第5話 無明の咎

 マーカスは、怒りをやっと堪えているボビーと、その隣に立つダルトンの様子を、慎重にうかがうかのように振り返った。


 そのなり行きを見ていたダルトンが、再び口を開いた。


「つまりは〈二人一組〉を守らなかった我々に対し、自分でそれを押し切ろうとした。と言うことか」


 ヒューイはしばらく呼吸を整えたあとに、


「押し切れるとは思ってない。ボビーのトラップはそんなに甘くない。彼は専任のネットワークエンジニアの上、セキュリティMaster(認定)も持ってる。俺ぐらいじゃ太刀打ちできないよ」


 と再び質問に答えた。


「じゃあなぜやったんだ」


 ボビーがすかさず尋ねた。


「こうまでしなきゃ、あんたたちは気づいてくれないから」


 ヒューイはそう言って、確認するようにボビーを見た。


「気づかれることが目的でアラートを飛ばしたのか」


 再び尋ねるダルトンを、さえぎるように、ボビーが質問を投げかけた。


「定時バックアップ後を狙ったのか」


 ヒューイはボビーの様子を見ながら答えた。


「それを確認してから改変してる。俺のプログラムミスで、全てがやり替えになると大変だからね」


 少しホッとするボビーを見て、ヒューイも、緊張がとけたような顔つきに変わった。

 その様子をみたマーカスも、ヒューイから手を離した。


「お前……信用してないのか?」


 重ねて尋ねるボビーに


「あんたのことは信用してるよ。だからIDもあんたのを使った。あんたならアラートにすぐ気づくし、見つけてくれると思ってた」


 とヒューイは答えた。

 そこまで聞いたボビーは、しばらく考えたのちに、ダルトンを振り返って言った。


「わかっただろう。こいつは "いつものノリ" で抗議したくて、禁忌を犯しただけだ。ルール(規則)を知らなきゃ過失だ」


 ダルトンは横目で、かばおうとするボビーを見たが、その件には触れずに、ヒューイに告げた。


「いまからお前のPCはロックされる。今回の件については、これから話し合って決めるから、そこで待機していろ」


 そう言うと、ダルトンはフロアにいた、ほかの班長にも声をかけ、会議室ブースへと入っていった。


 ◆


 システム開発分室の円卓会議室。

 各班長が次々に入ってきて椅子に座った。


 ――

 班長といえども、元は専科の同期生同士だ。

 今期は室長のダルトンを始め、ボビー・リカルド・デニス・ウィルの四人の班長で構成されていた。

 分室とはいえ訓練施設である。普通なら四年任期で、その専門家となる知識を習得する場所であり、その中での転属は皆無に等しかった。

 ――


「マーカスを分室から出す気だったの?」


 席に着きながらデニスが聞いた。


「教授からの要請だったんだ。『いつまでも一緒って訳にはいかないから』と言われていた」


 ボビーがその隣に座りながら答えた。


「教授が……? もしかして〈二人一組〉のこと、お前ら知らなかったの?」


 その話を聞いたデニスが、再度尋ねたときだった。


「そんなことよりも、改ざん問題だ」


 最後に入って来たダルトンが、皆の言葉をさえぎって話し始めた。

“チッ”、とデニスは小さく舌打ちをした。


「まず、悪意はあったか」


 ダルトンの質問にリカルドが答えた。


「聞いてたろ? バックアップは取ってあったし、IDも一番発見率の高いボビーのを使ってるんじゃ、悪意なしでいいんじゃない?」


 ウィルも同意見だった。


「ほかに影響が出ないように、全てに修復もかけてあったんだよな」


 と付け加えた。

 その内容を確認するように、デニスがボビーに尋ねた。


「影響は一件のデータ消去だけ? システムの破壊すら起こってないってこと?」


 すると、いままで黙っていたボビーが状況の説明をし始めた。



 ----

(本文ここまで)


【あとがき】

 ・無明の咎 -むみょうのとが-

 無明(=愚行)がもたらしたとがめを表します。悪意の無い行為でも、“迷い”や“無知”の産物としてのばつ(責任)は問われます。そんなお話です。


【予告】

 ・異才の境界 -いさいのきょうかい-

 どんな改ざん内容だったのかと、会議でヒューイの処分が決まります。



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