盗人に堕とされた公爵令嬢、禁断の鍵を開けて怪盗として暗躍する

原滝 飛沫

1章

第1話


 どうしてこうなってしまったんだろう。

 

 事の始まりは学校の帰り道だった。自宅までの道のりをお気に入りのスニーカーで踏み鳴らしていたら、突然刃物を持った男の人が踊り出た。私は逃げる間もなくわき腹を刺されて地面に倒れた。


 体が冷たくなっていくのを感じて、でも傷口が焼けるように痛くて動けなかった。


 痛い、死にたくない。


 そんなことを考える内に意識が遠のいて、次に気がつくと日本人離れした顔立ちが私をのぞき込んでいた。


 頭の中がぼんやりする日々を送って、物心ついた頃合いになって驚いた。現状を呑み込むのに相当な時間を要した。


 私が目を覚ましたのは日本じゃない。どこか違う別の世界に転生していた。


 名前はシーラ・ユースフォリア。ユースフォリア公爵家の長女として新たな生を受けていた。


 転生したメカニズムは分からないけど、私が思考をめぐらせる間も世界は動く。小さい内から家庭教師をつけられて、余計なことを考えるひまもなかった。


 ベッドの上で横になると、どうしても両親やお友だちのことを思い出した。そのたびに刺されたくやしさと寂しさでまくらを濡らした。


 でも転生して悪いことばかりじゃなかった。


 両親は優しいし、習いごとは楽しい。天使のようにかわいらしい王子と許嫁いいなずけになった。


 精神年齢の差でやきもきしたことはあったけれど、純粋無垢じゅんすいむくな笑顔を前にすると心を洗われるみたいだった。


 ダンスや礼儀作法を学ぶかたわらで婚約者とのデートを重ねる。日々のいそがしさに忙殺ぼうさつされて、気がつくと私は十二歳になっていた。


 この世界における教会の影響力は絶大だ。人々は十二歳になると、最寄りの教会で洗礼を受けることが定められている。


 公爵令嬢の私もその例外じゃなかった。家族と教会におもむいて、大勢に見守られながら司教の洗礼を受けた。


 洗礼を受けた人間は神から『スキル』なるものを授けられる。


 それは人知を超えた才覚。今までこなせなかったこともできるようになる特殊な力だ。人によっては境遇をひっくり返して一躍いちやくトップスターになる。そう聞かされて胸を高鳴らせない人はいないだろう。


 私も期待した。自分も神から素敵なスキルを授けられるんだと信じて疑わかなった。


 その期待は見事に裏切られた。私に授けられたのは盗人シーフのスキルだった。

 

 盗人といえば盗みだ。


 万引き、盗賊、強盗。連想できるワードにはろくなものがない。


 当然のごとく教会や貴族の間で問題視された。


 誇り高き公爵家の令嬢が、盗人シーフなんて下賤げせんなスキルをその身に宿したんだ。何かの間違いだと議論が起こって場は騒然とした。私はあっちこっちに視線を振って強烈な疎外感に耐えるしかなかった。


 話が一段落して、私には屋敷での謹慎きんしんが命じられた。


 実質的な監禁だ。判決が出されるまでは外出どころか許嫁と会うことも許されなかった。


 私を屋敷に閉じ込めている間に激しい議論が行われたのだろう。外から戻ってきたお父様は疲れた顔をしていた。


 シーラ・ユースフォリアの名前は公爵家から抹消されることが決まった。


 公爵家といえど教会の威光には逆らえない。貴族としての名誉と誇りを守るために、盗人なんてスキルを得た者は屋敷に置いておけないそうだ。


 そう告げられた時は頭の中が真っ白になった。


 屋敷での楽しかった思い出が走馬灯そうまとうのように脳裏をよぎって、年甲斐としがいもなく泣きじゃくった。


 後日追い打ちとばかりに婚約破棄の伝達が屋敷に届いた。


 時は残酷なもので、私は心の整理がつかない内に屋敷を追われた。


 私が【盗人】のスキルを神から授けられたことはすごいスピードで広まった。貴族どころか平民にも後ろ指を指される始末だ。


 悪評が悪評を呼んで、私はユースフォリア公爵領にいられなくなった。お洋服を売って得たお金で馬車に乗って辺境の地を目指した。私のことを誰も知らない土地で人生の再出発を果たそうと試みた。


 いくつか習いごとをしていたとはいえ十二の少女だ。雇ってくれるところなんてない。日本と違って助けてくれる支援制度もない。


 体を売るか、出自や年齢に関係なく働ける職にくか。


 前者を選ぶのは怖くて、私は後者で生きる道を選んだ。


 この世界には冒険者ギルドというものがある。


 人類は魔物という化け物におびやかされている。


 騎士団だけでは手が足りない。大規模な戦争の終結で職を失った者を募って、魔物を討伐させる案が採用された。


 その職業の名は冒険者。時には遠出して魔物を討伐することから冒険に見立てられて、そんな名称に落ち着いたらしい。


 出自や学は不問。職にあふれたごろつきが殺到して、またたく間に弱い魔物は狩り尽くされた。


 魔物を討てばお金がもらえて、討てなければ魔物に殺されて土に還る。


 最初はごろつきだった者も成果を出すと周りから認められる。お金と名誉を得たらそれらを失うことを怖がって荒れた行動を自重じちょうする。冒険者制度は皮肉にも治安維持としての役割を果たした。


 客観的に見ればひどい話だ。


 冒険者という職業には指導者がいない。


 元騎士や傭兵ようへいくずれはその技量で多くのお金を稼ぐものの、戦いのノウハウを知らない者は低ランクの依頼すら達成できずに食いっぱぐれる。


 また冒険者という立場の弱さを利用されて、報酬とつり合わない依頼を強要されることもあった。


 批判が集まって、管理者たちは対応を余儀なくされた。


 そうして設立されたのが冒険者ギルドだ。冒険者の強弱を問わず理不尽から守り、戦いの素人に戦闘のノウハウを教える制度ができた。


 私は戦うためにダガーを握った。


 本当はレイピアみたいな格好良い武器を握りたかったけど、盗人シーフのスキルが私の望みを叶えてくれなかった。スキルが人生に多大な影響を与えると聞いていたものの、まさか装備まで決められるとは思ってなかった。

 

 私は生きるべく訓練に励んだ。毎日体を土まみれにして、時には指導者に怒声を上げられて、それでもダガーを手放さなかった。


 訓練を終えた後には装備を整えて仲間を探した。


 仲間がいれば協力して魔物を討伐できる。万が一危ない状況におちいっても助けてもらえる。


 冒険者ギルドに設けられた酒場は仲間を募る場所として機能する。私はそこでメンバーを募集した。


 同じ女性と組みたかったけど冒険者の大半は男性だった。盗人のスキルを所有していたせいもあって人が寄り付かず、私はハードルを下げるしかなかった。


 ある日三人パーティに誘われて、私は晴れて初めての依頼に臨んだ。


 その三人にも盗人のスキルで色眼鏡をかけられていた。私は彼らに信頼してもらえるように全力で仕事をした。


 時折いやらしい視線を胸や太もも辺りに受けたけれど、彼らに見捨てられたら次はいつパーティを組めるか分からない。私は見限られないようにがんばった。


 最初はよかった。打ち上げで依頼を達成したことを喜び合って、本当の仲間に慣れた気がした。


 でも冒険者としてのランクが上がってから、周りの私に対する当たりが強くなった。


 盗人のスキルは直接戦闘の役に立たない。せいぜい先行しての安全確認や罠を張るくらいで、後は宝箱の鍵を開けることしかできない。


 それでは足りなかった。実力不足を指摘されただけでなく報酬をしぼられて、散々バカにされるようなことを言われた。


 私は何も言い返せなかった。


 周りにいるのは強いスキルを持つ人ばかりだ。高ランクの依頼を達成するにあたって私も実力不足を感じていた。


 同じパーティで活動する女性には早く抜けろとののしられる一方で、いまだパーティリーダーには脱退を命じられていない。


 その理由は明白で、それがパーティメンバーから疎まれる要因になっていた。


「おいシーラ。お前今から一人でキンダルの産声うぶごえに行ってこい」


 パーティリーダーのダグラに見下ろされる。


 半そで半ズボンと身なりはくつろぎモード。露出した肌からは毛がうじゃうじゃと伸び放題だ。体を絡めとられそうでぞくっとする。


「一人でって、こんな時間に?」


 私たちは依頼を達成して帰ってきたばかりだ。体には疲れがたまっているし、もう日は落ちた。


【キンダルの産声】は地中に広がるダンジョンだ。夜時間には危険な魔物やギミックが配置される。一人で向かうのは危ない。


 聞き間違いを願ったけど、ダグラは表情を変えることなく言葉を続けた。


「時間なんか関係ねえよ。新しい武器を作るのにヒュドラの鱗が一枚足りねえんだ。お前行って盗んで来い」

「な、何で私だけ」

「あ? てめえ俺にたてついてんじゃねえよ!」

「きゃあっ⁉」


 腕に押されて地面に尻もちをついた。


 ダグラが小さく息を突く。


「そんなに行きたくねえなら別の形で役に立て」

「別の形って?」

「今夜俺の部屋に来い。別の意味でいかせてやるぜ」


 ダグラが口の周りをペロリと舐める。


 いやらしい視線が私の胸と太もも辺りをなぞる。


 鳥肌が立った。足元から虫がいあがってくるような生理的嫌悪感にさいなまれて口元を引き結ぶ。


 パシりみたいなあつかいをされるのはごめんだけど、こんな男に汚されるくらいなら命をけた方がましだ。


「分かり、ました。ヒュドラのうろこを取ってきます」


 声が情けなく震えた。


 ダグラが舌を打ち鳴らした。


「けっ、行くんなら最初からそう言えよ。盗むことしか能がねえ盗人ふぜいが気取りやがってよぉ!」


 巨体が身をひるがえして遠ざかる。


 私は手元の土を固く握りしめる。


「私だって、好きでこんなスキルを授かったわけじゃない」

 

 授かったスキルに従って生きるべきと説いたのは教会だ。


 私に盗人のスキルを授けたのは、人々が信奉する神だ。


 私はそれらの意向に従っているだけなのに、どうしてさげすまれなくちゃいけないの?


 私が、一体何をしたの?

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