第15話 徒雲の回帰線

「散々人を巻き込んでおきながら、その責任すら取らない気か」


 ダルトンの声は、ヒューイの中で〈圧〉となって響いた。


「やりたいことだけやって、都合が悪くなれば『自分だけ』を大義名分にして、ほかの奴らはどうでもいいって言うのか」


 ダルトンの叱咤しったが続く。


「そいつを案ずることもなく、放置するのか。違うだろう。 それともお前、その程度の覚悟でことを起こしたのか」


 その言葉を聞いたヒューイは、軽いめまいと共に、息苦しさに襲われた。同時に


『逃げても、大丈夫だよ』


 とマーカスの声が聞こえた。


(マーカス。もう逃げないよ。俺、大丈夫だから)


 そう言い聞かせて、ヒューイは顔を上げた。


「あんたの言う通りだ。俺はなにも考えてなくて……、受け入れてくれて……、みんなは……。でもできなくて、覚悟すらなくて……」


 息が途切れ、話がまとまらない。

 彼は息苦しさの中で、


「……もう迷惑はかけられない」


 やっとの思いで、それだけを告げることができた。


 そのときだった。


「休憩したい? それとも続けるかい?」


 ダルトンはヒューイの様子を見ながら尋ねた。


「えっ……あっ……」


 急な気遣いにヒューイが戸惑うと


「まずは座れば? 落ち着いたら君のペースで話せばいいから」


 とダルトンはうながした。


 言われるがままにヒューイは椅子ソファに座り、息を整えた。

 ダルトンはそれ以上は語らず、部屋は静かな空気に包まれていった。


 やがて、ヒューイは語り始めた。


「俺……馬鹿やってるときって、なんか安心できたんだ。考えなくてもいいって言うか……」


 ヒューイは落ち着きを取り戻していった。


「でも一人になると無性むしょうに不安になる。それで……いつの間にかマーカスを探してたりするんだ」


 その語りは穏やかに続いた。


「だから……マーカスがいなくなるとか、考えたくなくて……」


 それに答えるようにダルトンが口を開いた。


「それは、お前の中に安心したいって思いがあっただけで、別におかしなことではないと思うが」


「……でも、それじゃだめなんだ。あいつを道連れにはできない」


「ヒューイ」


「いまさらだけど……失ったものは取り返せないんだ。信用も、信頼も、友達も……俺のせいだ」


 彼の心は決まっているかのようだった。


「そう思うとつらくて……だから、俺はもう誰とも関わっちゃだめなんだ」


 その言葉を受けて、ダルトンは静かに問いかけた。


「つらいから……だから、独りを選ぶと?」


 その問いにヒューイは寂しく笑った。その笑みは、彼の覚悟を物語っていた。


「地獄に堕ちるのは、俺一人で充分だ」


 その答えに、ダルトンは再び語りかけた。


「確かにお前は動いた。一度、起こしてしまったことは取り消せない」


 ヒューイは責められ、再び顔を伏せた。


「ボビーが辞めることも、アーサーたちがお前たちを失うのもな」


 その言葉の重さに、再び息苦しさを感じ始めていた。


「いいか、なにかを起こすというのは、責任がともなうということなんだ。それがつらいと思えるほどに」


 それでも、ヒューイは逃げずに、その言葉を受け止めていた。そのときだった。


「ヒューイ。つらいときに、つらいと言えるのは、弱さじゃない。強さだよ」


 それは、咎められると思っていた彼にとって、予期せぬ言葉だった。


「ダルトン……」


 叱咤され、萎縮いしゅくしていたヒューイが、思わず顔を上げると、そこには優しく微笑みかけるダルトンがいた。


「覚えておくんだ。一緒にいたいと思う気持ちは、間違いでもなんでもないんだ」


 ダルトンは微笑みを浮かべたまま、語り続けた。


「大丈夫。お前は強いよ。もう失敗はしない」


 その声はヒューイの中に染み込んでいった。


「道連れにしたくないと思うほど、大切にしてるんだな」


 ダルトンもまた、言葉を紡ぎ始めた。


「だけど、一緒にいることで安心できるのなら、それはそのときが一番自然でいられるからなんだ」


 肯定される度にヒューイは、息苦しさを忘れていった。


「だから、迷惑だからとか思わなくていい。安心できて嬉しい。それだけでいいんだ」


 一旦、様子を見るために話が途切れた。

 ヒューイは何も言わなかった。

 ダルトンはヒューイの呼吸が乱れていないことを確認して、再び話し始めた。


「たしかに、その甘えが今回の事件を引き起こした」


 ダルトンは室長としての顔を見せ始めた。


「半端な覚悟でシステムに手を出したことは間違いだ。二度とやってはならない」


 ヒューイは何も言わずに黙って聞いていた。


「やったことは取り返せないからな。成功でも失敗でもだ」


 決して、優しいだけでない言葉が続いた。


「いいか、ヒューイ。地獄に落ちる覚悟があるなら、ここが地獄だ。踏みとどまってみろ」


 その言葉に、ヒューイはピクリと反応を見せた。



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(本文ここまで)


【あとがき】

 ・徒雲の回帰線 -あだぐものかいきせん-

 ヒューイ徒雲の人との繋がりを絶とうとする決断が、修復回帰線出来るのかというお話です。


【予告】

 ・鼓動の極星 -こどうのきょくせい-

 室長ダルトンの決意を書きます。

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