暇嫌い

おおいよ

第1話 フォントを0.5ptズラすだけの仕事

 2035年度入社式の会場は、新宿の自社タワーの1階の映画館のような窓のない会場。大きな華が置いてある壇上では日本電経株式会社の副社長の高峰が言う。

「今後の日本社会を支えるのは、ロボットでもAIでもない。皆さんの創造力です。

部署や組織の壁を超えて、コラボレーションし社会を動かさなければなりません、我々の持つ設備や技術はただの道具に過ぎない。“コラボレーション”──それが我が社を未来につなぐキーワードだと、私は確信しています」

静かに聴く新人たちの間で、大石誠は静かにメモを取っていた。

「コラボレーション」──確かに、言葉としては響きがよかった。


 式が終わると、忙しそうに動き回る人事担当の課長から声をかけられた

「大石くんは……“未来構想本部 企画第二課”だね。期待してるよ。“未来を作る”大事な部門だから」



本社ビルの14階。

人事担当の若手に大石が案内されたのは、古びたフロアの一角にある”未来構想本部 企画第二課”ドアのプレートには、貼り直された痕跡があった。


中には5人ほどの社員が無言で並んだ席に向かって座っていた。

全員がパソコンで開いているのは、パワーポイントか、Wordの文字ばかりの資料が並んでいる。


そのうちの一人の女性が大石に気づき、無表情で立ち上がる。

「……新人ね、 大石くん? 聞いてるわよ。堀内。第二課リーダー。

席、こっち。プリンタの隣、使ってないから」


そして、座る間もなく手渡されたのは分厚い製本資料。

『未来構想計画書作成ガイドライン(第18.4版)』

 ──指定テンプレ・文言例・NGワード一覧付き──


「まず、それ読んで、資料、クラウドにあるけど、まず紙の手引きを読むの、うちの流儀なの。あとパソコン引き出しにあるわ」


言い終えてから、堀内は一瞬、うっすら笑ったように見えた。

が、もう顔は画面に戻っていた。


ガイドラインのはじめに次のように書いてある。

”本質的な内容は我々AIが自動で作成しているが、必ず人間が目を通した印として、決められた手順でファイルを処理し直す必要がある”


テクノロジーの進化で社会のほぼ全てが自動化され、仕事はAIとロボットが99%担っている。にもかかわらず、人間が安心させるための“形式的な業務”が法律として残されている。

2030年4月 政府は「精神衛生の安定」と「社会的秩序維持」のため、「勤労スキーム(FJS:Formal Job Scheme)」を導入したのだ。

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