第6話 異才の境界

「バックエンド(システム)からのAPIアクセス(データ通信)。セッション(接続)も正常、IPは学内VPN(ネットワーク)。だがセッションキー(暗号鍵)が――俺のだった」


 と、その重い口を開いた。


「DELETE(削除)後に参照テーブルの更新……いや、削除したエントリを軸に、参照整合性まで再構成(リカバリ)してある。つまり、“存在しなかった”ように仕立ててあった」


 ボビーの説明を聞いたウィルが、


「それって、アラートが出なきゃ気づかないレベルじゃないのか?」


 と、確認するようにダルトンを見た。


「甘いな。SIS(中央情報処理部)の転送時に検査が入って、結局はバレる。ヒューイの言う通り、ボビーのセキュリティは、SISと同じく二重、三重で起動する」


 ダルトンが補足の説明を加えた。

 するとリカルドが


「そこまで把握してるのに、なんで事を起こすんだか。ホントあいつ、良し悪しの区別がついてないよなぁ」


 と言うと、ダルトンが、


「区別がつかない程度じゃ済まない」


 といさめた。


 冗談も言えない雰囲気を察し、ウィルはボビーに話しかけた。


「だから、転送前の分室ウチのサーバーか。手動監査はボビーがやったのか? よくわかったな」


 それを聞いてリカルドも、


「ボビーの回避システムのバックアップログで、誰がやったかくらいまではすぐ分かるんじゃね? 犯人特定までの速さといい……」


 と付け加え、ボビーのほうを見たが、ボビーはその件には答えず、なにかを考えあぐねているようだった。


 仕方がないので、代わりにデニスが答えた。


「やれないほうが問題でしょう。だいたい、ボビーの班はセキュリティ専門の部署なんだし。コードくらいは使いこなせないとね。技術だけ見れば『よくやった』の口じゃないの?」


 その意見に同意するように、ウィルも


「まだまだ育ちそうだな。ボビーみたいに」


 と付け加えた。


「話をすり替えるな。問題は、規律モラル違反だ」


 ダルトンがそう言うと


「規律違反じゃないよダルトン。そもそも、あいつはルール(規則)を知らないんだ。いわば過失さ」


 いままで軽口を叩いていたデニスが、しっかりとした口調で言い切った。


「だが、現実問題として、事は起こり、彼は意識して改ざんの足跡を残したんだ。そっちのほうが、危機リスク管理に抵触するんじゃないのか」


 ダルトンの正論に、多かれ少なかれ、誰もが納得した。


「一番厄介なのは、それが意識されて起こったってことか」


 ウィルが同意すると、さすがのデニスも、


「とことんやられたらとめられない……かも?」


 と、納得した。皆の意見を聞いて、リカルドが


「まるで地雷だな」


 と、ため息混じりにつぶやいた。その様子を見ながら、


「だから……ここ(SIS分室)には置けない」


 とダルトンが結論を出した。

 そして周りを見回し、意見が出ないことを確認した上で、まとめに入った。


「じゃあ、まとめよう。まず、〈動機〉に関しては発覚前提で悪意なし。〈被害〉についても、消したのは一件で、分室内で収まるレベル。バックアップなどの復旧補完もおこなってる。〈技術者〉としては高レベルで、さらに育成の価値あり。〈規則〉については知識なしと認定し、過失とする。この方向で、運営に分室としての報告を出すつもりだが、みんな の意見は?」


 ダルトンの提議に、反対する者はいなかった。


「では、ヒューイの単独犯ということで、彼の分室ここでの任を辞す。その上で、運営からの指示を……」


「待ってくれ」


 ダルトンの話を遮って、ボビーが手を上げた。


「任を辞すなら、俺も一緒だ」



 ----

(本文ここまで)


【あとがき】

 ・異才の境界 -いさいのきょうかい-

 異才ヒューイに悪意が無くても、規則や社会的な枠-きょうかい-を知らずに行動すると、危機になるという回になってます。


【予告】

 ・秩序の代償 -ちつじょのだいしょう-

 設定(訓練校、専科棟など)用語の多く出る回になります。※願:章末の〈道しるべ〉参照。

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