第1話 ジャスミン茶

 とある組織のシステム開発部分室でのお話。

 作業フロアにアーサーが出勤してきた。


「ダルトン、調子どう?」


 アーサーが声をかけると、室長のダルトンは作業の手をとめて顔をあげた。


「よう、アーサー。いいぜ。そっちは?」


「同じく。でも週明けだと指示書がたまりまくってるなぁ」


 アーサーは立ち上げたPC の画面を見ながらそう言った。彼の画面には、既に多くのタスクファイルが届いていた。 その中から、一番古い日付のファイルをクリックした。が、画面がとまったのか、反応がない。


「? あれ?」


 不安げに画面を見つめていると、次の瞬間、警告音が鳴り響き、画面が赤く点滅し始めた。


〈重大なエラーが発生しました〉


「なっ、なに?」


 画面には次々に変わるエラー内容が表示されてゆく。アーサーは咄嗟とっさにLANケーブルを引き抜いた。


〈〇〇.txt を削除しました〉

〈ファイルが見つかりません〉

〈復元できません〉


(データが消えてる? 何? ウィルス!?)


 止め処なく流れるメッセージに、成す術もなくあたふたしていたアーサーの背後から、ダルトンが腕を伸ばして言った。


「まだこんなアホなプログラムを作る奴がいるのか」


 ダルトンは冷ややかに言うと、そのままESCキーを長押しした。

 画面の点滅が止まり最後の一言が表示された。


〈あ、勘違いか? すまん。なんでもなかったわ。by 俺〉


「あ、あのやろぅ」


 その表示に〈俺〉が誰なのかをすぐに察したアーサーは、その足でヒューイのいるボビーの班長室へと向かった。


 ◆


 班長室のボビーの部屋のドアが勢いよく開く。


「ヒューイ!!」


 すると、中にいた作業フロアに向かう前の、ヒューイが


「おはよう。アーサー」


 と待っていたかのように笑いかけて来た。


 部屋には班長ボビーの好きなジャスミンティの香りが漂っていた。

 差し出されるティーカップを受け取りながら、その香りに少し落ち着いたアーサーは


「お前、俺のPCに仕込むのをいい加減にやめろよ!」


 とだけ告げた。

 ヒューイは、無邪気な笑みを浮かべたまま


「だって、エラー対応できんのお前くらいじゃん。ほかの奴らに仕掛けたらパニックになっちまうぜ」


 とうそぶいた。


「はぁ? マーカスにしろよ! 友達だろ?」


 あきれるアーサーにヒューイは


「マーカス? あいつね、心配性だから」


 とだけ告げた。


「そうか? そうは見えないぜ。ま、とにかく、二度とするなよ」


 アーサーはそう言うと、カップの中身をいっきに飲み干し席を立った。すると、


「また遊ぼうぜ、アーサー」


 ヒューイが再び話しかけてきた。


「お前が俺で遊んでるだけだろう!」


 アーサーはそう言い残して、班長室を出ていこうとした、そのときだった。


「お。アーサー、おはよう」


 入れ替わりで班長のボビーが入って来た。


「おはよう、ボビー。あんたンとこの兵隊、しっかり見張っといてよ」


 すれ違い様にアーサーはそう言って出ていった。


「……なんかしたのか?」


 ボビーがヒューイに尋ねると、


「さぁ」


 ヒューイはとぼけてみせた。


「『さぁ』じゃないだろう。規則は守れと教えているよな。ちゃんと謝ったのか?」


「さぁ」


 ヒューイは笑いながら、湯気の立つカップをボビーの目の前に差し出した。


「昨日は遅かったから、今日はちょっと濃いめで淹れておいた」


「まったく、あとで謝るんだぞ」


 ボビーはカップを受け取り、お茶を飲み始めた。その様子を見ながら


「はい」


 ヒューイはまた、楽しそうに笑った。


 ◆


 昼休みに入り、休憩室では、マーカスがヒューイに注意をうながしていた。


「ヒューイ いい加減にしろよ。PCに仕込むなんてご法度はっとだろう。ボビーに叱られるぞ」


 あきれるマーカスをよそに、ヒューイは答えた。





 ----

(本文ここまで)


【あとがき】

 ・ジャスミン茶 -ジャスミンティ-

 このシーンで上司ボビーと部下ヒューイの仲の良さがご理解頂けたらとは思ったのですが…PCでの悪戯いたずらの方が目立つ回です。


【予告】

 ・徙の報 -うつのほう

 ヒューイ達の経歴と同期のディックの話になります。

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