第16話 鼓動の極星

 その言葉は、改めてヒューイの覚悟を自覚させるものだった。


「そして、逃げるな。どんなときでも、どんなことでも、どんなところでも、できるんだってところを見せるんだ」


 ダルトンの〈逃げるな〉の言葉に、

 ヒューイは一瞬の戸惑いを見せた。


「俺……」


 覚悟はしている。そう思っても、発作が起こったら……そう考えると自信がなかったのだ。


 その様子を汲み取ったかのように、ダルトンは


「そして疲れたら、頑張らなくていい。安心する場所に戻ればいいんだ。SIS分室がそうだったように」


 と語りかけて来た。


「SIS分室」


 ヒューイの心には皆の顔が浮かんだ。


「間違えないで、ヒューイ。君はなにもしなかったんじゃない。安心してたんだよ」


 ダルトンの言葉はヒューイを否定するものではなかった。


「それはみんなもわかってた。だから、誰も君をとめなかったんだ」


 ダルトンはそこで一息入れた。

 その後、ヒューイがまだ話し始めないことを確認してから、話を再開させた。


「履き違えでことは起こった。起こったことは取り返せない」


 ダルトンにもまた、

 室長として伝えなければならないことがあった。


「でもそれについての対策ができれば、恐れることはない。逃げる必要もないんだ」


 彼は静かに言葉をつむぎ始めた。


「逃げずに、まずは受けとめることから始めればいいんだ」


 午後の陽射ひざしがカーテン越しに差し込み、部屋を柔らかく包み込んでいた。


「すべてを受け入れて、受け入れるキャパがいっぱいになったら――そのときは、休めばいい」


 なにかが静かにほどけていくように、色がふわりと抜けていった。


「休んで、いまの自分にできることを模索もさくすればいい。それだけだから」


 白く透けてゆくような感覚の中で、ダルトンの声だけがはっきりと響いていた。


「地獄に堕ちるっていうのは、そういうことなんだ。逃げてたら、なんの解決にもならないって、わかるだろう」


 彼の穏やかで、迷いのないその目が、まっすぐにヒューイを見つめる。


「解決したければ、逃げてはだめなんだ。大丈夫。いまのお前なら、それができるから」


 そしてダルトンは、確信に満ちた笑みを、ヒューイに投げかけたのだった。


 ヒューイはもう〈圧〉を感じることはなくなっていた。


「教授も、俺たちも、アーサーたちも、お前ならできると思ってるよ」


 教授と言われヒューイは、専科時代に親身に見守ってくれた、ベイジル教授を思い出した。


「一緒にいるのは道連れじゃない。支えてくれる相手なんだ。これだけは忘れないで。お前は一人じゃない」


 すぐに返事のできないヒューイに、

 ダルトンは一旦、声を掛けるのをやめた。

 そして、ヒューイの呼吸が荒くなっていないことを確認し、さらに一呼吸置いて、話しを続けることにした。


「お前は、それがちゃんとできてる。大丈夫だ」


 そのときだった。

 ヒューイの中にマーカスの声が響いた。


『大丈夫、どこにも行かないよ、ヒューイ。ここにいるから。ね。僕の声は聞こえてるかい。ヒューイ。ちゃんとここにいるよ』


『大丈夫 』


 それは彼が何度も励まされた言葉だった。

 そしてダルトンは優しく伝えた。


「大丈夫。みんなで見守ってるから」


(逃げるなと…負けるなと…みんながいるからと…)


 ヒューイは心の中で何度も、何度もつぶやいた。

 やがて一言


「はい。室長」


 と返事をした。

 言葉よりも、あふれ出した涙で、

 ヒューイはそれだけしか言えなかった。

 その様子を見て、ダルトンは静かに微笑んだ。


「幸運を。ヒューイ」


 ◆


 翌日

 ヒューイは教育課のメインサーバールーム・管理室にやって来た。


「すごいな。ここのサーバーは。これで教育システムの分だけなのかな」


 教育課の専科棟。メインサーバールームに、まるで本棚かなにかのようにズラリと並んだコンピュータを見て、ヒューイが目を丸くした。



 ----

(本文ここまで)


【あとがき】

 ・鼓動の極星 -こどうのきょくせい-

 心の中心で、脈打つ「鼓動」の揺るぎない極星想い(=決意)の回です。

 ヒューイは新たに歩き出します。


【予告】

 ・未踏の煌めき -みとうのきらめき-

 新天地へと移って行きます。


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