霊感は役立たず!/尚代の場合
@namakesaru
第1話: 柱に残された刀傷
古い商家に化け物が出るらしい、そのようなうわさは昔からあった。とうとう近隣のお
真面目に警察として対応すべきか否か、年かさの者たちが頭を悩ます間もなく若い輩が10人ばかり、肝試しだと手に手に酒瓶を持って、いまにも倒れそうなその商家に集う。
「どんな化け物か知らないが、柔道の猛者に剣道の猛者がこれだけそろっているんだ。怖くて出てこないかもしれないな」
「女じゃないかという話もあるな。仲良くなって酒を注いでもらって。美人だといいなあ」
本気なのか強がりなのか、威勢の良いことを大声で叫ぶ者もいれば不埒な妄想を声高にしゃべる者もいる。話題に上がるのがその化け物の話というだけで、いつもの酒盛りと変わらぬ様子で酒瓶は次から次へと転がり、皆、顔を赤くして騒いでいた。
が、夜も更け、一人二人と酔いつぶれていった頃。普段ならまだまだ騒いでいるはずなのに、だんだんと口数が減ってくる。車座の輪も心なしか小さく、時折背後の暗闇に目を凝らす者もいる。
皆、黙り込んだな。
そう思いながら、いつもと変わらず一人酒を飲み続けていた一朗太だったが、気が付いた時には床に転がっていた。おかしい。何としても正体を見てやると思って、いつもより盃を控えていたのに。そもそも。どれだけ飲んでも酔い潰れたことなどないのだ。
身体を起こそうとして、さらなる異変に気が付く。
動けない。身体が動かない。声を出すこともできなかった。
普通の人間ならば、多少なりとも恐怖を感じるところだろう。何とか体を動かして逃げ出そうとするところだろう。しかし、一朗太は違った。
この状態は化け物のせいであることは違いないだろう、ならば、どうにかしてその姿を見てやる!
頭の可動域が広がらないかと集中するが全く動けない。しかし、眼球だけは自由だった。酔っぱらっただけなのか、それとも化け物のせいなのかはわからないが、集った仲間はみな床に伏せている。まさか死んでいるのか?と思ったのは、静寂のせい。いびきをかいている奴もいない、虫の音もカエルの鳴き声も聞こえない。
完全な静寂。
―― っ
ふと、何かが聞こえた気がした。眼球だけで、音の出所を探す。
少し奥の方から聞こえてくるような気がした。たしか、柱があったような・・・。どれだけ視界に入れようとしても、入らない。が、次第にその音が、女のすすり泣きだということがわかった。女の姿が見えたわけではない。わかったのだ。
その苦しそうな悲しい音は、静かに続いた。
一朗太はその切ない音を聞きながら、いつの間にか眠ってしまっていた。
翌朝。
「しまったなあ、思ったよりも飲みすぎたみたいだ」
「いつの間にか寝てしまっていたからな。でも、俺たちに恐れおののいて化け物も姿を現さなかったみたいだな」
一人二人と目を覚まし、口々に残念がる言葉があちらこちらから聞こえてきた。
昨日の体験は自分一人のものだったのか、ならば、夢か現か。腰を上げた時、真っ青な顔をしていち早く帰ろうとしている男の姿を認めた。
何か見たのかもしれない、そう思った一朗太は男を追いかけた。
「何か見たのか?」
まだ少年ともいえる顔立ちの男には、あらたな恐れが加わった。普段なら、言葉を交わすことが許されるような相手ではない。年相応の階級ではあるが、柔道においては幹部級までを指導するという猛者から追いかけられ、いま肩をつかまれている。
「・・・」
何も答えられないでいると、
「見たことを報告せよ!」
業務の色合いを強く出されたことで、返事とともに言葉を発することができるようになった。
いつのまにか寝てしまっていたこと。たまたま、部屋の奥の方を向いた格好で転がっていたこと。すすり泣きが聞こえ、目が覚めたこと。動こうとしても動けなかったこと。
それから、薄明るくなっていた柱の元で、一人の女が顔を伏せて泣いていたこと。恐怖を感じ目を閉じたのにもかかわらず、映像が浮かび上がってきたこと。
それを聞いて、一朗太は自分が体験したことを伝えた。
「同じだな。後はなぜその女が泣いていたか、だな」
その翌日。
一朗太は、例の男とともに商家に来ていた。日は高いところにある。
まわりのお
その昔、侍だか浪人だかの勘気を被りその場で主人は切り捨てられてしまった。それだけでは飽き足らず、妻と子供を柱に縛り付け撫で斬りにした・・・。
そんな話があると、年老いた女が聞かせてくれた。
二人で、商家の入り口をまたぐ。中に入れば、先日の酒盛りの残骸がそのままになっている。足を進め、柱へたどり着く。
腰をかがめるまでもなく、右上から左下に残された刀傷を認めた。
それからしばらくして。
その商家は火事で燃えた。誰でも入れる状態だったから、中で火を使った者がいたのかもしれない。だが、結局犯人はわからず終いだった。
すべてが燃え落ちた中。あの柱だけが、炭となりながらも立ったまま残っていた――。
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「って、おじいちゃんが話してくれたの。」
尚代は娘に言う。自慢の父親は、少しかわったところがあった。
「ほかにもね、お化けの話してくれていたけどね。忘れちゃったな。」
「ええ?ほかには?何か覚えてないの?」
娘の春子は怖い話が大好きだ、怖がりのクセに。
「ああ、そうだ。佐藤のおじさんとよくコックリさんしてた!本当にお箸が動くのよ、びっくりしちゃった」
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