第6話 星の王子様

スピカは、忍に送って貰って礼も言わずに部屋に閉じこもってしまった。


しばらくすると母が部屋にやって来た。

ベッドの端に座っていたスピカは、また叱られる、と俯いた。


しかし、母は小さな包みを差し出した。


「・・・スピカちゃん、これ、佐藤さんからお預かりしたの」


開けてみてと言われてそっと取り出すと、中からラッピングされた冊子が出て来た。

薔薇ばら色のリボンがかけてあった。


可愛らしいイラストで描かれた絵本のようなもの。


「可愛いわよね。・・・これね、突然宇宙人だって分かっちゃった子の為に作ったんですって。・・・あの・・・びっくりしたでしょ。ごめんね、ママ達、ちゃんと教えて来なかったから・・・」


悲しそうに、申し訳無さそうに母は小さく、ごめんね、とまた言った。


「・・・ママとパパも、こっちの暮らしに慣れるのに必死で。でも慣れたら慣れたで、快適でね。・・・このままスピカちゃんと三人、全く最初から地球人の親子みたいな暮らしができるんじゃないかなって思っちゃったの。・・・このまま幸せにって、思っているうちに、15年。15年って、びっくりするくらい盛りだくさんで、すごく早い・・・。まだ子供、まだ子供、と思っているうちに。でも、もう15年・・・。あなたはもう小さな子供じゃないのに。ごめんね」


しつけにはうるさいが、あとはあまり物事には拘らず構わない、いつものんびりマイペースで楽しそうな母が、こんなに心細そうなのは初めて見た。


「・・・うん・・・もう、いいよ」


戸惑いは山盛り。

だが、不思議と、怒りは特に無いのだ。


スピカはじっと冊子を眺めていた。


「・・・スピカちゃん。・・・佐藤さんてね、ママ達と事情が違うのね・・・」

「え?」

「・・・ママ達は、自分の意志で勝手に来てしまったのね。・・・でもγガンマ星・ナシラさんは・・・。故郷が無くなってしまったの・・・」


何のことだろう?とスピカは黙っていた。


「・・・ママもそれほど詳しいわけじゃないんだけど。・・・ちょっと前にね、やぎ座あたりの星が突然消滅してしまったの。・・・佐藤さんのお父様は王国のたった一人の生き残りなんですって。・・・まだ小さかったらしいの。ご家族が、必死に彼だけを地球に逃したのよね・・・」


スピカは突然の大きな話を受け止めきれず、困惑したまま俯いていた。


「・・・佐藤さんのお父様、自分もとても悲しくて、辛かったのだと思うのね。・・・だから、他の困ってる宇宙人を助けるお仕事始めたのよね・・・。お父様のその話を聞いて育っているから、佐藤さん、皆さんにいろいろと親身になってくださるのよ」


駆け落ちしただの、出て来ちゃったのだと言いながら、よく両親は空を眺めて、あのあたりがパパの実家、こっちがママの実家、なんて言い合っている。


頭のおかしい人達なんだと思っていたけれど、それが本当だとして。


もう忍と忍の家族には、見上げる故郷の星すらないのだ。

それはきっと、悲しく心細い事だろう。


「・・・ん?・・・王国・・・って何?」


ああ、と母が頷いた。


「王様のいる国の事。イギリスとか、デンマークとか、日本もそうよね。だから、佐藤さんて、場所が場所なら、王子様なのよ?」


・・・佐藤なんて名字の王子様いるかよ。


スピカはバカバカしさに、ため息をついた。



翌日、スピカは学校での昼食の時間、柚木子ゆきこにお菓子を差し出した。


天気の良い日は、教室ではなく、中庭の端っこのオリーブの木の下のベンチで昼食を食べるのが、二人の定位置だった。


「良いなあ。スピカんち喫茶店だから、お弁当もなんかお店みたいだもんねー。クラブハウスサンドイッチとか普通、作ってもらえないよ?」


正式にはこれはネプチューン・クラブハウス・サンドイッチである。


どのあたりが海王星ネプチューンなのかと言うと、多分、白身魚とかエビが入ってるからだろう。


そう言う柚木子ゆきこも、漆塗りの重箱の松花堂弁当だ。

そっちの方がすごいと思うけれど。


スピカが一つサンドイッチをあげると、柚木子ゆきこが大ぶりの巾着寿司と松風焼をくれた。


「んー、美味しい!・・・スピカんちのお父さんとお母さん、面白いよねえ。この間、土曜の昼にやってる、"ナイス・ナイス・サタデー"のさ、"突撃!隣の名物店長!"に出てたじゃない?」


「・・・ああ、うん・・・」


地方局の番組で、名物喫茶店のマスターとママとして紹介されていた。

収録を見ていて、あまりにも両親がいつもの調子だったものだから、自分としては目も当てられなかったけれど、なぜか評判が良かったらしく、それ以来、店は大繁盛だ。


「あのジュピタージュピタークリームソーダ、すっごい美味しそうだった!あれ何味なの?!」

「・・・全く普通の、メロンソーダ。・・・あ、ねえ、これ」


スピカはお菓子の入った紙袋を差し出した。


「わあ!どうしたのこれ。何これ?!」

「・・・店長が、いつも二人で来てくれるからってサービスだってくれたの」


それは半分ウソだけれど。

でもきっと、店長だって、二人で食べろと言うはずだ。


「本当?・・・何だか全部見た事ないお菓子だよねー?」


柚木子ゆきこが笑顔で一つ頬張った。


「うっわっ!甘い!!・・・激甘!・・・これで1キロは泳げそう・・・」

「すごい燃費!」


二人は笑いながら、甘い甘いと口に放り込んだ。


「・・・ねぇ、スピカ・・・」

「何?」

「・・・あの、昨日の、佐藤さん・・・」


突然忍の話題を振られて、ドキッとしてスピカは一瞬息を止めた。

何か違和感あって、宇宙人なのが、バレた?


「・・・な、何?」


うん、と柚木子ゆきこが珍しくはっきりしない。


「あ、あのさ・・・。彼女、いるのかな・・・?」

「・・・はあ?」


あまりにも意外な質問でどっと力が抜けた。


「・・・え・・・わかんない・・・。でも、おじさんだから・・・おばさんの彼女がいるんじゃない・・・?・・・あ、結婚してるかもしれないしね・・・」


えぇ・・・?!と柚木子ゆきこが悲鳴を上げた。

それが聞いたこともない落胆、悲痛ぶりで。


「・・・って、え?え??」


スピカは驚いて親友を見た。


「・・・いや、でも・・・ゆっこ、彼氏、いる、よね・・・?」


二人で会ってもスマホでゲームばっかりしている、なんとかと言う彼氏がいるとよく言っていた。


そうだけど、と柚木子ゆきこが顔を手で覆った。


「・・・そうだけど・・・。だって、好きになっちゃったんだもの・・・」


頬を薔薇ばら色に染めて、目元まで赤い。


こんな彼女を見るのは初めて。


「ねえ!?何でも良いから教えてよ!・・・佐藤さんて、どういう人なの?!どんなおうちの人!?」


あまりにも必死に言われて、スピカは困ってしまった。


自分だって、彼と知り合ったのなんてついこの間だし、身の上話は母から聞いた程度。


「・・・な、なんか、お、王子様・・・的な・・・?・・・先祖は王様・・・だったとかって・・・」

「・・・ええ・・・?!・・なんか・・・でも、分かる・・・」

「えっ!?・・・どのあたりが・・・?」


全部、と柚木子ゆきこが身を捻って答えた。


「・・・そう・・・?」


・・・佐藤、どうすんだよ。


スピカは、心の中で呟いた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る