配信初日編
第2話 面白いネタ、思いつきませんか?
「全然、ダメでしたね」
一時間以上に渡る宴会芸を終えた後のこと。
結局、二度目の投げブツを得ることは出来ず、意気消沈した私たちは食堂で遅めの朝食をとっていた。
ライネがぬるいスープをかき混ぜながら、覇気のない声で続ける。
「なんで、ウケなかったんでしょうね。あれほど見事な死霊のボーン踊り、他では絶対お目にかかれないと思うんですけど」
「一時のノリで実行しちゃった私が言うのもなんだけど、異世界の人たちも骨だの死体だのが動くことに抵抗あるんでしょ」
「まさか。アンデッドが一糸乱れず踊り狂う様を見て、感動しない人間がいるとでも?」
「感動する人の方が少数派なんだよ」
私が冷たく言い放つと、ライネは深くため息を吐いた。
「なんにせよ、ウケなかったのは事実ですし次なる策を講じなければ。エスタは何か面白いネタ、思いつきませんか?」
「向こうの世界には、魔法がないんでしょ? となると、やっぱり魔法に関連したものがいいとは思うけど」
「魔法ですか……。そもそも、向こうの世界の人は魔法を見たいんでしょうか」
そう呟いて、ライネはリヴの顔を覗き込んだ。
「みなさん、魔法とかって興味ありますか?」
どうやら、視聴者に直接意見を尋ねるつもりらしい。
しばらくの間をおいて、リヴの口角が小さく上がる。
うん、いい反応。やはり、方向性は間違っていないみたい。
ただ……。
「ここでいう魔法って、火とか水を操るような分かりやすいやつでしょ? 事実、死霊のボーン踊りには食いつかなかったわけだし」
「そんなことありませんよ。さっきは踊りだけを見せたから、反応がイマイチだったんです。最初の部分、地中からアンデッドを呼び出す場面から見せれば盛り上がるに違いありません」
「無理無理。死体がボコッと出たところで、それがなんだって話だよ」
こう言いつつ、私はハンカチで手を拭うと窓際へ移動。
外の地面に向け手をかざし呪文を唱えると、その先からガイコツがのそのそと這い出てきた。
スケルトンと呼ばれるアンデッドである。
まあ、当然ながら地味だよね。
はたして、ライネはこれを見ても、まだ私に魔法を披露させようとするだろうか?
「良いこと思いつきました。別に魔法で派手さを演出する必要はないんですよ」
「あのさ、さすがに無視は酷いんじゃない?」
「いっそ、エスタのありのままの姿を垂れ流してみるのはどうでしょう。令嬢の私生活とか、それなりに興味を引くテーマだと思うんです」
「いいよ、ちょうど無礼な側近をクビにしたいと思ってたから、その様子を見てもらおう」
椅子に座り直しながらライネにジトッとした目を向けると、彼女はぷくっと頬を膨らませた。
「エスタ、ふざけないでください。わたしは本気で提案してるんですよ?」
自分の無礼を顧みて、私が本気で怒ってないと思える自信は一体どこから溢れてくるんだろう。
香りのしないパンを千切り、黙々と口へ放り込む私に、ライネが身を乗り出す。
「じゃあ、派手なアクションでどうでしょう? 魔物とか倒すんです」
「あなたが一人でやる分には構わないよ」
「いやいや、そこはエスタがやらないと。一見、か弱いお嬢様が大きな魔物を相手に派手なアクションで翻弄する……絶対にウケます」
「たしかに、画にはなるかもね。あなたの計画としては私を何と戦わせるつもりなの?」
「もちろん、ドラゴンです」
「バカ、それの何がもちろんなの」
実質、私に死ねと言っているようなものである。
私が顔をこわばらせる中、ライネは目をパチパチと瞬かせた。
「いやいや、相手はドラゴンですよ? エスタなら余裕ですよね?」
「離れた位置からアンデッドを操るスタイルならね? けど、あなたは私とドラゴンの大立ち回りを演出したいんでしょ? 生身の私がドラゴンになんて近付いた日には、一瞬で『パクッ』だよ」
ネクロマンサーとて、アンデッドを使役していなければ、ただの人。
むしろ、日常生活における数多の作業をアンデッドに頼りきりな分、身体能力に関しては平均を下回っていることだろう。
というわけで、生身とか無理。絶対無理。
私が首を横に振ると、ライネは背もたれに身体を預け天井を見つめた。
「いやあ、やりたいことって案外できないものですね。……あっ、だったら舞台の方で盛り上げてみるのはどうでしょう?」
「舞台で盛り上げる……? 専用のセットでも組むってこと?」
「違います違います。ルビージア家の得意分野――ダンジョンです」
ダンジョンとは、自然の中に意図的に築かれた魔物たちの縄張りのこと。
元々は魔物の住処や財宝の隠し場所、冒険者の足止めといった目的で機能していたそうだけど、それも過去の話。
人と魔物の表立った争いがなくなり平和になった現在では、ダンジョン毎に存在する管理者に入場料を支払い内部を探検する、いわば体験型アトラクション施設のような扱いとなっている。
ちなみに、実家の主な収入源であり、各地にアンデッド系の魔物をメインとしたダンジョンを多数、運営中だ。
「魔法に溢れた環境であれば、大したことない活動でも魅力的に映るはずです」
「たしかに、一理あるかもだけど」
素人の私たちがどれだけ頭をひねったところで、人の興味を引ける企画や見せ方なんて、そうそう思いつかないのも事実。
「ここから、一番近いダンジョンってどこでしたっけ?」
「北の街道沿いにあるのが、一番近いんじゃない?」
「ああ、あの森林系の所ですか」
「飛び込みで行って、入らせてもらえるかは分からないけどね」
「大丈夫ですよ。断られそうになったら『内部の魔物を全部アンデッド化してやるぞ』って脅せばいいんです」
「やめたげてよ。あそこ、ウサギの魔物をメインでやってる所だよ?」
ほのぼのとした森が、ある日を境にウサギのゾンビで溢れかえるとか、営業妨害にもほどがある。
眉をひそめる私をよそに、ライネは勢いよく席を立った。
「とにかく、そうと決まれば急いで出発しましょう。わたしは準備を済ませてきますので、エスタは玄関で待っていてください」
「あっ、せっかくだし何か重たい荷物あれば馬車まで運ぶの手伝うよ……この子が」
私がリヴを一瞥すると、ライネは顎に手を当てて小さく頷いた。
「なるほど、荷物持ちになってくれるんですね。これはありがたい」
「でしょ? 私も歩き疲れた時には、背負ってもらうつもりでいるんだ」
骨さえ用意すれば現地で召喚できるスケルトンなどと違って、リヴは連れ歩かなければならない。
となれば、状況を少しでも有効活用しないともったいないというものだ。
「いやあ、助かりました。緊急用の食料に飲料水、応急手当セット、身体に塗る用のハチミツなどなど……ダンジョンに挑むとなると荷物が結構重くて」
「待って。今、変な単語が聞こえた気がしたんだけど」
ともかく、前途多難である。
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