第2話 徙の報

「たしかに注意は受けてるけど……規則、規則って、訳わかんねぇや。専科の頃が懐かしいなぁ」


「おぼえる努力をしろよ。昔のままじゃいられないんだから」


 マーカスがたしなめた。


「……わかってるって」


「解ってない」


「……るせぇな。マーカス」


 面倒くさそうにあしらったヒューイが、その後に、


「だってさぁ。同じフロアとは言え、ブースが別々だしさ。仕事内容にもさわるからって、ろくにディックやケントにも会えないんだぜ。フットワークの軽いのって、アーサーしかいないしさぁ……」


 ぽつりと、どこか寂しそうにつぶやいた。


 同期生の五人は、情報の専科を卒業し、アカデミーと呼ばれる実施訓練施設へと移っていた。その中にある開発室分室ぶんしつ

 そこで五人は、それぞれの仕事についた。


 大元のプログラムは、SIS(中央情報処理部)と呼ばれている部署で行われている。

 その数多あまたあるプログラムの一部をにない、指示書通りにプログラムを組むのが彼ら、分室の主な仕事だった。


 五人はそれぞれのプロジェクトの班に分かれ、フロア内にある、各ブースに属していた。


 アーサー・ディック・ケントの三人は、学園卒業で基礎教育から受けている、いわばエリート学生だった。それとは対照的に、ヒューイとマーカスの二人は訓練校から来た実技生だったのだ。


「四年の研修が済めば、SISに移れる。そしたらまた一緒に組めるさ」


 マーカスはヒューイに笑いかけた。


 そんな他愛もない会話をしながら、二人はそのまま昼の食堂へと向かった。


 班が違うため、仕事では別々の二人だったが、ヒューイとマーカスはいつも一緒にいた。


 彼らが紛争地帯で過ごしていたころ、二人はハッキングを生業なりわいとする団体に所属していた。


 ヒューイは親を亡くし独りで、マーカスは稼ぎを親に取られる、いわば生活の為にその団体にいた。

 二人はそこで、寝食しんしょくを共にしながら過ごしていたのだった。


 だがある日、警察の摘発に遭遇した。


 ヒューイとマーカスは、互いをかばい合いながら 必死で逃げた。

 しかし、逃げたところで、明日からの暮らしの保証など、どこにもなかった。


 そんなときだった。

『うちに来るか』と声を掛けられたのは。

〈彼ら〉は「教育支援団体」だと名乗った。


「マーカス」


「……え? 何?」


「食わないのか? なんかあったのか?」


「……あ……うん」


 ヒューイの書くプログラムは凄く、ハッキングで、とある国のシステムをダウンさせたこともあった。


〈彼ら〉はそんなヒューイを必要とし、

 ヒューイは『マーカスと一緒なら行ってもいい』と答えたのであった。

 こうして二人は、に辿りついたのだった。


 訓練校で四年、専科で二年の教育を受け、二人は情報システムの、高度な技術を習得することができた。


 最初は、あまり分からなかったマーカスでも、精通した分野のプログラムなら組めるようになっていった。


 そんな頃だった。


「転属が決まったんだ」


 マーカスはヒューイに告げた


「……異動……? 俺、聞いてないぜ」


「俺だけらしいよ。教育課に行くから」


 その言葉にヒューイは急にけわしい顔になった。そして、黙り込んだまま、なにかを考え始めた。


「ヒューイ……?」


 様子を見るように、マーカスはうつむいたヒューイの顔をのぞきこんだ。

 ヒューイは、


「おかしいだろう。〈二人一組いっしょ〉の約束で、 俺たちここに来たんじゃないのか」


 と、独り言のような小言を言った。

 それをなだめるかのように、マーカスが話しかけた。


「ヒューイ。心配ないから。施設ここを出る訳でもないし、課が分かれるだけだよ。大丈夫だよ」


「でもなんで? なんでお前だけなんだ?」


 再び尋ねてきたヒューイにマーカスは、

〈システム開発向きではないと判断されたんだ〉

 ――とは言えなかった。


「……」


 マーカスが答えに困っていると、不意に声をかけられた。


「あれ? マーカスじゃん。元気か?」


 顔を上げると、そこには食事をのせたトレーを手に、ディックが立っていた。



 ----

(本文ここまで)


【あとがき】

 ・徙の報 -うつのほう-

 たかが異動…ですが、その異動連絡を起源に、全てが動き出します。

 ※移ろいの果てに還る因果の始まりの回になります。


【予告】

 ・空鳴の時刻 -あくなりのとき-

 ついにアラートが飛びます。すみません、用語が多くなります。

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