第10話 前座

ギルドの掲示板では、木の札がぱたぱたと貼り替えられていた。

夕方のカウンターは、翌日の依頼を確かめに来た冒険者たちでざわついている。


その一角──相談用の小机に、ひとりの少女が静かに立っていた。


「ふうん……なるほど。”未知の調律の確認”ね。屋台で、胡散臭い口上でも仕込まれてきたってわけ?」


カウンターの奥から、報告を受けた年上の女職員が気だるげに答える。


「はは、“何かがいる気がする”ってか? へえ、それでドラゴンでも倒せるなら楽なもんだな」


話に加わってきた屈強な戦士風の男が、笑いをこらえきれず肩を揺らしていた。


「やめてください……べつに、誰かに認めてほしいとか……」


アルネは絞り出すように言ったが、その声は細く、誰の耳にも届かなかった。


──と、そのとき。


「へえ。随分とにぎやかだな、夕方のギルドってのは」


 低く落ち着いた声が、柱の影から響いた。


「アンタ、誰だよ」


 戦士が眉をひそめる。


「余市タカヒコ。新米冒険者の貴方でもドラゴンを簡単に倒せる方法教えます、でお馴染みの胡散臭い調律師さ」


「は?」


戦士が顔をしかめる。


「なんだそりゃ。寒いこと言うなよ、おっさん」


「いやいや、悪かったな。

 暑苦しい男ばかりだったから、少し冷ましてやろうと思ってね」


 タカヒコはにやりと笑い、肩をすくめる。


「……あんたが笑った“何かがいる気がする”ってやつ。もし、それが本当だったら?」


「……は?」


「まあ、一杯、付き合ってくれよ。

 語るのは──俺じゃなくて、アルネだがね」


 タカヒコは、鞄の奥から一本の赤ワインを取り出す。

 陽を孕んだような深い色。くすんだラベルには、土埃がこびりついていた。


「南東の川沿い──強い日差しが照りつけ、

 地面は転がる丸石に覆われている。

 グルナッシュの畑だ。乾いた風が、葡萄に力を蓄える」


 タカヒコは、ラベルをなぞるように指でなぞった。


「香りは黒胡椒とスミレ。

 焦げた果実に、かすかにハーブの影。

 特別な畑、特別な葡萄──そして生まれた、特別な一本だ」


 そして、グラスにそっと注ぐ。


「この一本は、心に眠る炎を呼び覚ます。

 アルネ。君なら、きっと──その火種を見つけられる」

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