第2話 精神衛生の安定

大石は渡されたガイドラインを開きながら、目を細めながら呟いた。


「(1)“段落ごとに自動生成された文章でも、語尾の表現が違うことがあるので修正すること”

例:あまりに断定的な語尾は「〜と考えられる」「〜であると思われる」「〜と想定される」のように、語尾に“人間的な曖昧さ”を加えること・・・?」


それを聞いた、隣の席の男性──中年の眼鏡をかけた社員が、少し身を乗り出してきた。

「毎回、計画書は自動作成されるんだが、表現が僅かに違う、AIが仕組むのだ、それを見つけることが私たちの仕事だ、私のパソコンを見てくれ」


””特に高齢者介護と幼児保育では、生理現象において共通的なロボットを使用する、ただし、高齢者や幼児とのインタラクションは人間でなければならない、そうでなければ人間はエモーションが下がる””

「最後の一文を「”下がる”と考えられる」に書き変えるのだ」

パソコンを覗き込むと、

「“人間確認フレーズ”ってやつです。うちの未来構想は、ほぼ全部AI起案ですから。完全自動だと作業が足りなくなる」


横からリーダーの堀内が会話に参加し、

「“精神均衡指数”。要は、人が“ちゃんと働いている感じがするか”のスコア。それ、一定以上キープしないと、FJS制度、正当性が問われる」

大石は思わず苦笑してしまった。

「……働いてる“感じ”、ですか」

「そう。だから、資料に“自分で考えたふう”一文を加える、重要。

あとは、印刷、サイン、スキャン、PDF化、クラウドに上げる。“働いた”ことにするためには、それなりの“痕跡”が必要」


ガイドラインを読み耽っていると、

堀内から

「初日、終わりよ」


帰りのエレベーターで大石はひとり反芻していた。

副社長の言葉──「創造力」や「コラボレーション」──はどこにあるのだろう、と。


彼らがその日最後にサインしアップロードした資料は、「確認済(人間処理済)」のタグ付きで、未来構想本部のクラウドに吸い込まれていった。


まるで、それだけが“成果”だったかのように。



会社からの自動運転シャトルは、人工知能が最適化したコースを静かに走っていた。

車内の照明がゆるやかに灯り、Wi-Fiが自動で接続された。


座席に身体を沈めながら、大石はスマホを取り出す。

自動で立ち上がったSNSアプリには、同期たちの投稿が並んでいた。


「#未来構想本部 での初日!社会課題に触れる貴重な時間でした✨」

「学びが多い1日。明日も前向きにがんばります! #新人の日々」


写真付き。文字数もフォーマットに収まっている。


大石もタイムライン下部の「AI推奨投稿案」を開く。


「今日は未来を見据える計画書の意義について考えました。“誰かのために”という意識を、これからも大切にしていきたいです。#共感 #自己成長 #創造力」


投稿案を見てそっとスマホを閉じた。


自分の時間が、自分の言葉を持たないまま、

今日という日が消費されていく気がした。

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