月夜の蛍と君を重ねて

真白 まみず

月明かりに照らされて

「夜、一緒に蛍、見に行こうよ」

彼女がそう言っていたのをふと、思い出してしまった。


俺はもう20も後半で、未来は明るいと思っていた若き日の約束を思い出すこともよくある。

日々の会社疲れに、まるで幻覚を見るように。


それでも、この記憶だけは、思い出さないようにしていた。

でも、今日、思い出した。

やはりと言うべきか、一度思い出すとそこからは、脚が発作のように動いてしまった。





「んー、そうだね、3年後くらいがいいかな。私に告白してくれた夏祭りの、近くに流れてる川で見れるらしいんだよ。だから3年後、どんなことがあっても、絶対に一緒に見ようね!」


彼女は3年前、たしかにそう言った。

だから僕は今日、思い出して、ここに来た。


ひたすらに、待った。

彼女とは別れてしまったけど、来てくれると、信じて。


すると暗闇から、懐かしい、昔行った夏祭りで聞いたような、下駄の音がした。



「律儀に約束思い出して、川の前で待ってるとは思わなかったよ」

そういう彼女は元気そうに手を振った。

「久しぶり」

「久しぶりだね。山の入り口で待っててくれても良かったんだよ?」

「ごめん。それじゃあ、行こうか」

そう言うと、彼女がちょっと小走りに前に出て、嬉しそうに俺の手を引く。

俺もそれに委ねて、蛍を探しに、歩いた。



「高校から一緒だったよね」

川の流れる音と共に、彼女は思い出を話しだした。

「2年から付き合ったんだっけ?」

「そうだよ」

「それでここでやってた夏祭りで……」

「そうそう。告白してくる空気満載すぎて、私の方が緊張したんだから」

そう言うと俺の方を見てからかうように、彼女が笑う。

「大学も一緒だったよな」

「私がそんなに成績良くなかったから、一緒に入るの大変だったな〜」

「勉強教えるのに必死で俺の方が最終的にやばかったしな」

「サークルも一緒のやつ入って、またここの夏祭り来て、チョコバナナ食べて、高校一緒だった子達に見つかってからかわれて……。なんで私達、別れちゃったんだろ」

「そりゃ……」

「あ、蛍」


彼女が寄った側には、気高く孤高に輝く、蛍がいた。

月明かりに照らされて、綺麗だった。

彼女はそれを触らずただ、光に飲み込まれるかのようにじっ、と見る。

まるで時が止まったかのような静寂が、僕達を包んでいく。


「もう一回私達、やり直せるかな」

彼女は僕の方を見ずに、言った。

「やり直そうよ」

念を押すように、彼女は続けた。

僕は答えられなかった。


その代わり今度は僕が、前を歩いた。



「月明かりが綺麗だな」

「何それ告白?」

からかうようにまた、彼女が笑う。

「そんなんじゃないよ」

「もっとちゃんと、はっきり言ってよ」

さっきとは違う、真剣な眼差し。

「僕は……言えないよ」

「言えるよ」


あたりは気づけば、明るくて賑やかだった。

遠くで、人の声が聞こえる。

夏祭りを飾る提灯ちょうちんが僕の緊張とは対照的で、憎い。


「言えない。これを言ってしまったら、僕は、元に戻れなくなる。怖いんだ。君と、もう話せなくなるのが」


「大丈夫だよ。私はどんなことを貴方が言っても受け入れる。ずっと一緒にいるし、悲しませたりなんかしない。だから、安心して、言って?」


周りの声より、心臓の音のほうが大きい。

もう、戻れないかもしれない。


「君のことが、ずっと好きだ」


「うん。私も、大好き」


そう言って、はにかむように笑う彼女。


「緊張してるみたいだから、私から言ってあげる。私と、付き合って?」


「それは出来ない」


突然、あたりが暗くなる。

今まで輝いていた提灯は輝きを失い、ただの飾りと化した。

それでもまだ、遠くで、人の声は聞こえていた。


「なんで?」

はもう、今を生きるって、決めたんだ」

「一緒にいようよ」

「だめだ。あの時から前を向くために、一人称だって変えた。もう、戻れないんだ」

「なんで!!!私はずっと、貴方を想ってる!今日だって来てくれた!だからやり直せると、思った……」


目に涙をためてじっと僕を見る彼女に、引き込まれていく。

決心が、一気に揺らぐ。

たった、たった6文字を言うだけなのに、舌が動かない。


「俺はもう、じゃない」


「じゃあ、もう、私を愛しては……」


「愛してるさ」


「なら……!」


「きみはしんだ」


人の声も止み、川の流れる音だけが残る。

気づけば僕たちは、蛍に囲まれていた。


「過去は変えられないよ。君はあの場で、私と付き合った」

「俺はこれからを生きていく。君の分まで」


そう言うと彼女は、諦めたように笑って、突然川に入った。

暗闇で見えない向こう岸まで渡ると彼女は振り返り、手をメガホンみたいにして叫んだ。


「仕事、がんばってね!それから、ずっと、忘れないでね!ずっと、愛しててね!私も君を、愛してるから!いつでもこっちに、来ていいんだからね!」


俺は手を振った。

彼女も手を振った。


俺たちを祝福するように、蛍が月夜に輝く。

これでいいと思った。



俺はそれからしばらく蛍を眺めて、帰った。


それからと言うもの、蛍を見るたびに、死にたくなった。

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月夜の蛍と君を重ねて 真白 まみず @mamizu_i

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