第3話


 厳かな装いの少年が魔法大学の研究室を訪れた。


 整った顔立ちに青い瞳。さらっとした金髪が王族の気品を漂わせる。


 部屋の奧にいる男性がチェアから腰を浮かせた。


「ようこそおいでくださいましたリカルド殿下。この研究室の教授を務めております、ホラウド・リッターと申します」

「早速だが本題に入りたい。6大ダンジョンについては知っているな?」

「無論にございます」


 人知を超えた地下に伸びる迷宮ダンジョン。その中でもより大規模で踏破難易度の高いものは6大ダンジョンと定められた。


 ディアボルクスの墓場。


 ヴィーデンの泣き跡。


 マゲンドルダの歩調。


 ウォゼルジュキアの嘆き。


 ソルンダムドの慟哭。


 そしてキンダルの産声。


 冒険者ギルドは以上6つを特別なダンジョンに指定している。

 

「では最下層にある禁断タブーについては?」

「それこそ愚問でございますよ。禁断は私が研究している題材なのですから」

「聞くところによると、禁断には難解なじょうが掛けられているそうだな。解ける算段はついているのか?」

「今のところは何とも。秘密裏に動くという前提ならやりようはございますが」

「何故秘密裏に行う必要があるのだ?」

「教会がうるさいのですよ。やつらは禁断タブーという名称をつけるくらいあれを疎んでおります。連中の目をあざむく前提がないと使えない手段でございますゆえ」

「回りくどいぞ。密告などしないから率直に言え」

「手練れの盗人シーフを使うのでございます」

「なるほど、盗人シーフか」


 リカルドが目を細めて、窓から差し込む陽光に視線を向ける。


「どういたしました? 虫でも飛んでいましたか?」

「いや、何でもない。盗人の大半は牢屋の中か冒険者として生計を立てていると聞く。教会に見つからないように動くのは容易じゃないのか?」

「難しくはないでしょうな。もう一つの難問をクリアしなくてはなりませんが」

「と言うと?」

「手練れの盗人なんて用意できない点でございます。お考えになってみてください。盗人なんて育つ前に衛兵に捕まりますし、冒険者として活動しても仲間に見捨てられるのがオチというもの。当然ですな、下賤なやからを好く者は誰もいません」

「盗人のスキルが発現したからといって、その者が俗物であることの証明にはならないだろう」


 リカルドが静かに拳を固くする。


 ホラウドが目をぱちくりさせた。


「これはまたなことを。人は神から授かったスキルにじゅんじるべきとするのが教会の教えです。盗人のスキルを得た者は堕ちるべき。仮に身を落とさなかったとすれば、それは教会の教えに反することとなります。やはり下賤げせんやからとなりましょう」


 これが一般常識。幼いころから人々に刻みつけられる模範的価値観。


 どちらが間違っているかで言えば、それはリカルドの方なのだろう。


「失言だった、忘れてくれ。これは仮定の話だが、もし手練てだれのシーフが禁断タブーを解き明かしたらどうなる?」

「その時は世に混沌が訪れるでしょうな。何しろ盗人は冷遇されるものですからね。世の全てを疎み憎んでも不思議はございません。」


 シン……と室内が沈黙で満たされる。


 静けさは続かず、室内が二人の笑い声でにぎわった。


 する必要のない心配だ。禁断を解錠できるわけがない。


 教会の教えに忠実な人々は盗人のスキル所有者を嫌っている。


 6大ダンジョンの最下層を探索するとなれば命懸けだ。信用のない相手を連れて挑む命知らずはいない。


 ゆえに挑む以前の問題だ。そもそもパーティを組めないか、経験を積む道端みちばたで見捨てられて命を落とすだろう。


 だからいない。いるわけがないのだ。


 禁断を解放できるほどの腕に到達する盗人など。


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