第7話 拘束具

忍は土曜の午後、喫茶七夕を訪れていた。


仮縫いの話が聞きたいとスピカに呼び出されたのだ。


ランチタイムも過ぎ、静かにコーヒーを楽しむお客がちらほらいる程度で、店は落ち着いていた。


昼食がまだであると知り、「先にスピカちゃんとお昼食べちゃって」と言われ、忍はペリオデイックコメット周期彗星カレー、スピカはエックス線フレアオムライスを食べていた。


「・・・いやいや、話がやっと進む。仮縫いも時間かかるわけだから・・・。でもなんで急に?」


忍が仮縫いに必要な資料やサンプルをテーブルに積み上げながら尋ねた。


「・・・これ」


スピカが、冊子を見せる。


内容は、宇宙人と分かってしまった後の指南書のようなもので、現実的な事から、不安を宥め、安心させるような事が書いてあった。


「・・・ありがとう、ございました・・・。読みました」


スピカは素直に礼を述べた。


「あー、ハイハイ。・・・で?セコイことを考えるのはやめたわけね?」


セコイと言われてスピカはカチンと来た。


「セ、セコくない!・・・でも、ズルいのは嫌だ」


なんか違うか?と忍は首を捻った。


「・・・私、この皮、ちょっと前に流行った競泳水着のスピードレーサーとか、陸上の厚底シューズみたいなモンなのかと思ってたの、でも違うのね・・・」


何かプラスして性能を上げているんだと思っていたのだ。


関節の可動域が広いとか、なんだか馴染むとかとはまた違う、体感の全てがぐんと広がり、高くなり、守られているような感覚。

呼吸をするのも楽なのだ。


タイムだってそりゃ伸びるはずだ。

最初は嬉しくなって喜んでいたけれど、違和感もまた感じていた。

でもその違和感を埋める知識は自分には無い。


しかし、冊子を読んで理解した。


「・・・その冊子にも書いてあるけど。本来、なぜ、地球人の皮を着る必要があるかと言うとさ、もちろん見た目の問題もあるけど、地球人になりすます為なわけだから。閾値を地球人に合わせなきゃいかんわけだな。宇宙人にとって、皮は、宇宙人の防護服と言うよりは拘束具に近い」


宇宙の環境は過酷。

硫化水素やメタンに満ち、放射線が降り注ぎ、その嵐が吹き荒れる。


それに比べると地球は甘やかだ。


「この仮の皮は拘束具よりは防護服に特化してるから。例えば、ザリガニとかセミとかさ、脱皮したあとは柔らかいしまだ弱いんだよ。それを守るための生命維持装置みたいなもんだから、拘束度合いを低くしてる」


スピカは頷いた。


本来の拘束具としての性能を十分に持ち合わせて居ない皮を着続ける事の危険性が、この冊子にも書いてあった。


そのままの状態では誰かを傷つける可能性があるとなれば。


「・・・1秒や2秒にこだわっていられない」


こんな事を自分が言うのは意外だけど。

柚木子ゆきこじゃあるまいし。


「アスリートとしては失格かもしれないけど・・・。そこは、わかんないけど、練習して、がんばる・・・」


やれるかわからないけど。


忍が頷いた。


「いや、それは、失格とかじゃなくてさ。まわりに傷つけたく無い人がいるって事で。それは、大事にしてくれる人がいたって事だから。安心したわ」


感謝しろ、ではなく、安心したと言う感想は、そうではない状況を忍が見てきたから。


拘束されていたと分かり暴走する者も少なくない。

地球人にとって害悪となれば、排除する事になる。


しかし、この目の前の脱皮したばかりの雛には、その可能性が全く無い。


自分の出自すら知らされず、全てにおいて甘やかされて育ち、突然に真実を知った割にこうして受け止めて、最善の答えを出して行けると言うのは、愛されて育ち、またそれを還元する素質があると言う事。


それは忍にとって驚きであり、何よりも嬉しい事だ。


「じゃ、まあ、仮縫いに入っちゃうから。15年は使うわけだから。あとでしっかり採寸します」

「・・・はい。よろしくお願いします」


スピカは頭を下げた。



向い合っての食事中、戸惑いがちにスピカは柚木子ゆきこの話を切り出してみた。

しかし、忍は、スプーンを振って軽くいなしただけ。


「・・・はあ、何それ。・・・マスター!これすっごいうまい!で、これどの辺が彗星なんですか?!」


忍が厨房にいるスピカの父に声をかけた。


「肉団子!!」


集中してパフェの飾り付けをしてした父がそう声だけで返事をした。


「・・・あー、このでっかい肉団子かー。・・・ん、卵入ってる・・・何だこれ!?」

「・・・スコッチエッグって知らない?・・・ハンバーグみたいのに茹で卵入ってんの・・・」

「何それ・・・。どっちも大好物だわ・・・」


スピカはスプーンで皿を叩いた。


「・・・ねえ、ちょっと、佐藤!・・・話、聞いてた?!」

「え?・・・あー、ダメダメ」

「ダメって・・・。・・・じゃあ、自分で何とかしてよー。私、毎日、聞かれて・・・ゆっこ、真面目なんだよ。だから・・・」


朝から部活が終わる夕方まで、ずっとこの佐藤忍の事ばかり聞かれる。


もう答えられる内容を自分は持ち合わせていないし、何だか疲れて来た・・・を超えて、もう、この男に嫉妬すら覚えている。


「真面目な少女が社会人とは付き合わないし、まともな社会人は少女に手を出さない。自分で言ってたろうが。18歳以下に手を出したら捕まるって」

「・・・そうだけど・・・」

「18になったら連絡しろって言っただろ。それでいいじゃん」

「・・・じゃあ、なんかもっと、ちゃんと言ってやってよ・・・」

「18歳をお迎えになったらぜひこちらにご連絡ください」

「それ丁寧になっただけでしょ・・・。違う。もっと、こう、うまい、優しい事?」

「何それ。社会人が女子高生にうまい優しい事言うって?明らかに犯罪まがいだろ」


「少女、バカじゃないの」と忍は彗星にかぶりついた。


スピカは忍の当たり前の社会人の態度にしゅんとした。

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