🗺第15話「水たまりの地図」

雨が上がった次の日の朝。

俺は校庭を歩きながら、ひとつの奇妙なことに気づいた。


「……また、同じ場所にできてる」


水たまりだ。

毎回、ほとんど同じところに、同じ形で現れる。


しかも、その並び方が、まるで“線”みたいに続いている。


「なあカナ。これって、ただの偶然か?」


「うーん……でも、確かに“パターン”っぽいよね。

 地図の線みたい。ほら、ここで曲がってるし」


二人で俯いて校庭を見下ろすと、ぬかるみの中に並ぶ水たまりが

ぐねぐねと曲がりながら、まるでルートを描いているように見えた。


俺はスマホを構えて、上から写真を撮った。

つなぎ合わせると、1本の線が浮かび上がる。


「これ、何かの“通り道”じゃないか?」


 


理科準備室に戻ると、AI《リビス》がすぐに解析を始めた。


「位置データ照合中……一致あり。校庭下の“旧排水管ルート”と重なる。

 経年劣化により、微妙な沈下と土壌の密度変化が生じ、水の滞留を誘導していると推測される」


「つまり、見えない地面の“へこみ”に雨水が集まってるってこと?」


「その通り。“見えない地図”が、雨の日にだけ浮かび上がるというわけだ」


 


その言葉を聞いて、俺は少し感動した。

何でもない水たまりが、地中の歴史を教えてくれていたなんて。


けれど、それだけじゃなかった。


 


カナが小声で言った。


「ねえリク……ここ、アリも通ってるよ」


彼女が指差したのは、水たまりの合間を縫うように続く、アリの行列。


「毎日、同じルート。しかも、あの“地図の線”とぴったり重なってる」


俺たちはしばらく沈黙した。


もしかして――この水たまりの線は、

**生きものたちが通る“道しるべ”**にもなっていたんじゃないか。


 


「リビス。アリって、地形を感知して道を選んだりする?」


「アリはわずかな傾斜・湿度・匂い・光の反射など、極めて細かな環境情報をもとにルートを最適化する。

 排水跡や地面の凹凸を利用して移動経路を構築する行動は確認されている」


「……じゃあ、ここは“校庭の地下情報”が地上ににじみ出てる場所ってことか」


「その通り。“雨の日にだけ見える校庭の記憶”とも言えるだろう」


 


俺は水たまりをなぞるように歩いてみた。


どこかで聞いたような音が、ぬかるんだ靴底から伝わってくる。

ふいに、自分が“誰かの通った道”の上を歩いているような気がした。


 


「……もし地面に記憶があるならさ、私たちが通ったことも残るのかな」


「たぶん。足あととか、体温とか、においとか、土の圧力とか。

 全部、少しずつ、地面に書き込まれていくんだと思う」


「じゃあ、わたしが泣いたときの足あとも、地面が覚えてたりして」


「それも、水たまりになって残ってたりな」


 


カナは笑って、そして静かに言った。


「見られない地図って、ちょっと優しいかもね」


 


🧪【バイオ・ノート】

なぜ水たまりは毎回同じ場所にできるの?


水たまりが毎回同じ場所にできるのは、地面のわずかなへこみや、土の密度の違い、地中の配管や根の影響が関係しています。

雨が降ると、その見えない構造が水の流れや滞留に影響を与え、“毎回同じ形”に見えるのです。

また、アリや小動物は、そうした微妙な地形の違いを敏感に感じ取り、移動の“ルート”を選ぶための目印として利用しています。


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