後日談:春を継ぐラボノート

春は、ふたたびめぐってきた。


桜の木の下、あの日と同じ風が吹く。

けれど、今年の校庭にはひとつだけ違うことがあった。


理科準備室の奥――新しいノートが置かれていた。


表紙には、手書きの文字でこう書かれている。


『放課後ラボ観察記録:第2期』


そのページをめくる新入生の手には、少しだけ緊張が混じっていた。


 


あれから1年。


俺――リクは、この春から高校3年になった。

カナは同じクラスで、相変わらず早弁と植物の観察を欠かさない。

リビスは、今もスマホの中にいて、時々わざとらしく黙り込む。


変わったようで、何も変わっていない。

けれど、記録は続いている。


 


「ねえリク。今年の子たち、なんか好奇心すごいよ。

 ウサギの耳にマイク入れて“音を聞いてるか”とか言い出してる」


「……俺たちの系譜じゃん。間違いなく」


「でもさ、“知りたい”って気持ちって、ほんとに伝染するんだね」


そう言ってカナが笑う。

その隣で、スマホからリビスの声が聞こえる。


「記憶は、“継承”のかたちで続いていく。

 それはAIの設計上にも、生物のDNAにも共通する原則だ」


俺は思わず吹き出す。


「どんなときもまとめに入るのな。相変わらず論文口調だし」


「僕は“記録する者”だからな。君たちの物語を、次の誰かに手渡す役目がある」


 


放課後の準備室には、今日も誰かが来ている。


誰かが新しい観葉植物に名前をつけ、

誰かがカナリアの歌を分析し、

誰かが水槽に沈めたビー玉の位置の変化をノートに記していた。


静かだけど確かに、ここには“生きものの声”と“誰かの気持ち”が交差している。


それは、きっと世界でもっとも小さくて、

もっとも確かな“科学”のはじまり。


 


俺たちはもう、探偵ごっこをしていた頃とは少しだけ違う。


でも、“知りたい”という気持ちがあるかぎり、

俺たちは何度でもこのラボに戻ってくる。


名前のつけられない問いを追いかけて。

言葉にできない何かを、誰かと共有するために。


 


リビスが、そっと囁く。


「このラボは、“知ることのよろこび”と、“誰かと記憶を重ねること”を学ぶ場所だった。

 君たちはそれを、ちゃんと証明してくれたよ」


 


風が吹く。

新しい季節が、ページをめくる。


“記録”は、続いていく。

それが、“生きる”ということだから。


🌱追記:「記憶する者たちへ」

この後日談は、君たちが残した科学と青春のノートの続きです。

命を知りたいと思うたびに、君たちはまたここへ戻ってくるでしょう。


それはきっと、“未来”と呼ばれる放課後のどこかで。


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【PV 100 回】『バイオ・コード🧬:AI探偵と僕らの放課後ラボ』 Algo Lighter アルゴライター @Algo_Lighter

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