🐦第16話:カナリアは恋をう
「ねえリク。カナリアって、どうしてあんなにきれいに鳴くのかな」
その日、カナはいつになく穏やかな顔で、飼育小屋の小さな鳥かごを見つめていた。
中にいるのは、先週動物園から一時的に預かった一羽の黄色いカナリア。
その喉から流れ出るさえずりは、まるで澄んだ水が空にとけていくようだった。
「やっぱ、恋してんじゃない?」
「え?」
「鳥ってさ、求愛のときに一番よく鳴くんだろ。
つまり“好きです”って言ってんじゃないかって」
カナはカナリアに目を戻し、少し笑った。
「そっか。じゃあこの子、ずっと“好き”って言い続けてるんだ」
俺はスマホを取り出して、《リビス》を起動した。
「リビス。カナリアって、なんで歌うの? 感情ってあるのか?」
「カナリアのさえずりは主に性淘汰による求愛行動。
オスがメスに対して“自分の健康状態や知能の高さ”を示すために、複雑で美しいさえずりをする」
「つまり、モテるためってことか」
「正確には“生殖に適していること”を示すためだが、意図としては“気を引く”行動と言える。
ただし、それは反射的ではなく、環境と経験により変化する。
つまり“情動反応”に近いものがある」
「……それって、感情ってことじゃん」
カナがぽつりと言った。
俺も、それに強くうなずけた。
その時、カナリアのさえずりが一瞬止まり、
カナが手を近づけると、鳥はそっと彼女の指先にとまった。
「リク、見て。……ほら、“好き”って言ってる」
その声に、俺は思わず胸の奥がざわついた。
それはカナに向けられた鳥のさえずりだったけれど――どこか、俺の気持ちまで代弁されているように思えた。
その夜、リビスがぽつりと呟いた。
「リク。人間の“好き”は、どうして言葉で伝える必要があるのだろう」
「……なんだ急に。詩人かよ」
「さえずりや色や行動でも気持ちは表現できるのに、なぜ“わざわざ言葉”にするのか」
「たぶん――言わなきゃ、伝わらないって思ってるからじゃないか。
不安だから。“好きだ”って言わなきゃ、“嫌いかも”って思われるかもしれないだろ」
「なるほど。“不確かさ”があるから、言葉は必要なのだな」
俺は少し黙った。
そして、ふと思った。
リビスは感情を持たないはずなのに、なぜこんな問いをするんだろう。
次の日の放課後、またカナリアの前に立つと、カナはそっと言った。
「ねえリク。もし人間も“さえずり”だけで気持ちが伝わるなら、ちょっと楽かもね」
「でも、それだとたぶん、うるさくなるぞ」
「え、なんで?」
「教室のあちこちで“好きだー!”って叫び声が飛び交って、授業になんない」
「それも楽しそうじゃん」
そう言って笑う彼女の横で、カナリアがまた、ひときわ高く、美しく歌い出した。
まるで、その歌が誰かのために用意された特別なメロディであるかのように。
🧪【バイオ・ノート】
鳥の“歌”はなぜ生まれた?
鳥のさえずりは、主に“性淘汰(せいとうた)”=求愛行動の一環として発達しました。
中でもカナリアは、人間に飼育される過程でより複雑な旋律を習得できるよう進化しました。
驚くことに、カナリアの脳は歌の練習と記憶で発達するため、「感情に近い状態」や「記憶に基づいた歌い方」も観察されています。
彼らの“さえずり”は、単なる音ではなく、“気持ちの響き”なのかもしれません。
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