第14話 始まる前から負けている。
「…まさかあなたが、私のいる高校に教育実習生としてくることになるとは夢にも思っていなかったわ」
「それは考えが少し足りないんじゃないですか?」
私は笑うと、一歩踏み出す。
「自分の出身高校が教育実習の赴任先に選ばれることって、けっこう普通のことですよ?」
顔を近づける。
「あぁ、そうか。栞は、私がこの高校の出身だなんて知らなかったんでしたっけ?」
顎に手をふれ、くぃと持ち上げる。
「…やめて…せめて学校内では、名前で呼ばないで…」
「へぇ…」
周囲には誰もいない。遠くの方でまだ残って部活をしている生徒たちの声がかすかに届いてくるだけだ。別に誰に聞かれるわけもないのだが、ここは大人しくその言葉に従うことにした。
「じゃぁ、葵坂先生」
「…なに、結城先生」
今は、大学時代の先輩と後輩としてではなく、高校の教師と教育実習生として話をすることにした。少し、おかしくなる。先生、先生って、言葉だけは立派なものだけど、その中身なんてこんなものだ。
葵坂栞は、私の大学時代の先輩で。
私、結城綾奈の先輩で。
とはいっても、私が大学一回生の時に葵坂栞は四回生だったから、実質、顔を合わせたのは1年間だけだったのだけど。
先に告白したきたのはどっちだったかな…あの頃の私は、とにかく顔のいい相手には誰かれかまわず声をかけていたので、少なくとも美人、の範疇に入る葵坂栞に対しては私から声をかけていたかもしれない。
ピロートークの後で、卒業したら教師になると言っていたのを覚えている。別れた理由はなんだったかな?卒業したから、自然消滅だったとも思う…そもそも、その時すでに、私には別の彼女がいたし…それも複数。
「葵坂先生に、ちょっと尋ねたいことがあるんですけど」
「…なぁに?」
「ここじゃちょっと言えないので、場所変えません?」
周囲に誰もいないなんてことは分かっている。
これはただの口実で、ただたんに私が場所を変えたかっただけで、そして、この人は私の言葉に逆らうことができないなんてことは分かっている。
個室。
だれにも見られない場所。
高校の建物の中で、完全に独立性が守られる場所。
「…どうして、こんなところで…」
栞が小さくそうつぶやいた。葵坂先生、というのはもういいだろう。栞、でいいだろう。
教師の時間は終わり。ここからは、私のプライベートな時間だ。
場所もプライベートな場所だし。
ありていにいって、私たち二人は、トイレの個室にこもっていた。
「…ここなら、絶対に誰にもみられませんから
そういいながら身体を密着させる。狭いトイレの個室の中で、スーツ姿の女二人がひっつき、くっつき、お互いの体温を共有している。
お互いの吐息が近い。
はぁ、はぁと、口から吐き出す息の音と匂いを感じる。
「…やめて」
「まだ何もしてませんよ?」
するのは、これからですから。
栞を便座の上に座らせる。
上から笑いかけながら栞を見下ろす。はぁ。はぁ。栞は自分の吐息でかけてる眼鏡を曇らせている。頬が少し蒸気している。嫌がっている、ように見える…見えるけど、本当は悦んでいることを、私は知っている。
スーツのズボンを自ら降ろさせる。紺色のそれの下から、履いている下着が見えた。
「…へぇ」
これはこれは。
学校の先生が、ねぇ。
「趣味なんです?」
笑いながら、手を伸ばす。
レースが美しく組み込まれたそれは、うっすらと中身が見えていて。中身がみえるということは下着としての機能を十分に果たせてはいないのかもしれないけれど…そもそも、目的は「隠す」ことではなく「見せる」ことなのだろう。
それも、できるだけ、淫靡に、卑猥に。
「…あなたが」
来るって、聞いたから。
栞はうつむいたまま、そう答えた。
なるほど。なるほど。
「期待、してくれていたんですね」
「…仕方ないじゃない…綾奈」
結局、栞も私の名前を呼んできた。私は少し口角をあげて笑う。
「なんですか、葵坂先生」
「先生はやめて」
「あれ…さっきと言っていることが違いますね。先生は、先生じゃないんですか?」
「…意地悪言わないで」
とろんとした瞳で、栞は私を見上げてくる。
この瞳だ。
大学時代、何度も何度も見た、栞の瞳。
美麗の瞳がフラッシュバックする。
語りかける瞳。
「うるさい」
「…綾奈?」
全部全部、消してやる。
「優しくは、できませんよ?」
私の言葉に、栞は、こくんとうなづいた。
「変わっていませんね、先輩♪」
ぺろっと指を舐めて、個室の床を見る。
そこには、ぐちゃぐちゃになった下着が落ちていた。
「…これ、もう履けませんね?捨てておきましょうか?」
私は満足して、そう言った。
「私の作戦は、名付けて【えっちな下着でおねえちゃんを誘惑しよう作戦】だよ」
にこにこと笑いながら私は古都巴にとっておきの作戦を伝えてみた。
古都巴はしばらく考えていたけど。
「悪くはない、かもね」
と答えた。
そして、私の方を振り向くと、
「…美麗の、えっちな下着…」
なぜか顔を真っ赤にして私を見つめてくる。
いやぁ…ははは。何か、照れるね。
「今日、買いにいく?」
「うん、古都巴、付き合ってくれる?」
「もちろんいいけど…」
このセーラー服のままで行ってもいいのかな?いったん家に帰って着替えてからの方がいいのかな?といった。確かに。というか、そもそも私はジャージだし。
「じゃぁ、着替えたら迎えにいくから」
古都巴はそういい、私もうんとうなづいた。
「絶対、お姉ちゃんを誘惑してやるんだ…」
「…」
でも、先に見るのは私だからね…と、古都巴が小さくつぶやくのを、私は聞き逃さなかった。
「あ、先生、どこに行っていたんですか?」
もう暗くなってきていた美術室の中で、電気をつけて後片付けをしていた柿沼アコは、ふらりと力なく入ってきた美術部顧問の葵坂先生の姿をみると、少し怒ったような口調でそう告げた。
アコの通っているこの高校は、文化祭が7月に開催される。
だから放課後おそくまで残って文化祭用の看板の準備をしていたのだけど。
「ちょっと資料をとりに行ってくるわね」
といって出ていった顧問がなかなか帰ってこなかったので、鍵をしめることもできず、アコは美術部員の中でただ一人残って留守番をしていたのだ。
「そうですよ。待ったんですから、先生」
「そもそもなんで毬藻がここにいるのよ。あなた、美術部じゃないでしょう?」
「うん。私、バスケ部」
「関係ないじゃない」
「だって、アコがいるもん」
美術部員はみんな帰ったのに、なぜか部外者の毬藻が一緒に残って教室の中で暇そうにしていた。
手にしたバスケットボールを使って遊んでいる。
もしも看板にぶつけたらコロス、と思っていた矢先に、やっと先生が帰ってきたのだ。
「…ごめんなさいね」
葵坂先生はそういうと、ふらふらと近づいてきた。
「鍵、私が閉めておくから、あなたたちはもう帰りなさい」
「はい、先生」
先生は体調でも悪いのか、頬を赤く上気させていてる。
「先生、大丈夫?」
「桃栗さん、有難う。私は大丈夫よ」
そう言いながら奥に入っていく葵坂先生をあとにして、アコと毬藻の二人は美術室を出て行った。
「…先生、パンツ履いていなかった」
「突然何をいうのよ、毬藻!?」
「え、パンツ」
「だからそうじゃなくて…まぁいいわ」
帰宅途中、毬藻に自転車をこいでもらい、アコはその後ろに立っていた。らくちん。
「見間違えじゃない?」
「私はパンツには詳しいんだ。間違えるはずがない」
なぜか自信満々の毬藻。
「…まぁ、そういうこともあるんじゃない?」
「ちなみにアコのパンツはお気に入りのクマちゃんパンツ」
「なんで知ってるのよ!?」
アコが毬藻の頭をたたき、バランスを失った自転車はそのままふらふらとしてさ迷ったあと、盛大にこけた。
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