第2話 邂逅
肉を焼く匂いと、香草の煙が渦を巻く。
異世界の市場──喧騒の響く街路。
タカヒコは、現実感のない風景の中で屋台の木椅子に座らされていた。
周囲の人々はまるで、彼の存在を認識していないかのように、何事もなかったように食事を続けている。
「な、なんだここは……」
目の前には、ワインの入ったグラスを傾ける銀髪の美女。
目元は涼しく、けれどどこか酔ったようにゆるんでいる。
白い指がグラスの脚をくるくると回している。
「わたしの力で作り出した閉鎖空間よ。
時間も位置も、ここだけ切り離してあるから、安心して。
飲みながら、お話しましょう?」
タカヒコは困惑を隠せないまま、己のグラスに注がれていくワインと謎の女を交互に見る。
彼女は、もう一口、余韻を愉しむように含み、うっとりとした顔で言った。
「あの日……わたしの元いた世界で、いつものように葡萄酒を嗜んでいたのよ。
グラスの底に、あなたの顔が見えた気がして。
それから、一節の詠が……通じ合ったような気がして……うっ」
女は苦しげに額を押さえ、少しふらつく。
「だ、大丈夫か?」
「ええ、ちょっと力を使いすぎたみたい。
……っていうか、二日酔いなのよね。下界では魔力が制限されるし……」
タカヒコは一拍置いて、つぶやく。
「……二日酔い?」
「そう。昨夜は、確か葡萄酒を……そうね、12本くらい開けたかしら。
そしたらね、地球っていう世界から、なんか“援護要請”みたいな信号が届いて。
あ、あなたが開けた古い葡萄酒のことよ。
で、酔ってたし、千鳥足で駆けつけてもかっこつかないし、じゃあ呼ぶかって」
遠くを見るような目でため息をつく。
「……それが、“管轄外への過度な干渉”だとかで怒られて、神界を追放されたの。
で、今ここ。ちなみに屋台の支払いもまだなの。無銭飲食で地上でも出禁寸前よ。
ふふっ……」
タカヒコは、しばし黙っていた。
女神を名乗る酔っ払いは、流麗なしぐさで立ち上がった。
そして、よろめき、グラスを持ったままなんとか体勢を整えると――
涼しい笑顔を浮かべて言った。
「初めまして。ワインと詩の女神、ヴィーニアよ。今後ともよろしく」
銀髪の女神が涼しい笑顔を浮かべたそのとき、タカヒコは静かに呟いた。
「……はずれだ」
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