきたよ」


 私がウサギを指差すと、ルコは小さく肩をすくめて首を横に振った。


「違うな。あたしが戦いたいのは、あんな小物じゃない」


「あんなに息巻いてたのに、選り好みするつもり?」


「いざ目の前にしたら、なんか違うなって。どうせなら、あたしの三倍くらいの大きさがあって、でっかい牙も生えてて、二足歩行くらいじゃないと」


「それもう、ウサギじゃないよね」


 話を参考に想像したら、でっかいクマみたいなのが頭に浮かんだ。

 静かに指摘する私に、ルコはリヴの耳に届かない程の小さな声で告げた。


「仕方ないな。そんなに言うなら倒してきてやるよ。その代わり、一瞬だぞ? 耳掴んで持ち上げて、グッと力を入れてブチッで終わりだからな?」


「……ごめん、やっぱやめよう。話を聞いてたら、とても異世界にお届けしていい内容じゃない気がしてきた」


 擬音だけで、すでに不穏すぎる。

 顔をひきつらせながら身震いする中、ライネが背後から私の肩をガッシリ掴んだ。


「ルコなんて放っておいて、当初の予定通りエスタ一人で行きましょう」


「あなた、本当に私の後ろから指示出すだけなんだね」


「まあまあ、とりあえず触れ合ってきてください。子供と可愛い生き物の組み合わせなら、相手が魔物だろうと間違いありません」


 まったくもう。

 ……気は乗らないけど、キュートな画を撮るためだ。覚悟を決めよう。


「さあ、来い」


 大きく息を吐いてから両手を広げてしゃがみ込むと、すぐさまウサギもそれに誘われるように近付いてきた。


 おや、なんだかあっさり触れ合えそう。

 胸に広がる安堵を感じながら、一瞬だけ視線を外した、その時だった。


 目を光らせたウサギは突如として、その場で高く跳躍。

 空中で一回転した後、私の脳天目掛け大きな垂れ耳を「ベチンッ!」と叩きつけた。


「……っ!?」


 ヨロヨロと膝から崩れ落ちる私をよそに、ウサギは何食わぬ顔で元いた草むらへと消えていった。

 なんというか、ただただ辛い。


 頭はジンジンするし、視界には星が舞っている。

 何より、ウサギ相手に「辛い」などという感想を抱かされた事実が心をより重たくさせる。

 ルコが目を泳がせながら控えめに拍手を送る。


「その……体を張った、良い触れ合いでしたね」


「やかましいよ」


 私は膝を地面につけたまま、涙目で天を見上げた。

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